結婚式前夜、逃走未遂三回目
「……クッ!詰みそうだ!!」
声は、心の中だけに留めた。
叫んだら負けだ。
いや、もう負けてる気もするけど。
即位式から、二日。
たった二日。
なのに、この二日間は異様に濃かった。
逃走一回目。
→ 研究室でルイに遭遇。
逃走二回目。
→ 月明かりの下、ルイがいた。
そして――
今が、三回目。
「今日を逃せば……」
私は外套の紐をきゅっと結ぶ。
鏡の前で、深呼吸。
「明日は、花嫁」
冷静に考えてほしい。
駄女神みたいに寝っ転がって王冠をぽすんって載せた女が、
三日後に王妃って。
おかしい。
どう考えても、世界線がおかしい。
砦の夜は静かだ。
静かすぎて、逆に怪しい。
見張りの配置。
足音の間隔。
灯りの位置。
……全部、把握してる。
なぜなら。
二回失敗しているから。
「三度目の正直……」
そう呟いた瞬間、背後で布が擦れる音。
「失敗するフラグを、立てないでください」
「ひぃっ!?」
反射で振り向く。
そこには――
いない。
……いない?
一瞬、背筋が凍った。
気配は、確実にしたのに。
「……まさか」
天井を見る。
なにもない。
「気のせい……?」
ほっと息を吐いた、その瞬間。
「その位置、風が逆です」
耳元。
完全に耳元。
「ぎゃああああ!!」
飛び上がった。
本気で。
振り向いたら、
壁際に、当たり前の顔で立っているルイ。
……なんで。
「な、なんで分かるの!?」
「貴女の逃走経路は、すべて把握しています」
即答。
迷いゼロ。
「え、怖っ」
「褒め言葉ですか」
「違う!!」
私は後ずさる。
ルイは動かない。
なのに、距離が詰まっていく感じがする。
圧がすごい。
「今日は、どこへ?」
「えっと……」
脳が高速回転。
「夜風に当たりに……」
「前と同じ理由ですね」
「…………」
「昨日は、月が綺麗、でした」
「記憶力良すぎ!」
ルイは小さく息を吐いた。
怒っていない。
叱ってもいない。
ただ、逃がす気が一切ない顔をしている。
「メイ」
名前を呼ばれる。
心臓が、無駄に跳ねた。
「明日です」
「……聞いてます」
「花嫁」
「……知ってます」
「逃走は、無意味です」
「……それでも!」
私は一歩、前に出た。
「確認したいの!」
「なにを?」
「私が……私でいられるか!」
言った瞬間、空気が変わった。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
ルイの瞳の奥で、何かが揺れた。
「貴女は、ずっと貴女です」
静かな声。
「女神でも」
「王妃でも」
「俺の隣でも」
「変わりません」
――それが、一番怖い。
「……それ、選択肢ないよね?」
「ありません」
即答。
私は頭を抱えた。
「うわぁ……詰みかけてる……」
「詰んでいます」
「言い切るな!」
ルイは一歩近づく。
私は一歩下がる。
壁。
――あ。
完全に、追い詰められた。
「……ねぇ」
視線を逸らして、聞く。
「私、明日……本当に、王妃?」
「はい」
「逃げたら?」
「捕まえます」
「世界の端まで?」
「端があれば」
淡々。
「……囲い込み、上達しすぎじゃない?」
「学習しました」
どや顔じゃないのが、余計に怖い。
私は、つい笑ってしまった。
乾いた笑い。
「ねぇ、ルイ」
「はい」
「好きって、怖いね」
少しの沈黙。
それから、低い声。
「失うより、ずっと」
――ああ。
だめだ。
私は観念して、肩の力を抜いた。
「……戻る」
「ありがとうございます」
差し出される手。
迷って、取る。
指が絡む。
温度が、伝わる。
砦の灯りが、近づく。
逃走三回目、失敗。
でも。
心臓は、まだ速い。
「……ねぇ」
「はい」
「明日さ」
「はい」
「私、ちゃんと立てるかな」
ルイは、ほんの少しだけ笑った。
「立てなくても」
「俺が支えます」
……詰み。
完全に。




