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第9話 鍵行動


「今、シューズさんがやったダンジョン空間を書き換えての脱出は、拘束系のダンジョン能力で囚われた際の基本の脱出方法になりますね!

 まあ、ダンジョン能力者をダンジョン空間内に拘束する時には、普通は眠らせたり縛ったりと抵抗手段を完全に奪ってからします! それをしないのは素人のやり方ですので、あまり役に立つかは分かりませんけど、覚えていて損はないでしょう!」


「……カニカマを倒すのに必要ですかね? それ」


「カニカマには必要ないですね! ただ、シューズさんのその先には必要だと思います!」


「カニカマの、その先?」


「最後に決めるのはシューズさんですけど、僕はシューズさんの"その先"にオススメしたいことがあるんですよ!」


「オススメ……何をです?」


「それは今は秘密です! カニカマの先のことはカニカマを倒してから考えましょう!

 それよりも先に、もう後回しにできなくなってしまった問題の方から取り掛かりましょう!!

 いやー、どうするべきか!!」


「問題?」


「まあ、説明するにはやった方が早いですね! シューズさん、全力で走ってみてもらっていいですか!?」


「全力で、走るですか?」


 トートにハイと答えられて、疑問に思いつつもシューズは空間を支配して、全力で地面を蹴った。


 どっしゃああああああーぁぁっ!!


 そして、盛大にズッコケた。

 あまりある力でグルグルと転がり、かなり距離を進んでそれはようやく止まった。


「いやー、シューズさんがあまりにも熱心なもんで、上がった支配力を低い支配力内で使う為に慣らす訓練のタイミングを、完全に逃してたんですよね!!

 時差ボケならぬ、支配力差ボケに苦労するでしょうけども、頑張りましょう!」


 その時シューズは、コケたその痛みよりも、驚きの方が勝っていた。

 自分が今ダンジョンを操って出したその力、その出力にだ。

 自分がちゃんと成長したことを、その出力は確かに実感させてくれた。

 転んだ体制から転がり、天井側を仰いだシューズは、その実感を掴むように、掲げたコブシをギュッと握った。




「ダンジョン能力は出力も大事ですが、応用力も重要です! 何処でも走れたり、早く移動できるのだけではなく、もっとダンジョンの世界観をこじ付けて、やれる事を増やしましょう! 例えば……」


 ・戦闘スタイルを増やす訓練。


「高支配力空間で過ごす訓練は続けましょう! 伸びは悪くなっていきますが、積み重ねは大事です! 訓練の最後、支配力の残量が少ない時にやるのが、身体はキツイですが効率よく……」


 ・引き続きの支配力アップ訓練。


「組み手を始めましょう! 僕はバリバリの武闘派というわけではないので戦闘は弱めですが、それでも一応バンガードをやれるくらいの実力はあります! 本当はもっとちゃんと戦闘上手い人とかとやるのがいいんでしょうけども、背に腹はかえられませんから……」


・トートとの組み手。


「実戦経験も増やしていきましょう! 増やした戦闘スタイルの取捨選択も、実戦で試していくことでスムーズに進むはずです! とりあえず、この辺でよく見かけるイシトラの群れくらいはシューズさん一人で楽勝になるくらいまでは……」


 ・実戦訓練。


 そして……、


「シューズさんは、一時的にダンジョン能力の出力を上げる方法があるのはご存知ですか?」


「一時的に……あの、噂に聞く命を燃やす薬とかいうアレですか?」


「いえ! いえ! 違います!! あれは基本的に違法の街が多いですし、そんな危険のあるものではない話ですよ!」


「…………それなら、わからないですね」


「『鍵行動(キーアクション)』と言われるものなんですが、……えっと、なんて言いましたっけ、ほら、アスリートとかがいいプレイをする為に習慣づけてやる……!」


「ルーティーンですか?」


「それです! あとは、験担ぎでやるジンクスとかも近いですね!」


「ルーティーンやジンクスに近い……その『鍵行動(キーアクション)』ってやつがですか?」


「はい! ダンジョン能力を高めたいその一瞬の為にやる、願掛けや縛り、行動なんかを総称して、『鍵行動(キーアクション)』と呼びます! 技を出す前に決まったポーズを取ったり、技名を叫んでみたりとか、入れ墨を包帯で隠して大技前に曝け出したり、僕の場合は、普段やってるこの糸目を開眼したりします!!」


