最終話
第二階層はダンジョン能力の深まりで産まれる新しい能力だ。
目覚める能力は、トートだと空間と空間を繋ぐ二つ目のカバンを出す能力。
フーコだと、下僕生物を作る条件や時間を広げられるようになったりする能力。
というように一定ではなく、その能力者により色々だ。
目覚めるきっかけも様々だ。
トートがそれに目覚めた理由は、なんでもかなりの量を入れて置ける鞄があるにも関わらず、忘れ物をした事に家を出た瞬間気づいた時に目覚めるという、少々ドジな原因だし、
フーコの場合も、日々探索斡旋所に運ばれる危険生物の死骸を下僕に再利用できたらいいのにと適当に壺に入れたり出したりして遊んでいたら、なんか出来るような気がしてきたというフワッとした理由だ。
そして基本的には、ある程度以上ダンジョン能力が育っているとか、標準以上の異常な強さの願望や異常性を持っている場合にしかダンジョン能力者は第二階層には目覚めない。
トートがシューズに第二階層の話をしてなかったのもその辺りが原因だ。
教えれば目覚めるというものでもないし、教えたことで変に意識して目覚めにくくなる場合もある。
だから、何か適切なタイミングでもない限りは話さないつもりでいたのだ。
第二階層に目覚めたシューズの靴は、形が変わった。
色は玄くなり、ブーツ、いや、ももまで覆うタイツ並みに、長く伸びてシューズの脚を覆った。
形状も、綺麗な流線型をしていて、足先だけが尖っている。
靴紐も純白に染まり、身体中に巻き付けていたそれらは、適当に巻き付けた無骨なものから、幾何学的に綺麗に織り結ばれた芸術作品のような結び方に変わっていた。
その靴で、シューズは地面を蹴り、跳んだ。
第二階層に目覚めた事で、基礎の支配力の出力も上がっている。
蹴り出した初速から今までとは段違いのスピードであったが、シューズはそこからさらに、空中を蹴った。
速度がさらに上がる。
第二階層に目覚めたことで、空気を蹴れるようにシューズはなった。
つまり、シューズから加速できないタイミングは、無くなった。
赫い怪物は、シューズを殺すべき敵だと認識していた。
殺さなければ、自分を絶対に殺す天敵なのだと、シューズを認識していた。
シューズは一撃でも攻撃がまともに当てられれば壊れてしまうもろい敵であったはずなのに、何故か集団であった頃の自分達を殺し回れた憎き敵。
油断はしない。当たれば殺せるのだと、赫い怪物は突然消えたように加速し出したシューズに対し、四方八方にかなりの速度で六本の腕を振り回し始めた。
それに対して、シューズは空中での加速は続けながらも、カニカマへの攻撃は一度控えた。
シューズは突然目覚めた自分の能力がよくわからなくて、まずは試し打ちのジャブのような攻撃からしたかったが、そんな暇はなさそうな事を理解した。
シューズが攻撃を取りやめた事がわかると、赫い怪物は振り回すような全体攻撃をし続けたまま、容赦なくロレムの方に歩き始める。
攻撃すればタダでは済まない事をシューズがわかっていても、攻撃しないわけにはいかない状況を赫い怪物は作ったのだ。
元主人譲りのようなその性格の悪さに舌打ちしつつ、シューズは本気の加速をする。
そして、ダンジョンが深まったその瞬間に何故か理解できた、シューズが行使できるその第二階層能力の本質を、本気で引き出す。
爆発音のような、轟音が鳴り響いた。
空気の壁をぶち破り、その壊れた壁を、ドロップキックの様な体勢で、シューズは滑走しながら加速する。
空気の壁を破りながら更に加速する事に特化した、シューズの能力は、音を置き去りにした。
ドロップキックのような体勢で攻撃を一点に集中した事で、受けるダメージを面から点に縮めるように突っ込んだが、シューズは無傷ではいられなかった。
埋め尽くされるように放たれる赫い怪物の攻撃に、シューズの左腕が切り飛ばされ、背中にも大きな切創を受けた。
音を超えた攻撃の衝撃そのものも、第二階層で上がった支配力による防御を超えて、シューズの身体にダメージを与えて血反吐を出す。
が、それでも、シューズの音を置き去りにした攻撃は、赫い怪物のより硬くなった外骨格を打ち抜いて、大きく身体を仰け反らせ、歩みは止まり、6本あるうちの腕の2本、鎌と、鋏の腕を破壊した。
自身の損傷など気にせず、シューズは、落とせた腕が鎌であった事をこれ幸いと拾い上げ、曲剣の代わりとして扱う事を思いつく。
赫い怪物の方は、受けた攻撃の衝撃を理解すると、身体の一部のように擬態させていた残り4本の腕を、騙し討ちする暇などないと悟って擬態を解いて振い始めた。
「ホントに性格が悪りぃ……」
減らしたはずなのに結果8本に増えた腕に、そんなセリフを吐きながら、シューズは再度加速を始めた。
そこから先は、死闘であった。
両者の実力は、拮抗していた。
お互いがお互いの肉体を削り合い、命を燃やし、殺さねばならぬ相手を殺す為に、死力の限りを尽くした。
