干し柿のない町角
風の冷たさが、日に日に骨へ染みるようになってきた。
焼き芋屋の呼び声が、空の色よりも先に季節を知らせる。
商店街の電柱には、ちいさな紅葉の飾り紙がくるくる巻かれていて、
軒下では、あちこちの家が渋柿の皮をむき終えた吊るし柿を干している――
……はずだった。
「……なんだい、今年はやらないのかねぇ?」
豆腐屋の前にしゃがんだおばちゃんが、つぶやく。
乾物屋「みなとや」の前には、今年も風通しのいい干し棚が出ている。
けれど、そこには柿の姿がない。
その向こう、和菓子屋「なかや」も、表具屋「とみや」も――
誰も、何も干していない。
まるで町ごと、“干し柿”という行事を、ぽろりと落としてしまったようだった。
そんな午後、こよみは縁側で三味線を膝にのせていた。
足元には、おとよがくるんと丸まり、尾だけがふいにゆれる。
「……音がしない、ってのは、“気配”がないのとは違うんだよねぇ」
ぽろん、と一音。
それは風の音にも似て、どこか遠くへ投げられたように消えた。
「誰かが言わなかった。言えなかった。でも、やりたくなかったわけじゃない。……そういうこと、あるよねぇ、おとよ」
おとよは返事もせず、ただひとつ、あくびをひとつ。
こよみはその背をそっとなでて立ち上がる。
町の掲示板の下――
落ち葉の隙間に、柿の実がひとつだけ転がっていた。
「……へぇ、あんた、誰のところから逃げてきたのかね」