「……何というか、まるで創作物のキャラみたいな事をするんですね」


「そういうのが多いですね! 参考にしやすいというのもありますし! ただ付け焼き刃でやっても効果はありません! 色々試して、コレと決めた鍵行動(キーアクション)ほど、世界観が強まり、威力が上がっていきます!」


「できれば、あまり目立たないヤツがいいですね……恥ずかしいですし」


「んー、例えば、技前に靴で地面を毎回二回蹴るとか、手を見せないように背中でそっと特定の形にするみたいな目立たない鍵行動(キーアクション)でも、一応威力は上がります! でも、本人が実は心の奥底でカッコいいと思ってる事とか、これだけ恥ずかしい事をしているんだから出力が上がってくれないと困る! みたいな目立つ事の方が、その後の技の威力が上がるって研究結果が出ちゃってるんですよね!! 世界観が大事みたいで!」


「……割と厄介な話ですね」


「本当に厄介です! まあ、最後の切り札的な高威力を求めなければ、そんなに目立つ鍵行動(キーアクション)は必要ないですけどね!」


「なるほど、目立たないけども出力が上がるみたいな奴でも、十分に便利ですよね」


「普段使い用に目立たないので作る人も多くいますね! まあでも、高威力の切り札があれば切り抜けられるかもしれない場面が稀によくあるのが、この八紘(ユニバーサル)ダンジョン探索ですがね!」


 そう言われて、シューズは守れたかもしれない仲間の姿をフラッシュバックさせた。


「……鍵行動(キーアクション)で威力を出来るだけ高めるコツとかはあるんですか?」


「……そう来なくっちゃ! さあ、シューズさんも引退後の黒歴史を作り始めましょう!」


「黒歴史は確定なんですか…………」


 ・鍵行動(キーアクション)訓練。




 それらの訓練を、決して早いとは言えない成長ペースでシューズは行っていき、修行をはじめてから3カ月が過ぎた。


「あ! ちょっと僕は用事があるので、代わりに処理してきてもらってもいいですか?」


 実戦訓練として危険生物や魔生物を狩る時は、無秩序に狩って生態系やら探索仕事の分配を崩すわけにはいかないので、探索斡旋所経由で狩るべき生物の選定を頼んでいた。

 今回トートがシューズに頼んだ処理とは、その倒した魔生物などの報告処理だ。


 トートは外部の人間だし、別に予算は出てるし、倒すのは基本はシューズ一人なのでと、魔生物などの討伐によって得た報酬は全てシューズが貰っている。

 その上で、シューズにはバンガードの協力者としての給金まで支払われている。

 流石に貰いすぎだと断ろうとしたが、貰いすぎだと思う分は仲間が残した子供、ロレムのために使えと無理矢理持たされてしまう。

 仕方なく、生活費の余りである程度の額を貯めたら、月一程度で、ロレムに顔を合わせないように注意しながら、まとまった金を孤児院に寄付をしに行っている。

 つい先日も寄付してきたばかりだ。


 シューズは、今回のカニカマの事が終わるまでは、ロレムに会うのを辞めておこうと思っていた。

 それは孤児院で怒られたからというだけではないが、自分の中のケジメのようなものないからなのか、まだロレムに何かをしてあげられるような人間にはなれていないからなのか、あるいは単に、会うのが怖くなってしまったからなのか、その理由をシューズは自分の中ですら見つけられていない。


