エピローグ
気づけばわたしはいつもどおり部屋のベットにいた。カーテンを開ければまぶしい太陽の日が差し込む。……うん、朝だ。
こっそりとポケットの中に忍ばせたはずのビー玉は、どこを探しても見つからなかった。
さて、どこからが夢だったのだろう?それとも、全て現実だったのだろうか。……よくわからないが、きっと今日からわたしの日野を見る目はがらりと変わるのだろうなぁとは思う。
それ以外はきっといつもと変わらない。
変わらないことに安心すればいいのに、どうしてだか寂しさを感じる。寂しさを感じる?……気のせいだ、気のせい。
……気のせいだと思いたい。
◇ ◇ ◇
「千奈美!」
教室に入った途端、どこかで聞いたことのある声に声をかけられた。……はて、空耳か?周りはざわざわしてる気がするし、ひとまず席に座ろう。
「なんで無視すんだよ、千奈美」
聞いたことのある声の主はわたしの前に回り込んで、ぶつくさ言う。……どうやら空耳ではなかったようだ。
いつもとはがらりと変わってしまった日野に、女子(と男子の一部)は一体何事かとざわめいている。
「……猫被るの忘れてますよ、日野君」
親切に教えてあげると、その言葉が気に入らないのか日野は不機嫌な顔になった。
「まぁくんって呼んでくれないのか?」
周りから女子の悲鳴が聞こえた。……女の子の悲鳴ってなんかホラーみたいで怖い。っていうか、本当に悲鳴あげる人っているんだなぁ、うん。……じゃ、なくて。
「なんで、まぁくんって呼ばなきゃいけないんだ」
「昨日は呼んでくれたのに」
……あれは"昨日"でいいのだろうか?
「それに、猫被るの忘れてんじゃなくて止めたんだよ。千奈美はこっちのほうがいいんだろ?」
「……確かにそっちのほうがマシだけど」
お前がこんなところでそんなことするから、周りからの視線が痛いのだが。どうしてくれる。わたしは目立ちたくないのだが。
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、日野は続ける。
「だろー?それにさ、昨日千奈美"突然"言われても困るって言っただろ?だからさ、心の準備ができるまで毎日言うからさ」
「……何を」
「好きってさ」
……周りから聞こえてくる女子の悲鳴に一部泣き声が入るようになってきたのだが。もしこれでわたしが集団リンチにあったらどうするんだ。空気読め、日野。
しかも心の準備ってなんだ。心の準備って。まるであと数カ月すれば好きになってもべつにいいかなーみたいな展開になるみたいなこと言って。この自意識過剰。
……そうは思いながらも、ちょっとだけ。ほーんのちょっとだけ嬉しいなぁと思ってしまう気持ちがあるのは……うん、多分あれだ。こいつ、顔だけはいいからな。うん、きっとそれだけだ。うん。
「じゃあ、そういうことだから。今日から昼、一緒に食べよう」
「……はぁ?」
「大丈夫大丈夫!友だちには許可もらってるから!あと、一緒に帰ろう。知ってたか、俺らって家結構近いんだぜ」
「……」
「おっと、そろそろSHR始まるな。続きは休み時間にでも話そう、千奈美」
はて、一体どこから突っ込めばいいのだろうか。わたしにはわからない。……とりあえず、とんでもないことになったような気がする。
今こそ現実逃避の空間で現実逃避がしたい。……ああ、そこらへんにあのビー玉、落ちてないだろうか。
【END】




