表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

見知らぬままの私へ

作者: ごはん

「おはようございます」


朝の通所先で、スタッフが声をかける。

真白は軽く会釈した。

この「おはよう」が、まだ少し浮いて聞こえる日もある。

でも今日は、胸の奥で「届いた」感覚があった。


週に数回通うこの場所は、回復期の人たちが集う場所だった。

年齢も背景もバラバラな人たちが、手作業をしたり、お茶を飲んだり、ときどきぽつりと話をしたりしていた。


真白は、少しずつここで人と向き合う練習をしていた。


***


その日、初めて「自己紹介ゲーム」が行われた。

紙に「いま、わたしが好きなこと」を書いて、輪になって回す。


「こんなの書けないかも」と思っていた。

でもふと、手帳に書いたばかりの一言が頭に浮かんだ。


「陽だまりの中で目を閉じると、心が少し溶ける」


真白はそれをそのまま書いた。

誰にも伝わらないかもしれない。

けれど、今の自分がたしかに感じたこと。


隣の席にいた女性が、紙を見て、ふっと表情を緩めた。

「なんか、わかるかも」

そうつぶやいたその声が、遠くで鳴っていた風鈴の音のように、胸に残った。


***


家に帰って、真白はふと鏡を見た。

鏡の中の自分は、以前より少し穏やかな顔をしていた。

けれど、まだ「見知らぬ誰か」のようにも見える。


「わたし、誰なんだろう」

そう問いかける日々は、終わってはいない。


でも――


「誰だかわからないままでも、一緒にいてあげよう」

そんな気持ちが、最近は少しだけ生まれてきた。


***


夜、ベッドに横たわって、真白は手帳を開いた。

今日のページに、こう記す。


「わからないままの私を、好きになろうとしている」

「それはたぶん、始まりの感情」


***


世界は、完全には戻っていない。

でも、欠けたままの風景のなかに、小さな光があることを、真白は知りはじめている。


見知らぬままの私。

それでも、生きている私。


そうして今日も、新しい一歩を重ねていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