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音で笑えば、みな兄弟

「……というわけで、本日ここに! 三味線 vs 電蓄! 夢の即興合戦、開幕だよっ!」


こよみが高らかに宣言すると、

商店街の通りが拍手と笑い声の波で包まれた。


三谷の電蓄くん(仮)、台車に乗せられて中央へ。


あきばあが、笑いながら声を荒げる。

「ちょっと! あたしの電蓄にヘンな名前つけるんじゃないよ!」


こよみは、口の端をいたずらっぽく上げて微笑み、縁側から持ってきた三味線を膝に構えた。


「音ってのは、ねぇ……笑わせてなんぼ、って誰かが言ってたっけ」


横でおとよが、ちょこんと座って見守っている。



三谷がスイッチをひねる。


――キィィ……ガリッ……

【♪ ラジオ体操・第一!】


「ちょっ! ちがうちがう! レコード入れ間違えた!」


「わはははっ!」


子どもたちが一斉に腕を上げ、ラジオ体操スタート。

こよみは肩をすくめながらも、三味線でテンポを合わせて応じた。


ぽろん、ぴょろん、からんころん。


「第一ぃ、ハイ、腕を前から上にーっ」


「……って、やるのかい、あたしも!」




しばらくして、

ようやくちゃんとした曲がかかった。


【♪ 憧れのハワイ航路】


「あたし、この曲好きなんだよねぇ……」


こよみは目を細め、

三味線で、旋律の裏拍に寄り添うように音を重ねていく。


その音に、町の人たちがじわじわ引き寄せられる。

•魚屋の親父が、ついステップを踏み

•子どもがフラフープを腰に当て

•おかみさんが台所用のボウルでリズムをとり始めた


こよみは、くすくすと笑いながらも、

三味線の撥をふっと緩めた。

電蓄が、回り続ける音だけが残る。



「……ようやく、音が鳴ったかい」


手をあげたのは、くじの主、あきばあ。


「これ、持ってきたんだ。しまい込んで早や……三十年かね」


あきばあの手には、一枚の古いレコード。

ラベルも少しかすれていたが、どこか気品のある装丁だった。


「昔ね、芸妓の友達が“あたしには似合わないから”ってくれてね。

 でもうちは蓄音機がなくてさ……ずっと“音のない宝物”だったのさ」


三谷が目を丸くして受け取る。


「これ……SP盤ですね、すごい……。ちょっと針を替えて……」


カチリ。

電蓄の蓋が閉まり、音が静かに回転を始める。


パチ……パチ……

かすれたノイズに続いて――

柔らかく、艶のある女唄が流れた。



その瞬間。

こよみの指がふと止まり、

目がふっと細くなる。


まなざしの先には――

まだ背の低かった自分を膝に抱えて三味線を弾いていた母の姿。


揺れる音の中に、その記憶が、そっと戻ってくる。


ほんの少しの笑み。

でもそれは、“懐かしさ”と“確かさ”が混ざった、

とびきりの笑顔だった。


そして――

ぽろん、と、音が返る。

こよみの三味線が、その旋律にそっと寄り添うように重なりはじめる。


町の空気が、音に染まり、しんとした。


……そんな最中、あきばあ がぽつりと。


「で、これ……どうやって止めるんだい?」


この言葉に、町の空気が一瞬たじろぎ、

三味線の音がひとつズレた瞬間..



「そこォ!?」

商店街が爆笑に包まれる。


町内の笑い声が風に乗って、空に跳ねた。

こよみ は おとよ を抱き上げて、笑いながらつぶやく。


「音が鳴って、笑って、怒られて……

 ――ああ、春だねぇ」


 






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