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2日目午後




やっと半分が終わったのか。わたしは一度、今までのことを思い出してみた。日野とトランプをして、日野に肩を貸し、(不本意だが)日野の膝で寝て、日野の"あーん"攻撃に右往左往した。……うっわ、日野尽くし。なにやってんの、わたし。折角の現実逃避できる貴重な時間を日野に割くなんて……マジで、なにやってるの、わたし。



「……っていうか、なんで日野はわたしに構うんだ?」



ぼそり、と漏らしたひとり言。しばらくして、返事が返ってきた。



「すきだから」



返ってくる、と思わなかったわたしは最初反応ができなかった。数秒後、頭の中にやっと日野の言葉が入ってきた。へえ、そうなんだ。日野、わたしのこと好きなのかぁ。ぼんやり思う。……思って、あれ?と思った。すき?スキ、隙、鋤……好き?

日野は、もう一度繰り返した。



「好き、だから」



表情が、硬い。微笑みの貴公子の表情とは思えないほど、硬い。


わたしは何も言えない。……いや、だって、こんな展開になるなんて、一体誰が予想していた?


「からかうと面白そうだったから」とか「単なる暇つぶし」とかそう答えると思っていた。……なのに、「好きだから」?なに、それ。それって、本当に、わたしに向かって言った言葉?



「……千奈美」



……そうだ、この男はわたしをからかっているのだ。そうだ。そうに違いない。そうじゃないとおかしい。


わたしの名前を呼ぶ声が震えているのは気のせい。わたしを見つめる目に熱がこもっているのは気のせい。わたしの手を握る日野の手の熱さは気のせい。日野が不安でたまらないという表情をしているのは気のせい。全部気のせい。わたしの気のせい。


……本当に、気のせい?



「……どうすれば、千奈美は俺を好きになる?」



そういう日野の顔はいつもの微笑みの貴公子でも、わたしの知っている人でなしの最低男でもない。ただの男の子だった。




 ◇ ◇ ◇




「……冗談?」



それが数分考え続けて、最終的にわたしが言った言葉だ。だって、どんなに考えても、この男がわたしを好きになる理由が見つからないから。


日野とまともな会話をしたことはないし、なにより、わたしは顔も性格も好かれるようなものではないと知っているからだ。


日野はわたしの言葉を聞くと、溜息をついた。



「冗談で、女の子に好きなんて言わない」

「……な、なんで、わたし?」

「話せば、好きになってくれる?」



そんなの知らないっ!!……まるで、小さい子供のように首を傾げる日野を見て、そう思った。そもそも、日野がわたしを好きになるなんてあり得ない。そりゃあもう、宝くじで1000万円が当たるぐらいあり得ない。わたしが日野を好きになるというのなら(認めたくないが)わかる。でも、日野が私を?あり得ない、ああ、あり得ない。


お願いだから、からかっただけだと笑い飛ばしてくれ!頼む、日野!


そう思っていると、私の手を握る手が、先ほどよりも強く握られた。



「本当、なんだ」

「そ、そんなこと言われても……」

「本当に、好きなんだよ。千奈美」



体中の血が顔に集まってきているようだ。があっとのぼせたような感覚に、わたしは少し目まいを感じた。


実はわたしは超絶的な魅力を持つ美少女だったとか?

(そんな馬鹿な、わたしの顔は平々凡々だ)


それとも、過去にわたしは日野を助けてあげたとか?

(そんな馬鹿な、わたしは日野を助けられるような人間ではない)


それとも、以前になにかしらの吊り橋効果をあたしと日野は体験したのか?

(そんな馬鹿な、日野とわたしが関わったなにかしらなんて存在しない)


考えても、考えても、日野がわたしを好きになる要素が見つからない。

(……なんて寂しいんだ、自分)



「軽く十何年以上も片思いしてんだから、信じてくれよ……」



そうか、そんなにも日野はわたしに……ん?



「十何年以上?」



はて、わたしと日野は高校生になって初めて出会ったんじゃなかった?


首を傾げるわたしに、日野は深い(それはそれは深い)溜息を吐いた。



「……知ってたけどさ、はっきり言われるとこう……クルもんがあるよな……」

「は?」



意味がわからない。



「あの頃は『まぁくんはちぃがまもってあげるから!』っていっつも言ってくれてたのになぁ……」



日野は遠くを見るような目で、乾いた笑いをする。……『まぁくんはちぃがまもってあげるから』……なんだそれ、と言いたいのに言えない。――わたしの記憶の中にちゃあんとその言葉を言った記憶が残っているからだ。



『ちぃちゃん、ちぃちゃん』



頭の中で、女の子のようなくりくりとした目が可愛い"まぁくん"がちょろちょろと走りまわる。


同じひまわり組のけんくんにいじめられただの、隣のすみれ組のはるきくんにたたかれただの、いっつも泣いてたいじめられっ子。


その頃のわたしは彼を守るという使命感に(どうしてだか)燃えていた。


……確か、小学生になる前に親の仕事の都合で引っ越したんだっけ……って。



「え、日野が"あの"まぁくん?」



こくりと頷く日野。同時にわたしの頭の中の"まぁくん"がこける。



「う、嘘だぁ!!」



わたしの叫びと同時に、部屋の色が薄い赤色に変わる。――最後の一日は今までよりも長くなりそうだ。






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