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第8話 シューズの特訓 後編


 特訓31日目、その日、シューズは1日、昨日感じた違和感を確認し、そこから推測を立てた。


 そして32日目、


「よし、やってみるか……」


 トートの支配空間に入ってすぐ、支配力の万全のうちに、シューズは始めることにした。


 シューズの感じた違和感、それは時間だ。

 色々と検証を始めた30日目、シューズがトートの支配空間から出された時間が、いつもよりだいぶ早く感じたのだ。

 拘束時間の延長をトートの限界まで伸ばした際、その長さをどのくらいにするかをトートは明確には言っていなかった。

 伸びた後の時間の長さは、シューズの感覚で6〜7時間ほどの時間という認識だったのだが、30日目の時は5時間弱で修行が終わった。

 勘違いの可能性ももちろんあったが、31日目にきちんと時間を確認して検証した結果でも、時間は短くなった事を確認した。


 そこからシューズは推測し、おそらくは、トートの限界まで伸ばした時間というのが文字通り、強い支配力の空間を維持できる限界なのだろうとあたりをつけた。

 なぜそれが短くなったのかも、30日より前と以後で何が変わったのかを考えれば簡単に察しがついた。




 シューズは、今出せる全力の支配力を込めて領域(テリトリー)を広げた。

 広がった支配力に対して、内部の異物を押し潰すかのように、トートの支配空間が圧力をかけてくる。

 ギチギチと潰される音が幻聴こえそうなほどの支配の圧力、それを感じつつ、シューズは推測を確信に変えた。


『常にダンベル持って歩いてるみたいな感じですね! 物理的な重さでなく、ダンジョン能力にかかる負荷的な意味で!』


 過去にシューズがトートに言われたセリフだ。

 この発言の中で、トートはシューズが空間内部に居続けている状態に対して、負荷があると言っている。

 つまり、シューズの支配力の使用は、トートに負荷を与えられるという事だ。


 つまり、このままシューズが全力の支配力で高い負荷をかけ続けて、トートをバテさせれば、シューズは外に出されるのだろう。

 ……が、それで出ようとするのはたぶん愚策だ。そうシューズは結論していた。


 トートは限界の時間とは言っていたが、なんの限界の時間かは言っていなかった。

 そしてそれが、もうシューズを内部に入れ続けることができないほど疲労困憊してしまう限界の時間でないことは確かだ。

 シューズの空間内での修行を終えた後、トートが当たり前のようにダンジョン能力を使っていたのは何度も見ているし、いつだって余力は十分にあるように見えた。

 おそらくは限界といっても、『バンガードとしての仕事が続けられる余力を残した上での限界』くらいの意味合いだ。


 そもそもの話として、一月くらいの修行をしただけの一般人が、ダンジョン能力のスペシャリストであるバンガードと、力比べで真っ向から勝つというそれは、天才のやり方だろう。

 自分はそれではないと知っているシューズは、かといって策士でもない。考えるのも苦手だ。

 それでも仲間の役に立つために積み重ねた得意なことは、走る事、追いかける事と、逃げる事。


 シューズは、自身の支配した空間を、闇雲に何かを探すようにはでなく、逃げるための道だという認識に塗り替えて、全力で走り出した。

 それで出れると確信があったわけではない。

 自分が戦えるとすればそこだけだと思っただけだ。

 蹴りつけた地面はシューズに速度を与え、逆の足で更に地面を蹴り付けて、シューズは加速していく。


 ここはシューズを閉じ込め、強い支配力による負荷をかけるためにトートが物理を塗り替えて作った空間だ。

 ならば、それをシューズがダンジョン能力で上書きする事は可能な筈だ。しかしそれは、正面から力比べをして行うべきではない。

 ウナギが捕まえられた時に力比べをするのではなく、身体の滑りとくねらせですり抜けて逃げていくように、シューズも、自分の持ち味である逃げに徹して抜ける。


 シューズは数十秒、空間を塗り替えながら全力で逃げ続けた。トートの空間に変化はない。

 分かれ道や隠れ場所のある場所ではないので、ペースを落としたり、隠れて息を整えるタイミングはない。

 トップスピードはそんなに長い時間は継続できない。脇腹が痛みだし、息もキツくなっていく。

 意味がない行為だったかとシューズが思いはじめた頃、それは見えた。


 暗闇の先に、一点の光。

 出口だと確信を持って感じた後、それは聞こえた。


『やりますね! でもそう簡単には出しませんよ!?』


 トートの声だ。

 聞こえた後、光との距離が縮まりにくくなったのを感じた。

 出口が、逃げている。


 しかしシューズには関係なかった。目的地が見えたなら、そこに向かって走るだけ。

 己の足と支配力に気合を込め直し、ラストスパートだと走り続ける。

 光とシューズの距離は縮み続ける。


『なんの! これならどうです!?』


 トートがそういうと、今まで平坦だった空間の地面が波打って、形を変え始める。

 凸凹したり、障害物のように突き出したり、坂になったり、柔らかかったり、滑るようになって足を取ったり。

 思わず、シューズはニヤリとした。


 なぜなら、やはり関係ないからだ。

 足さえつくのならば、その場所は、シューズにとっての道となる。


 逃げていた出口は、地面の変化にトートが集中しているからか、速度が落ちた。

 そのかわり、出口は直線的に遠ざかるのではなく、クネクネと、グルグルと、上下左右、四方八方に、曲線的に逃げ回るようになった。


 シューズは表情を変えない。

 これはいつもの仕事と変わらない。

 負傷して逃げようとする獲物を、縦横無尽疾風迅雷に追い詰める役はいつだってシューズだったのだから。


 うねる地面を駆け上り、不安定な路面を駆け抜けて、合理的に、機能的に、追い詰めて、視線やステップで罠を張って、経験からくる勘を頼りに、危なげなく、当たり前のように、動きの不意を突かれた出口に、


 シューズは、滑り込んだ。


「…………お見事!」


 トートの拍手を浴びながら、ひと月以上の時間をかけて、シューズはようやくトートの一つ目の課題をクリアした。




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