 カランカランとドアベルが鳴る。

 シューズ一人で探索斡旋所に来るのは久しぶりの事だった。

 そんな些細な懐かしさを感じながら、シューズは少しロレムの事に染まっていた頭を切り替えて、受付に向かう。


 それに気付かれて声がかかった。

 パープルブロンドの樹人族の受付嬢、フーコ=ルドエクだ。


「シューズさんこんにちは! 今日はお一人ですか?」


「はい、そうなんです。トートさんは用事があるとかで」


「用事? なんのですか?」


「聞いてないですね。バンガード関係のことかもしれませんし、そういうのなら一般人が知りすぎるのもアレなので、あまり深く聞かないようにはしています」


「……そうですか」


 それを聞いて何か思案するようなフーコの顔に、シューズは少しの引っ掛かりを覚えたが、たいしたことではないかと話を進める。


「あ、コレが今回の討伐の奴です。処理をお願いします」


「あ、はい! コレってほとんどシューズさん一人で倒してるって話ですよね? 身体付きも一回り逞しくなった気がしますし、実力上がってますよね〜」


「いえ、全然ですよ。 トートさんの足元にも及んでません」


「これだけ一人で狩って来られるシューズさんより強いんですか、あの方」


「そうですね。パワーも、技術も、とても勝てる気がしません」


「やっぱりバンガードの方ってすごいんですね〜」


「そうですね……」


 トートならカニカマ相手でも何とかできるのではないかと、シューズは思えている。

 だがしかし、トート本人も言っていたが、戦ってみないとわからないこともあるし、カニカマがまだまだ隠し球を持っている可能性もある。

 その不安要素を埋める役目にシューズがなれるかは、まだまだ自信がなかった。


「ふふ……」


 不意にフーコが笑った。


「どうしました?」


「いえ、今だとこうしてそこそこ話しますけど、探索者チームをシューズさんが組んでたときは、私とシューズさんってあまり話さなかったですよね」


「……ああ、ココでのやり取りは、リーダーだったパロムとか、金勘定が得意なマレムとかに任せっぱなしでしたからね」


「そうでしたよね。だから気付かなかったことが一つあるんですよ」


「気づかなかったこと?」


「私、シューズさんの『声』が好みなんですよね」


「……声、ですか?」


「はい」


 急にそんなことを言われても、シューズは困惑した。


「その、とりあえず、ありがとうございます?」


「というわけで、一緒に食事でも行きませんか?」


「え?」


「何の理由もなく急に食事に誘われるより、理由を聞いてから食事に誘われる方が、納得感はありますよね?」


「……揶揄(からか)っているわけではないんですか?」


揶揄(からか)いでこんな事言うような女じゃないですよ? 私」


「す、すいません」


 フーコ=ルドエクは美人だ。

 基本的に美人が多いと言われる樹人族。

 シューズは他の樹人族を見た事がないので知らないが、フーコのそれは、まるで抜き身の名刀のような、職人技の美しさだった。

 しかしその美しさはシューズに取って切れ味があり、おいそれと近寄り難い、博物館のショーケースに並べている物を眺めるくらいが精一杯の美しさだった。

 自分が触れていいタイプの美人ではない。

 きっと名のある誰かが、博物館にしまっておく物ではないと奪い去っていく物で、自分はなれてもその傍観者、そういう認識の距離感だった。


「それで、食事に連れてってくれますか?」


 そう言ってフーコ=ルドエクは笑顔を見せた。

 キラキラとした効果音すらつきそうなそれを見て、シューズは、


「いや、フーコさんは綺麗過ぎてなんだか畏れ多いし、正直それどころじゃないですんでできれば遠慮したいですね」




 普通に断った。

 それを聞いてフーコは目を細める。


「シューズさんは、勇気を出してここまで言った女性に、恥をかかせる気ですか?」


「えっ、いや、そう言うんじゃ……」


「じゃあなんですか? シューズさんは私が嫌いとか、決まった人がいるとかですか?」


「いや、そういうわけじゃないですけども……」


「なら食事くらいいいじゃないですか! 断る理由がありますか?」


「……えっと、フーコさんなにか意地になってません?」


「——そ、そんなことは……」


 カランカランッ!


