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第12話 話し合う二人


 次の日、少年ロレムは落ち込んでいた。

 勝手に出歩いてシューズを探しに行ったことは孤児院で大目玉を食らった。

 でも、そうした事情をちゃんと全部話させられたら、それ以上は怒られなくなって、逆に優しくされてしまった。


 でも今は、優しくされればされるだけ、ロレムがツラい境遇にいるんだよと言われているような気がして、心がチクチクした。


 シューズが自分の両親を見捨てて逃げた。

 それを信じたくなかった。


 両親といつも仲良くしていて、たまに遊んだり、お土産をくれたりするおじちゃん。

 そんなシューズを、ロレムの父パロムはいつも、命を預け合う親友の一人だと自慢して、お前もいつか、そんな親友を作るんだぞと笑っていた。

 両親の宝物の一人、それがロレムにとってのシューズの認識の全てだった。


 それが、両親が死んだと聞いた時、全て変わった。

 ロレムが知っていたたくさんの人たちは、ロレムを可哀想だと哀れんだ。


 その中で、シューズだけが、ロレムが可哀想である事を認めてなかった。

 両親が死んでないと嘘までついて、認めなかった。


 そして、両親がロレムを見るときと同じ、宝物を見る時の目で、ロレムを見るのだ。


 その、シューズおじちゃんが、ロレムの両親を見捨てた。

 幼いロレムには、もう、わからなかった。




 その日もいつも通り、孤児仲間たちはロレムを遊びに誘ってきた。

 心の中がグチャグチャで整理がつかず、なにも考えたくないロレムではあったが、仲間はみんな優しい。

 ロレムが断ったり、自分の気持ちを態度で見せれば、優しさを投げかけてくるのがわかっていた。

 でもその日は、その優しさを受けたくなくて、悟られないようにいつも通りに遊んだ。

 グチャグチャで、本当はどんな顔をしていいかわからない感情に無理やり笑顔を貼り付けて、ロレムは遊んでいた。


 そこに、その男は現れた。


「見つけたぞテメェ!!」


 それはスキンヘッドの大男、フレラータだった。

 フレラータは、そう声を上げるとロレムを睨みつけるように見ながら、ドスドスとロレムの方に歩いてくる。

 その顔は鬼の形相で、感情も高まっているのか、顔も赤くなっている。


 近づくフレラータに、ロレムの周りの孤児たちはまず驚いて固まり、そして徐々に近づく脅威に後退る。


「逃げんじゃねえぞっ!」


 後退る子供達を見て、フレラータはそう声をかける。

 逆効果だった。

 その声を聞いた子供たちは恐怖に駆られ、泣きながら、叫びながら、他の逃げ出す子供達を見て、各々が走り逃げ去っていく。


 唯一ロレムだけが、フレラータを正面に見据えて逃げなかった。

 フレラータは、他の子供が逃げたことなど気にせずロレムに歩み寄ると、ロレムを見下ろしながら、聞いた。


「昨日のガキだな。名前はなんて言うんだ?」


「ロレム。おじさんは?」


「フレラータだ」


「そう。で? 何のよう?」


 ロレムがそう聞くと、フレラータは両腕を軽く上に上げた。

 そうして、勢いよく、

 ロレムに対して、




 頭を地面に叩きつけるように土下座した。


「すまなかった! オメェがパロムとマレムの子供と知らなかったんだ!! というか、二人に子供が生まれたことすら知らなかった!!