お互いの攻撃がお互いを傷つけながら、戦闘は続いた。
そして……
先に倒れたのはシューズであった。
シューズはもはや、負傷している数を上げるよりも、負傷してない箇所を上げる方が簡単そうなほど、全身が傷ついていた。
今まで倒れていなかったことの方が、むしろおかしかったのだ。
対する赫い怪物は、
身体の中心部に、自身からもぎ取られた鎌を深々と突き刺されていた。
「Gぉ飯、oナかiっPaイたベテmIタかっタNA……」
三つあった心臓、その最後の一つを自身の鎌によって壊された赫い怪物は、そう言い残して倒れた。
最強を夢見た怪物は、結果として、何一つなす事が出来ずに儚く終わったのであった。
「シューズおじちゃん!」
壮絶な戦いに今まで見ていることしかできなかったロレムが、倒れたシューズに駆け寄る。
「……ロレムか?」
その声に、シューズが答える。
「おじちゃん! 大丈夫!?」
「ああ、お前はもう大丈夫だ。……街にはフレラータもいる。……良い人もたくさんいる。だからもうきっと、……お前は大丈夫だ」
「僕の事じゃないよ……おじちゃん」
こんな状態でも自分の事を鑑みようとしないシューズに、ロレムは涙を流す。
「……はぁ、はぁ、ロレム……。そこに居るのか?」
「おじちゃん、見えて……」
声の方向からシューズはロレムの位置を確認すると、そのまま語り始めた。
「実は……実はお前にはずっと……、ずっと言っておきたかった事があったんだよ。
前にお前が、パロムに……、怪我して帰るような探索者は二流だって言われたって、言ってただろ?
実は……あの話には続きがあるんだ」
「続き?」
「ああ。といっても……、パロム本人が言った続きじゃない。
マレムが……マレムがパロムに言った言葉だ。
あのな……あのなロレム、俺達の探索者チームで一番怪我が多かったのは……、パロムなんだよ」
「……そうなの?」
「ああ……。怪我する探索者が二流だってのも……、アイツが自分の不甲斐なさを自虐するみたいに、よく言ってた言葉なんだ。
それに対して、マレムが一回だけ……、こう返した事があるんだよ。
『探索者としては二流でも、仲間の為に傷を受けれる人は、ヒーローでしょう』って……」
「……ヒーロー」
「ああ……。パロムが怪我するのは、大抵……仲間を庇っての事だったんだ。
マレムは言った後に……恥ずかしくなったみたいで……、『まあ、無傷で仲間を救えた方が、スマートなヒーローだけど』なんて誤魔化したあとに……、二度とパロムをヒーローなんて……言わなかったけどもな……。
でもな……、俺はそれからずっと、マレムの言う通り、パロムは俺達のヒーローだって、口にしたことはなかったけど……思ってたんだ。
そして、最期の最後まで、パロムは……俺にとってヒーローだった。
アイツは、帰ってこれなかったけど……、ヒーローだったんだ……。それを……それをロレムに、ずっと言っておきたかったんだ」
「だったら、シューズおじちゃんだってヒーローだよ!
何度傷ついたって、何度ピンチになったって、立ち上がって助けてくれた!
シューズおじちゃんだってヒーローだよ!
だから、だからおじちゃん……!」
「…………そっか。俺も、最後の最後に……、アイツみたいに…………、ヒーローに……なれたのか」
そう呟くように言って、シューズは探すように唯一残った四肢である右手を彷徨わせる。
それがロレムに握られると、シューズは最後にこう言った。
「ありがとな…………ロレム」
そういってシューズは、ロレムの手を弱々しく握った。
そして数秒程の時間の後、シューズのその手から力が抜けて、落ちた。
涙を流し続けるロレムを残して、シューズの靴は、燃えるように消えていった。
シューズの勝利は、奇跡と言えるものであった。
運も、成長も、実力も、どれか一つでもボタンをかけ間違えたら得られる事のなかったものであった。
大金星といってもいいくらいの所行であったが、しかしこの、ダンジョンの片隅で起きたこの事件は、規模としてだけ見れば、小さな事件だった。
ダンジョン全体を揺るがすような大事件ではないし、歴史書に載るような出来事ですらもない。
この日は、世界を飲み込んだダンジョンにとって、何気ない1日に過ぎなかった。
ダンジョン中を見渡したら数ある規模の事件が起こっただけの日だ。
だけどこの日。
そう、この日にだ。
この日、少年ロレムの魂に
ヒーローは、焼き付いた。
最終話『瞬足の終着点』
&
第0話『ヒーローの生まれた日』
みたいな感じで一旦完結です。
続きに関してですが、アイデアや構想自体はあるんですけど、正直仕事が忙しいのと家庭もありますので、時間を取るのが大変でして、書くかどうか悩み中です。
まあ、続き読みたいって方が多ければ、頑張って書いて行こうかなという感じです。
もし、続きを読みたいって方がいましたら、評価、ブクマ、感想等でそれを伝えていただけると幸いです。
モチベになります。