第17話 怪物
曲がり角を曲がった先、待ち構える様に立っていた3体のカニカマを確認した時点で、トートは開眼し、シューズは道中の戦闘用で腰に下げていた曲剣を抜いた。
「シューズさん! ロレム君を連れ……」
トートがそこまで言った時に、シューズの右足に何かが巻き付く。
ドサリ。
何かが倒れる音がした。
巻きついた何かに瞬間気を取られていた目線を鳴った音の方に向けると、そこにはトートが倒れていた。
倒れたトートのシルエットがおかしい。
毛量の多い金色の三つ編みが、いや、それがついている頭ごとがなかった。
トートバッグが、燃えるように掻き消える。
主を失った拠点は消滅する。
壁が動いた。
いや、壁の色に擬態した生き物が、恐らく、トートの命を刈り取ったそれが、シューズに向けて動いていた。
シューズはロレムを抱えて逃げようとしたが、足が動かない。
いや、動かせなかった。
足に巻きついた何かが、タコの様な触手がシューズの移動を阻んでいた。
トートを殺した壁の色に擬態した生物が、血の色を付けた鎌を振り上げて、シューズに振り抜く。
支えがなくなったかの様に、シューズは倒れる。
シューズは死んではいない。だが、感覚がおかしい。
信じたくない思いで自分が立っていた場所を見れば、そこには自身の足だけが残っていた。
何かが麻痺しているのか、まだ痛みは感じていなかった。
シューズは縋るように這いずって、自分の切れた両足を抱え込む。
「はー、苦労した」
近づいてくる小さな足音、そしてため息。
彼女は、パープルブロンドの髪を持ち、尖った耳である彼女は、ニコニコとした笑顔で歩いてきた。
その片手には、金色の三つ編みが握られている。
その先にはぶら下がった両目を開いた生気のない頭があった。
「なんとか領域で感知されずに奇襲に成功できたみたいですね。
こないだの街襲撃で領域の感知にも隠れているのがバレないかをテストはしてましたけど、攻撃が成功するかは賭けでしたからねぇ〜。
ナイスナイス〜♪ 良い子だねぇ」
女性が、壁に擬態していた怪物を撫でる。
生物の色が壁色から戻ると、その怪物は艶のない黒色をしていた。
両手が鎌で、カメレオンのような尻尾と目をした人型の虫のような見た目の怪物だった。
「……フーコさん、なんでこんな事を……」
シューズは、パープルブロンドの髪を持つ、樹人族の探索斡旋所に勤める受付嬢。
フーコ=ルドエクに、その凶行の理由を聞かずにはいれなかった。
「んー、素材に理由とか今まで話した事ないんですけど、今日は全部素材が揃った特別な日なんで、特別に教えてあげましょう!」
「……素材?」
「はい! この髪の毛良いですよね! 毛量多くて、ごん太の三つ編みになるとかもポイント高いです! すごく好みのアイテムだったんですよ!
それに倒れてるほうの素材には伝えてたと思いますけど、声が好みなんですよね。
だから、それが欲しくて!」
「何を、何を言って……」
「ほら、世の中ってロクな男いないじゃないですか! 基本、性格はクズだし、バカだしで。だからせめて、彼氏を作るんなら見た目くらいはこだわりたいんですよね! 私の運命のカレシたんの見た目は!」
「…………」
「蠱毒って知ってます? 私のダンジョン能力は壺で、その能力が蠱毒みたいな感じでに生物を掛け合わせて強い生物を作る事なんですよ。
でもほら、最強生物とか作るよりは、理想で運命なカレシたんとか作った方が健康的でしょ?」
シューズは耳で聞いた理解したくないその理由を、なんとか自分の中で噛み砕いて呟く。
「今までの誘拐や虐殺は、その彼氏のパーツ集めのため……?」
「結構大変だったんですよ? 私は別に素材集めの為に自分の生活壊したりとかしたくないし、悪い事したりも好きというわけではないんですよ。
だから、できるだけ普通の生活を保ちつつ、コレ! って素材をできるだけバレないように少しづつ集めてたんです。
正直、初めて目撃者を逃した時とか、バンガードが来ちゃった時は肝が冷えましたけど、そこで運良く残りの欲しかった声と髪のパーツを2つとも見つけられたし、たまたま変な新種生物だと勘違いしてくれてるしで、やるっきゃないってなったんですよね!
いや〜、ホントに上手くいってラッキーでした♪」
「……そんな事の為に、父さん達や街を襲ったって言うの?」
それを聞いたのはロレムだった。
信じたくないモノを見る目で、フーコの事を見つめている。
「私だって、出来れば街は襲いたくはなかったんですよ?
