王、眠れぬ夜を過ごす
眠れない。
それは、もう何日も前から分かっていたことだ。
砦の最奥。
王のために整えられた部屋は、広く、静かで、無駄がない。
石壁は厚く、外の音はほとんど遮断されている。
燭台の火は小さく、揺れもない。
それなのに。
俺の内側だけが、ひどく騒がしい。
寝台に腰を下ろしたまま、動かない。
横になれば、思考が彼女へ流れ落ちるのが分かっているからだ。
――メイ。
名を呼ばない。
呼べば、近づきすぎる。
息を吸う。
吐く。
空気は冷えているはずなのに、胸の奥が熱を帯びたまま鎮まらない。
戦争の最中。
部屋を離れていた時間。
国務に追われ、彼女の気配が届かない夜。
そのたびに、俺は――
自分の中に溜まり続けるものを、どう扱えばいいのか分からなかった。
失えば、壊れる。
近づけなければ、裂ける。
その両方を、何度も味わった。
拳を握る。
指先が白くなる。
眠れぬ夜は、長い。
灯りを落とした後の闇は、思考を誇張させる。
彼女の声。
笑い方。
無防備な仕草。
研究に没頭する横顔。
熱に浮かされた夜の、あの距離。
思い出すたび、身体が正直に反応する。
それを、理性で押し戻す。
――まだだ。
今夜は、まだ。
俺は、立ち上がる。
窓辺へ歩き、外を見る。
月は高い。
砦の中庭は静まり返り、見張りの兵が一定の間隔で歩いている。
規則正しい足音。
守られている空間。
それでも。
彼女だけは、守られていない気がした。
いや、違う。
守られすぎている。
逃げ道が、ない。
その事実が、胸の奥を締めつける。
欲しい。
だが、奪うつもりはない。
――迎える。
明日だ。
明日、彼女は逃げられなくなる。
そして同時に、もう逃げる必要もなくなる。
その境界線を思うだけで、背筋を熱が走る。
椅子に戻り、深く腰を下ろす。
肘を膝に置き、額に手を当てる。
呼吸が、少し乱れる。
戦後。
彼女を囲うために、眠らず、走り続けた。
国務を片付け、道を整え、障害を消し、選択肢を削った。
その間。
滾る劣情を発散する余裕など、なかった。
耐えるしかなかった。
溜まり続ける感覚は、時に痛みを伴う。
だが、それすら――
彼女に近づくための代償だと思えば、甘くなる。
「……」
小さく、息が漏れる。
欲することを、否定しない。
ただ、向ける先を間違えない。
俺は、目を閉じる。
闇の中に、彼女がいる。
手を伸ばせば届く距離で、
それでも、触れてはいけない距離で。
その緊張が、内側をさらに熱くする。
明日だ。
その言葉を、何度も反芻する。
王として。
そして、一人の男として。
迎える準備は、すべて整えた。
あとは――
夜が、終わるのを待つだけだ。
燭台の火が、ぱちりと小さく音を立てた。
蝋が垂れ、時間が進む。
俺は、眠らない。
この夜を、抱えたまま。
彼女を想いながら。
――明日、すべてを受け取るために。




