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元奴隷から愛される異世界生活。  作者: ChaCha


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女神、足が動かない

神殿の入口は、思ったよりも――近かった。


白い石で組まれた大階段。

磨き上げられた床は光を反射し、朝の淡い日差しを跳ね返している。

高く伸びる柱。天井の奥で揺れる聖布。

空気はひんやりしているのに、胸の内側だけが妙に熱い。


……おかしい。


さっきまで、確かに。

踵を返したはずだった。


「……よし」


小さく呟いて、身体を反転させた。

逃げる。

今度こそ。

研究室でもなく、回廊でもなく、今度は本気で――。


そう思った、のに。


足が、動かない。


「……え?」


視線を落とす。

ちゃんと立っている。

ちゃんと、靴も履いている。

なのに、地面に縫い留められたみたいに、前にも後ろにも進めない。


ざわり、と空気が揺れた。


最初は、気のせいだと思った。

次の瞬間、耳に届く。


祈りの声。

抑えた息。

衣擦れの音。


顔を上げる。


……いる。


神殿の内側だけじゃない。

階段の左右、柱の影、回廊の奥。

民。

兵。

神官。

治癒魔術師。

元奴隷だった人たち。

子どもまでいる。


全員が、私を見ている。


「……あ」


声が、喉で止まった。


右手を胸に当て、膝を折る者。

深く頭を垂れる者。

目を潤ませ、祈りを捧げる者。


誰も、何も言わない。

なのに。


――祝福してる。


それが、分かってしまう。


「……ちょ、ちょっと待って」


言葉は軽いのに、空気は重い。

逃げ道を塞ぐように、視線が集まる。


その瞬間。


ふわり、と。


私の身体が、淡く光った。


「……っ!?」


やめて!

今じゃない!

心の中で叫ぶのに、制御が利かない。


光は強くない。

でも、確実に見える程度には、煌めいている。


ざわめきが、広がった。


「女神様……」

「やはり……」

「選ばれた……」


やめて。

違う。

違うってば。


私は、ただの錬金術師で。

ちょっと治験ポーションをやらかして。

最大強化の代償が抜けきってないだけで。


「……人間、辞めてないから……!」


誰に向けた言葉か分からないまま、呟く。


でも、足は動かない。


逃げたい。

本気で逃げたい。


研究室に籠もってたい。

材料とノートに埋もれてたい。

こんな、神殿の真ん中で、祝福なんて浴びたくない。


なのに。


視線が、圧になる。


期待。

感謝。

信仰。

畏怖。


全部が、重なって、押し返してくる。


「あ、これ……」


胸の奥が、すっと冷えた。


「……詰んだ?」


声は、震えなかった。

むしろ、妙に落ち着いていた。


逃げられない理由が、はっきりしたから。


ここで逃げたら。

この人たちの“祈り”を、踏み越えることになる。


救われた人たち。

守られた人たち。

生き延びた人たち。


私が、選んだ。

手を伸ばした。

関わった。


……責任、ってやつだ。


深く息を吸う。

吐く。


足の裏に、石の冷たさが戻ってくる。


「あー……」


肩の力が、抜けた。


逃げるの、失敗。

完全に。


だったら。


私は、ゆっくりと、身体の向きを戻した。


神殿の内側へ。

王の待つ場所へ。


誰かに押されたわけじゃない。

腕を引かれたわけでもない。


――自分の足で。


一歩。

また一歩。


ざわめきが、祈りに変わる。

光が、少しだけ強まる。


「……ほんと」


小さく、笑ってしまう。


「詰みかけてる人生だなぁ……」


でも。


歩くしかない。


自分でやらかして。

自分で選んで。

自分で戻る。


神殿の扉が、ゆっくりと閉じていく音を、背中で聞きながら。


私は、前へ進んだ。


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