 とその時、大きな音を立ててドアベルがなった。

 その音に、視線がドアに向くと、そこには一人の人物がいた。

 その人物はドアから中にいる人たちを見回し、その中にシューズを見つけると、一目散に、シューズへ駆け寄ってくる。




「シューズおじちゃんっ!!」


 突進するように、その人物はシューズに飛びついた。


「ろ、ロレム!? どうしたんだ急に、なんで探索斡旋所なんかに……」


「ごめんなさい……ごめ゛んな゛ざい……」


 涙を流しながら、飛びついたロレムはシューズに謝る。


「何かあったのか? 俺にできる事ならなんでもやるぞ?」


「ちがう……ごめんなざい……」


「落ち着けロレム、俺に謝る必要なんてない。どうした? なんでそんなに泣いてるんだ」


「……もう言わないからっ!」


「言わない?」


「もうっ、もう父ちゃんと母ちゃんに会いたいなんて言わないから! だから僕を、一人にしないで!」


 聞いて、その意味を理解したシューズは、目を見開いた。


「お前、知って……いつから……誰から……いや、違う」


 涙が止まらないでいるロレムを、シューズはしゃがんで抱きしめる。


「……俺こそ、悪かった。お前にそんな事させてるなんて、ちっとも気づいてなかった。ごめん、ごめんな」


 シューズはロレムを強く抱きしめ、ロレムと同じくボロボロと泣き始める。


「……先生が、あまり会っちゃダメだって言って、おじちゃんがあまり来なくなって、昨日も、背中しか見れなくて……そしたら、そしたら、おじちゃんも、帰って来れなくなっちゃうんじゃないかって、だんだん怖くなって……」


「わかった。わかってる。大丈夫だ。俺はお前を一人なんかにしない。安心しろ。大丈夫だから」


 感情が溢れて泣き止む事ができないロレムを、シューズはギュと抱きしめた。

 そしてシューズは、自分の中ですでに出来上がっていた決意が、より強く、より熱く固まっていく事を感じていた。


 他の人の邪魔になるからと少し場所をずらしたあと、シューズはロレムを抱いたまま、ロレムの気持ちが落ち着くのを待っていた。

 ロレムの涙もだいぶ落ち着いて、そろそろ本格的に場所を変えようかと思っていたタイミングで声がかかった。


「シューズさん、私そろそろ上がりますけど、ロレム君は大丈夫そうですか?」


 斡旋所の制服から私服に着替えたフーコがそこにいた。


「はい、だいぶ落ち着いてるみたいです」


「よかった。それじゃあ私は……」


「あっ、えっと、フーコさん」


「? なんですか?」


「さっきフーコさんが言ってた食事の話ですけど、もしよかったら、子供でも一緒に連れてける食事処を知ってたら、連れてってもらえませんか? 俺、そういうところ詳しくなくて……」


「え…………」


 フーコは、頼まれて断った方が悪人に見えるようなその要求に一瞬顔が引きつりそうになったが、なんとか抑えた。


「あっ、すいません。流石にこれは……」


 止まった空気に、シューズも流石に言ってから気づいて取り消そうとするが、そのタイミングで気づいても遅かった。


「……いえ、いいですよ? ロレム君は何か食べたいものある?」


 にこやかな顔でフーコは笑い、ロレムにそう問いかける。

 笑っている表情だが、シューズにはそれが内心の読めない仮面のようにも見えて、少し冷や汗をかく。


「ハンバーグ!」


 無邪気さはその緊迫感を感じ取れず、感情の整理がついてきたのか、にこやかにそう答える。


「それなら美味しいところを知ってます。行きましょう!」


 フーコは子供向けの優しい笑顔だ。

 その笑顔に裏があるかないかの判別をするほどの経験は、シューズは持ち合わせていなかった。




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