花嫁衣装、襲来
……眩しい。
いや、違う。
神々しい。
目の前に並べられた布の量と光沢に、私は一歩、後ずさった。
金糸。
銀糸。
宝石。
透けるほど薄い布と、逆に存在感の強すぎる装飾。
どれもこれも、
「花嫁衣装です」
という顔をしている。
「……待って」
声に出したはずなのに、誰にも止められなかった。
気がついた時には、腕を取られ、肩を支えられ、背中を押され、
私は完全に流れに乗せられていた。
「こちらです、女神様」
「この刺繍はアグナス王国の再興を象徴しておりまして」
「この布は三代前の王妃様が――」
知らん!
情報量が多い!!
「……私、まだ何も了承してないんだけど?」
言った。
確かに言った。
でも返ってくるのは、にこやかな笑顔と、
「ええ、ええ」
という、まったく聞いていない相槌。
気づいたら、衣装が当てられている。
ふわっ。
ひらっ。
きらっ。
「……重くない?」
「愛の重みです」
重いわ!!
しかも、鏡の前に立たされた瞬間、理解してしまった。
――あ、これ。
――逃げない前提のやつだ。
裾が長い。
長すぎる。
引きずるタイプ。
絶対、速く走れない。
胸元は上品。
上品すぎる。
隙がない。
言い逃れできない。
髪には、勝手に装飾が足されていく。
指輪のサイズまで測られている。
「……ちょっと待って?」
もう一度、ちゃんと言った。
「私、逃走計画が――」
「こちら、歩行補助用の方々です」
いつの間に!?
両脇に立つ人影。
完全にエスコート体制。
逃げ道、消失。
そして。
扉が見えた。
神殿の扉。
白い石。
高い天井。
差し込む光。
祝福のためだけに存在していそうな空間。
「……」
喉が鳴る。
扉の向こうから、微かな音楽が聞こえる。
息を潜める人の気配。
ざわめき。
期待。
――あれ?
――これ、完全に本番前じゃない?
足元を見る。
裾。
長い。
背中に、そっと手が添えられる。
「さあ、女神様」
女神様じゃない!
心の中で叫びながら、私は一歩、前に出た。
……出た、はずだった。
その瞬間。
脳内に、冷静な声が響く。
(待て)
(まだだ)
(逃走未遂、三回失敗してるけど)
(四回目は、ある)
私は、ゆっくりと深呼吸した。
ゴクリ。
そして――
くるり。
踵を返した。
「……よし」
小さく呟く。
次の瞬間、周囲が一斉にざわついた。
「え?」
「女神様?」
「どちらへ――」
私は満面の笑みを作る。
「……ちょっと、お手洗い」
誰も信じていない目だった。
それでも、私は一歩踏み出す。
逃げる。
逃げるんだ、私は。
だって――
このまま扉をくぐったら、
本当に、詰む気がするから!!




