3日目午前
しばらくの沈黙の後。
「……お、大きくなったね。まぁくん」
「そりゃあ、高校生だからな」
……そりゃそうだ。
「……本当に、まぁくん?」
「なんで俺が嘘を吐かないといけないんだ?」
……そりゃそうだ。
わたしは頭の中で、まぁくんと目の前の日野を重ねる。面影は……あるのか?……ないぞ。まったくないぞ!まぁくんが大きくなってもこんなイケメ……げふげふ……顔のよろしい男になるとは思えないぞ。……それになにより。
「まぁくんはもっと素直で可愛かった」
「おい」
おっと、思わず本音が出てしまった。目の前の日野が、鋭い目つきでこちらを睨む。……もしや、あの頃の可愛さはコンプレックスだったのか?
ぷぷっ、今度幼稚園の頃の写真を焼き増しして学校で配ろう。きっと面白いことになるぞ。
にやにやと笑うわたしを見て、何かを察したのか日野はぶすっとした顔で言った。
「……あんときの千奈美もそうやって笑ってたよな」
……あんときって、いつ?
◇ ◇ ◇
ぽかん、とするわたしに、日野はますます機嫌が悪くなった様子。
「忘れてんだな。……俺、結構勇気出して言ったんだけど」
一体何のことだ?というか、そんな昔のこと詳しく覚えてるわけないだろう!……心の中でのツッコミはもちろん届くことなく、日野は深いため息を吐いた。
「『おっきくなったらぼくとけっこんしてください』」
ああ、そう言えばあの頃のまぁくんの一人称はぼくだったっけぇ……って!
「……そ、そんなことわたしに言ったのか?」
「言った。はっきりと言った。引っ越す前に、勇気を出して告白した」
……まったく覚えがないのだが……
目が泳ぐわたしに、日野は寂しそうな顔をする。……悪いことをしたような気分で、罪悪感に胸が痛む。
「覚えてないようだな。……じゃあ、千奈美が『やぁよ。まぁくん、女の子みたいだもん。ちぃはおひめさまとじゃなくて、おうじさまとけっこんしたいの。そうそう、さくらぐみのしょうくんってかっこいいよね!』……って、満面の笑みを浮かべて言ったことももちろん覚えてないよな」
冷や汗が頬を伝う。……おいおい、昔のわたし。それはひどすぎるんじゃないか?日野は遠い目をして、続ける。
「さすがに、最後は泣きながら『まぁくんはずっとちぃのともだちだからね。わすれないよ!』って言ってくれたのに、実際は俺のこと気づいてくれないしなぁ……」
「そ、それは……ごめん」
だって、まぁくんと日野って全然違うんだもん。しょうがないじゃないか。半ば八つ当たりのようにそう思うが、当然声には出さない。
「……本当に悪いと思ってるか?」
まるでわたしの心を読んだかのように、日野はじとーっとした目でこちらを見る。……ごめん。正直、悪いとは思ってない。そんな昔のことを言われたって、覚えてないものは覚えてない。
「思ってる、思ってる」
視線をそらしながら、わたしは言う。……うん、嘘も方便だ。
……すると、突然ずいっと日野がわたしに近付く。やばいと思って後ずさろうとすれば、強い力で腕を掴まれてできない。は?!と思ってる間に腰に手を回され、ぐいっと日野に引き寄せられる。
「……思ってるなら、俺のこと好きになってよ」
確かなぬくもりが身体を包み、耳元で囁かれる声はどこまでも甘い。……体中の熱が、顔に集まってくる。
「近くにいるのに片思いって、結構しんどいんだ」
そんなの知るか!と、叫ぶ気力は残っていない。……ゆっくりと、部屋の色が薄い青色に変わる。
「千奈美」
……この男との時間も、あと少しで終わりだ。