でも、声パーツだけでも先に集めておこうかと思ったら、なかなか一人にならないし、私が怪しまれないタイミングも難しいし、変な邪魔は入っちゃうし、少し放っておいたら無駄に気持ち悪く成長してるしで……。
上手くいきそうにないなってなったから奇襲作戦に変更するしかなかったこれは仕方なくないですか?
計画としては私はずっと、まず声素材を攫って隠す。
それから虫怪物の目撃情報とかを聞いて声素材が飛び出して行ったって髪の毛素材のバンガードを騙す。
そうして髪の毛素材を街の外に一人誘き寄せてから、ペットちゃんたちで囲んで倒し、髪パーツをドロップさせるってチャンスをずっと狙ってたんです。
なのに、それだけの計画がなかなか上手く行かないんですもん!
これでも、街襲撃の時に予想外に二手に別れてくれたチャンスの時に、どちらかに最大戦力投入して素材回収するってのを街の被害拡大を考えてやらなかったんですから、そこを褒めて欲しいくらいですよ!」
喋り出したフーコの愚痴は止まらない。
「ホント、予想外なバカをやらかしまくるから、困りましたよ!
せっかくだから、街を襲うついでに職場で面倒でうるさい暴力馬鹿ハゲを始末しとこうかと思ったら、なんか声素材が馬鹿みたいなスピードで見つけちゃうし、
当初の予定では声パーツは街襲撃で素材に重症負わせて治療院とかで上手く回収するつもりだったのに、バンガードとバラけたのになんかほぼ無傷で私のペットに勝っちゃうし、
私の決めてた計画通りに進めるのが一番被害が少ないかったのに、めちゃくちゃにしまくって……これだから馬鹿な男はイヤなんですよ!
大体カニカマってなんですかカニカマって! ネーミングセンスおかしいでしょ!
素材回収用のペットに変な勘違いしてるから、街襲撃で騙す用に量産して生物を作るのにも変に時間かかっちゃいましたし!
かと思えば、急に帰るとかバンガード試験とか言い出すから完成度低めで計画進めなきゃでしたし!
男はみんな、自分勝手が過ぎるんですよ!!!」
感情的に、フーコが吠える。
シューズには言いたい事がたくさんあった。
しかしシューズは何も言えなかった。
言っても無駄だと感じるのもある、だがしかしそれ以上に、寒かった。
止血されない傷口からは、血が出続けている。
足の痛みがまだない。
命が、抜けていく。
シューズは、自らの死が足音をたてて近づいているのを感じ取っていた。
「あらあらあら、話しすぎちゃいました。
髪の毛や頭皮はともかく、声パーツは死んだら鮮度がすぐ下がりそうだから、ここでじゃなくてラボで剥ぎ取りしたいんですよね。
早く運んでしまわないと!」
そう言ってフーコは、3体のカニカマ型を含めた、タコ脚付きとカメレオンタイプの全部で5体いるさまざまな生物を掛け合わせた人型の怪物達に命じて、シューズの回収をさせようとする。
それに立ち塞がって、阻止しようとする小さな影があった。
「お前なんかに、シューズおじちゃんは連れて行かせない!」
シューズが落とした曲剣を拾い、足を震わせながらも、ロレムは怪物達に立ち向かおうとした。
それを見て、死に向かおうとしていたシューズの意識は急激に覚めていく。
「待てロレム! フーコさん! アンタの目的は俺の声なんだろ!? 俺の事はどうしたっていい! ロレムは、ロレムだけは助けてくれ!」
「ダメだよおじちゃん! こんな奴に好きにさせたらダメなんだ!」
「いいから逃げるんだ、ロレムッ!」
パチンと、指が鳴った。
鳴らしたのは、フーコだった。
その表情は明るく、とても最高の思い付きをしたかのように、最悪だった。
「男に産まれただけで馬鹿確定だから精神性なんてどうでもいいと思ってたけど、少しだけ見込みがありそうな子供の精神を育て上げて、私だけを守るカレシたんに育てるの、全然アリな気がしてきました!
そうですよね! 命令に忠実な奴隷やお人形さんみたいな廃人より、自分の意思で私を守ってくれるカレシたんがより最高じゃないですか!
今日の私は本当にツイてます!」
新しいオモチャを見つけたような、キラキラしたフーコの瞳がロレムに向く。
その瞳から守るように、シューズは足のない身体で何とかロレムを引き倒し、庇うように自分の身体で地面に隠す。
「精神パーツも鮮度が重要ですよね!」
だが、そんな抵抗も虚しく、ロレムとシューズの二人は怪物に持ち上げられ、フーコの壺ダンジョンの中に押し込められた。