 殴ってすまん!!!! 本当にすまん!!!!」


 大の大人が子供にするようなものではない、ガチの謝罪土下座だった。


 それを見たロレムは、そっと屈み、フレラータの肩に手を置くと、こう言った。


「まあ、僕も昨日フレラータおじさんのこと殴っちゃったし、ハゲとかタコとか言っちゃったし、それはごめんなさい。だから、おあいこってことでいいよ」


 聞いたフレラータの顔から意を決した様な気持ちが抜け落ちていき、ポカンとした顔に変わる。


「…………俺がいうことでもないかもしれねぇが、坊主オメェ、めちゃくちゃ肝が据わってやがるな」


「…………気持ちって、立ったり座ったりするもんなの?」


「気持ちじゃなくて、肝ってのは……まあいいや。オメェはきっと、大物になるよ」


 そう言いながら、フレラータは苦めの笑顔をこぼした。






 場所を変え、目線を合わせて地面に座り、フレラータとロレムの二人は改めて喋り始めた。


「改めて自己紹介だな。俺はフレラータ。もう結構前になるが、オメェの父ちゃんと母ちゃんのパロム、マレム、それからシューズ達と一緒に探索をやってた、元仲間だ」


「そうなんだ。なんで仲間じゃなくなったの?」


「……オメェに話すのはなんだか恥ずかしいが、俺はオメェの父ちゃんパロムと、オメェの母ちゃんを取り合って、負けたんだよ」


「母ちゃんにフラれたから、居づらくなったってこと?」


「うぐっ……、ま、まあ、端的に言えばそうだな」


「じゃあ、もうシューズおじちゃんとかとも友達じゃないから喧嘩したの?」


「ソイツは違うぞ、坊主。大人になったら、友達とかは一言で説明できるような簡単な関係じゃなくなるんだ」


「今も友達だっていうなら、なんで、フレラータおじさんは喧嘩したの?」


「……友達だからこそっていう、俺のワガママだよ。 ……俺はな、シューズに、一緒に仇討ちに来てくれと言って欲しかったんだよ。力足らずで二人とも死んだとしても、同じ孤児院を出た仲間として、仇に一矢報いに行こうって誘って欲しかったんだよ」


「……よくわかんないや。喧嘩せず、直接シューズおじちゃんに直接そう言えばよかったじゃん」


「その通りだな。普通に言えばよかった」


「なんで言わなかったのさ」


「俺が余計なお節介をしたからだな。

 シューズが自分から決意して、仇討ちに行こうと思わねぇと駄目だって、勝手にキレてた。そんな簡単な話じゃねぇのにな。

 シューズはお前を残して犬死にするわけにはいかねぇと思ってただろうし——俺じゃ全然、仇討ちの戦力にゃ足りてなかったみてぇだし……」


「ん? フレラータおじさんが友達だから、死んでなんか欲しくなかっただけじゃないの?」


「…………そうだよな。シューズはそういう奴だよな。

 本当にバカだよ俺は。たまに飲みに行っても、もう結婚して何年も経ってるのに、パロムやマレムの話をしようとすればキレてた。

 だから、オメェが生まれたって話すら聞けてなかったわけだし……ため息しか出ねぇ。

 ちゃんと話して、生き残ったアイツと2人でちゃんと協力して修行と金稼ぎでもしてれば、こんなアホみたいな事にはなってなかったのにな……はぁーあ」


 ロレムは、項垂れたフレラータの肩にそっと手を置き、言った。


「ドンマイ!」


 ウインクしながら、肩に置いてない方の手で親指を立ててである。


「……ふっ、その煽ってるのか天然なのかわかんネェ所、パロムにそっくりだよ。


 ……そうか、パロムは、あの野郎は死んじまったのか」




 唐突に、今まで来ていなかったそれらの実感が、フレラータの中で湧いた。

 湧き上がったそれは、自然に目から溢れて、一筋の涙を流した。

 フレラータの意地っ張りは、それを子供に見せる事をよしとせずに、隠してゴソゴソと顔を拭い、次々溢れ出そうなそれを無理矢理止めた。


「どうかしたの?」


「……なんでもねぇよ」


 半分鼻声だったそのセリフを最後に、二人の間に沈黙が流れる。

 しばしの沈黙、おそらくはお互いが気持ちに整理をする為に流れたその沈黙の時間。


 それを破ったのはロレムだった。




「ねぇ、フレラータおじさん」


「なんだ?」


「なんで、シューズおじちゃんは、父ちゃんと母ちゃんを置いて、逃げたのかな?」


「ん? 逃げたくて逃げたわけじゃねぇだろ、アイツは」


「……どういう事?」


「たぶん、敵が強すぎたから、パロムあたりに助けを呼んで来いと言われたとか、なすすべなく全員死んじまった後に、一人では勝てないから仕方なく逃げてきたとか、そんなんだろ。

