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1日目午前




「ふぅん、じゃあ飯塚の前で猫を被っても意味ないんだな」



お前の本性はわかってるんだ。この、人でなし。と小声でぼそりと呟いただけで、日野はあっさりと本性を現した。いいのか、それで。プライドは?プライドはないの?この、優等生(偽)!……あ、これ大して悪口になってない。それどころか、にやりと笑ってこちらを見ているし――――蛇に睨まれた蛙って、多分こんな気分だ。今ならわかる。



「っていうか、飯塚も猫被ってたんだな。なんだよそのサバサバした喋り方。――――別に俺は嫌いじゃないけどな」

「……その一言がわたしの心臓を抉ってるよ」

「うっわ、俺ってそんなに嫌われてる?ちょっとショックだなー」



それならもっとショックを受けている顔をしろ。へらへら笑うな。っていうか、お前に好かれても嬉しくない。


……言いたいことがいっぱいあるのに、伝えきれない。もちろん、日野に気を使って、ではない。わたしは3日間が終わった後のわたしを案じているのだ。うっかりここでこの男、日野を敵にまわしてしまったら……うぅ寒気がする。



「遠慮しなくていいぜ、別に。ずがずが言っちまえよ。俺、別に短気じゃないし」



まじかよ。



「まあ、めんどいことは嫌いだけどな」



悪口を聞くことはめんどいことに入らないのか、日野の中では。……なんて変な奴なんだ、この男は。



「そのかわり、素で話せよ。3日間の付き合いなんだし、気を使うのは止めようぜ」



お前は気を使え。



「……おーい、飯塚?俺の話、聞いてる?」

「聞いてる」

「じゃあ相槌打てよ。俺ばっかり喋ってんじゃん。つまんねぇよ」



……なんでこの男はこんなに順応するのが早いんだ?少しは戸惑えよ!わたしは「えー、こんな女と3日間?苦痛ー」って言われても平気なように、心の準備までしてたんだぞ?!――――こいつ、本当に日野か?あの人でなしか?


思わずわたしは手を伸ばして、日野の頬を引っ張った。……わたしは眉をひそめる。



「なんでほっぺ引っ張ってもイケメンなんだ、日野」

「……ほれっへ、ほめへるのは?ほひふは、はんへひひなりひっはんだ?」



日野は頬を少し赤くした。……顔はよくても、喋り方はなかなか間抜けだ。



「……目の保養には持ってこいなのに、なんで日野、お前の性格はそんなにも腐ってるんだ?」

「……ほひはえふ、へをははへ」



わたしが首を傾げて尋ねると、日野はわたしの手を掴んだ。――――ああ、放せと言ったのか。何を言ってるか全然わからなかったよ。


しぶしぶ手を放す。引っ張ったせいか、さっきよりも日野の頬は赤くなっていた。



「俺の本性を見抜けてないのに、好きだのなんだのほざいたあの女子が悪い」

「……悪くねーよ。どちらかというと、あのこの純粋な思い(+チョコレート)を踏みにじったお前の方が悪いよ」

「バレなきゃ別によくね?」

「バレてるよ、わたしに」

「本人じゃないじゃん。……それに、飯塚だって俺の本性をそこでうっかり見なかったら気づかなかっただろ?」



……正解。目撃しなければ、絶対にわたしは気づかなかった。本当、あの日の自分の運の悪さに泣けてくる。



「俺としてはどうしてそんなに飯塚が俺を嫌うのかわかんないなぁ……惚れてた俺の本性を知って逆恨み、とか?」

「そんな馬鹿な」



即答すると、一瞬日野の笑顔が引きつった笑顔に変わった。――――この自意識過剰。顔が良ければみんながみんなお前に惚れると思うなよっ!



「俺に惚れないって……飯塚ってどんだけ理想高いんだよ」

「……逆に聞こう。どうしてそんなにお前はナルシストなんだ。……全校の女子が泣くぞ」



実は毎日鏡を見て、「あ、この角度かっこよくね?」とかやってんじゃないの?……やだやだ、めちゃくちゃリアルに想像できるから怖い。わたしが恐怖におののいているのに気づいていないのか、日野はわたしに顔を近づけた。……近い!日野、近い!お前、顔だけはいいんだから近寄んなっ!



「顔はいいだろ、勉強も運動もできるし、性格だって猫を被ってるときは完璧じゃん?どこが駄目だったの?」

「完璧なのはわたしのタイプじゃない」



顔もよくて、勉強も運動もできて性格も完璧?……全然惹かれん。欠点のない人間なんて人間じゃない!そんなのと一緒にいてもなにも楽しくないだろう。まあ、クラスメートとしてはいい奴だったと思うが。――――そんなことを考えていると、目の前の男がニヤけた。……どうした日野。頭、おかしくなったか?



「じゃあ今の俺ってめちゃくちゃ飯塚のタイプってこと?」

「……は?」

「ほらほら、俺性格に問題あるんだろ?完璧じゃないことが証明された」



それとこれとは話が違うような気がするのだが。というか、なんで嬉しそうなんだ、日野。



「いやぁ、びっくりだなぁ。そうかそうか。嫌よ嫌よも好きのうちだったんだな、飯塚。あれか?ツンデレってやつ?だったら別に猫被る必要もなかったなぁ」



……おかしい、何かがおかしい。この数分でなにが起こったと言うんだ日野。


ぐるぐるとわたしの頭の中でそんな言葉が何度も何度も回る中、日野がニッコリと笑って、いつのまに望んだのかトランプをわたしに見せた。



「とりあえず、親睦を深めるためにトランプやろう、飯塚」



……なんで、わたしが日野と親睦を深めなきゃいけないんだ。


断ろうと頑張ったが、いつの間にか上手く流されてわたしと日野はトランプで遊んだ。(ばばぬきとか、神経衰弱とかいろいろ)


何をやっているんだわたし、と突っ込んでいる間にいつの間にか1日目の午前は終わったようで部屋は薄い青色に変わっていた。――――本当、なにやってるんだ?わたし。




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