愛しい女神様と結婚。
扉の向こうの気配。
踵が、返った。
――あっ、逃げた。
そう思った。
逃げる。
当然だ。
彼女はそういう人だ。
世界がどれだけ祝福しようと、どれだけ祈ろうと、
「おかしい」と思ったら、ちゃんと抗う。
だから。
次の瞬間。
彼女が――自分の足で、前に戻ってきたのを見て。
胸の奥で、何かが、壊れた。
逃げなかった。
連れ戻されたのではない。
引き寄せられたのでもない。
自分で戻ってきた。
それだけで、十分だった。
誓う。
誓ってくれた。
彼女が。
メイが。
俺に。
その事実が、世界の音を消した。
神官の声も、祝福のざわめきも、すべてが遠のいて、
ただ彼女の声だけが、残った。
小さくて、ためらいがちで、
それでも――確かに「はい」と言った声。
誓ってくれた!!!!!
思考が、跳ねる。
心臓が、跳ねる。
魔力が、跳ねる。
だが。
――落ち着け。
俺は、王だ。
ここで砦を吹き飛ばすわけにはいかない。
ここで抱き締めて連れ去るわけにもいかない。
理性は、まだ“ここ”にある。
彼女が差し出した手を、取る。
取った瞬間、分かる。
震えている。
逃げたい。
でも、逃げなかった。
祝福の圧。
視線の圧。
神殿そのものが放つ「当然」という空気。
その中で、彼女は――選んだ。
俺を。
口付けの時。
軽く、で終わるはずだった。
終わらせるつもりだった。
だが、無理だった。
彼女の体温。
息。
淡く光る肌。
触れた瞬間、世界が「これでいい」と囁いた。
深くなったのは、俺のせいだ。
完全に。
それでも、彼女は拒まなかった。
息ができないと叫んだ。
可愛すぎて、危なかった。
離れた後の、あの声。
「ヤバいよ!この人ー!!!!」
……最高だった。
神殿中に響いたのに、誰も止めなかった。
むしろ祝福が増えた。
理解している。
彼らは、俺ではなく、
彼女を中心に世界が回っていると。
それでいい。
彼女が王冠を乗せた瞬間。
ぽすん、と。
女神の気まぐれみたいに。
――俺は、王になった。
だが、正確には違う。
選ばれた。
それだけだ。
今。
寝室の外で、すべてが整えられている。
だが、俺は急がない。
彼女は、正座している。
……正座だ。
王妃が。
あの光る女神が。
詰んだ、と呟いて。
胸が、満たされる。
逃げようとして。
逃げられなくて。
でも、最後は――自分で戻ってきた。
それが、すべてだ。
俺は、静かに誓う。
逃がさない。
縛らない。
押し倒さない。
今は。
理性は、まだ“ここ”にある。
だが。
彼女が眠る夜も。
目覚める朝も。
世界に光るその瞬間も。
すべて。
俺の隣だ。
愛しい女神様と結婚した。
それだけで、
もう――世界は、完成している。