 怖いから、自分が死にたくないからって、仲間を置いて逃げる事ができる奴じゃねぇよ、アイツは」


 俺はソコん所で、シューズを疑ったりはしてねぇよと、なんでもないことのようにフレラータは肩をすくめた。


「そっか……そっか」


 フレラータのその答えは、ロレムにとって、まるでパズルのピースのようにカッチリとハマり、正解だと信じられた。

 シューズは両親を見捨てて逃げたわけじゃない。

 そう信じられただけで、肩から少し重みが消えた気がした。


「あの野郎、今の俺じゃ何度やっても勝てるビジョンが浮かばねぇくらい、強くなってやがった。

 よほど、悔しかったんだろうな……。

 喧嘩でシューズに負けた事なんざ一度もなかったのに、今のアイツは、俺なんざ目に入らない場所を見てやがる。

 ……俺がそんなシューズの野郎を見てなかったのに、シューズを支える仲間として俺を見て欲しいと思ってたなんざ、ホント、アホだよなぁ俺」


 そう言って、フレラータは再び項垂れる。


「……僕も反省しなきゃ」


「ん? 何をだ?」


「母ちゃんが言ってたんだ。『人の話をちゃんと聞かないで短気を起こす男はモテない……は、主語がデカすぎか、私はモテて欲しくない。少なくとも私は嫌い』って。昨日はフレラータおじちゃんのこと、話もよく聞かないで殴っちゃったし、シューズおじちゃんの話も詳しく聞かないで逃げちゃったから……だから、反省」


 ロレムの語るマレムの言葉に、思い当たる節がいくらでもあったフレラータは、とても苦い顔をして頬を掻いた。

 パロムがいなくても、自分がマレムとくっつく未来はなかったのかもなと寂しくなりながら、フレラータは立ち上がった。


「さて、気は重いが、シューズの野郎にも謝りに行かねえとな」


 そう言って立ち上がったフレラータを、ロレムは見つめる。


「オメェも来るか? ロレム」


「……うんっ!」


 そう答えたロレムを、フレラータはスッと持ち上げ、肩車する。


「オメェにゃあまり嘘をつきたくないから教えておくが、シューズに一人で謝りに行くのが恥ずかしいから、オメェを出汁にしているところはある。スマネェ」


「……そういう肝心な所でダサいとこ、フレラータおじちゃんモテなさそうだよね」


「うっせえ、わかってるよ」


 そんな、ほぼ初対面とは思えないような会話をしながら、フレラータがロレムを連れて歩き始めた時、それは聞こえてきた。


 それは、羽根の音だった。

 ハエが飛ぶ時のような、空気を振るわせる羽音。

 それも、小虫が飛ぶような小さな音量ではない。


「……なんだ?」


 フレラータが、その異様さに警戒して周りを見渡すと、それはいた。


 それは、人の頭程の大きさで、右手がカマキリのようなカマ、左手にカニのようなハサミ、バッタのような頭をした昆虫型の生物だった。


「ロレムっ! 降ろすぞ!」


 フレラータはロレムを降ろしてハンマーを手に持ち、その虫生物に向き合う。


「おじちゃん!」


 ロレムが叫んだのでその方向を見れば、虫生物は一匹ではなかった。

 サイズがバラバラの、30cmから1mほどの大量の虫生物が、そこら中を飛んでいる。


「……マジかよ」


 フレラータがそう呟くと、まるで狙いを定めたように虫生物の何匹かが、フレラータとロレムに襲いかかってきた。


「俺から離れすぎるんじゃねぇぞ! ロレム!」


 そう叫んで、フレラータは、ハンマーを振り上げた。






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