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第11話 試合


 5人は、探索斡旋所でのレクリエーションや訓練などで使用される修練場に移動した。


 防具の上から以外の攻撃は無効。

 勝ち負けは、負けを認めるか、気絶。

 また、命の危険など、トートの判断次第でも終了する。

 ルールはそれだけ。

 そのルールだけ確認して、可動域が阻害されない厚手の防具をシューズとフレラータの二人は身につけ、向き合って立った。


「……なんだシューズ、その木刀は」


 フレラータの前に立つシューズは、木刀を構えていた。


「別にいいだろ」


「よかねぇだろ。走りに集中する為に、動きを阻害しない短剣とか、ナイフレベルの大きさの刃物以外持たないんじゃなかったのか?」


「お前も会話で情報分析か? 敵とわかればあとは叩き潰すだけで、他は小賢しいんじゃなかったか?」


「言うじゃねぇか……どうやら今日は本気で、俺とトコトンやりテェらしいな」


 フレラータが自身の拠点(ベース)であるハンマーを手に持ち、グルグルと振り回す。

 見ただけで重量があるとわかるハンマーが、風切り音を鳴らしながらビュンビュン回る。

 当たれば防具の上からでもタダでは済まないのは必至だ。

 フレラータは単独で探索者として食えている。

 その理由の攻撃力が、そこには目に見えて存在していた。


 それに対して、シューズは木刀を上段に構えて言った。


「瞬足のシューズ、悪いがお前を踏み倒していくぜ」


 名乗り口上だ。

 その『鍵行動(キーアクション)』をする事で、シューズの支配力が研ぎ澄まされていく。

 子供の頃、物語として見た英雄の名乗り口上が、一番相性よくシューズを強化してくれた。

 色々試した結果の産物だった。


「なんだそのダセェ名乗りは」


「あんまり馬鹿にしないほうがいいぞ」


「あぁん?」


「お前は今から、そのダセェ名乗りをする奴に負ける、更にダセェ奴になるんだから」


「テメェ……ッ!」


「それではっ! 両者構えてっっ!!」


 それ以上は拳で語らえと言わんばかりに、トートが言った。

 フレラータは怒りを抑えながら、構えを取る。

 そして、双方が睨み合う。


「はじめ!」


 先に仕掛けたのは、シューズだった。

 シューズは上段に構えた木刀を振り下ろす。

 しかしそれは明らかに、フレラータに届く距離ではなかった。

 シューズは振り下ろしの途中で木刀から手を離す。

 木刀は奇襲のように投げられた形だ。

 しかし、フレラータとシューズの距離は遠い。

 そして、投げられた木刀の速度も遅い。


 意表を突くにはお粗末なその投擲。

 結局、弾いて終わりの一発技かとフレラータがハンマーを動かすと、シューズが飛んだ。

 そしてシューズは、投げられた木刀に追いついて、それを蹴り飛ばす。


 いや、木刀は蹴られても飛ばなかった。

 シューズが足をついた場所は、シューズにとっての道となる。

 投げられた木刀の速度をも取り込んで、シューズは空中を駆ける。


 ギョッとしそうになるシューズのトリッキーな動きを、フレラータはなんとか冷静を保って見ていた。

 シューズは加速を保ったまま地面に降り、蹴りを貯める。

 しかしそれはシューズの蹴りがフレラータに当たる間合いよりも遠く見えた。


 しかし、フレラータは見落とさなかった。

 シューズの足から、木刀は離れていなかった。

 おそらく、シューズは靴に木刀を吸い付けた状態のまま、蹴りを放つ気だ。

 蹴りで剣を振るう足刀術!


 初見でそれを見抜いたフレラータは、あえて身体を前に進めて、間合いに深く食い込んだ。

 ダメージは覚悟の上。

 より攻撃の支点に近づきダメージを軽減しつつ、カウンターでダメージを与えるつもりでだ。


 フレラータが間合いに踏み込んだが、まだシューズの蹴りは飛んでこない。

 木刀の重さ分、溜めが大きくなっている!


 それに気づいたフレラータは、自身の拠点(ベース)であるハンマーに支配力を込めて軽くし、コンパクトに振って速度を上げ、シューズに当てに行く。

 防具を狙う余裕はなかった。とにかく当てることを優先した。

 小賢しいと昔は嫌っていた手だ。しかし、ソロで活動するには搦手が必要なのだとフレラータも学んでいた。


 俺も成長している。だから俺を見ろ、シューズ!


 そんな思いで放たれたフレラータの一撃は、空を切った。


 シューズは蹴りを溜めた体勢のままだった。その体勢のまま、フレラータの攻撃を避けるように、靴で地面を滑って避けたのだ。

 力を溜めた状態のままの滑走移動。これも、トートとの修行でシューズが身につけた戦闘スタイルの一つだった。


 避けられ、すでに自身の負けを悟ったフレラータの防具の側頭部に、威力が十分に溜められた足刀斬撃が振り抜かれる。


 フレラータは宙を舞い、落ちる。

 揺れた脳がフレラータを気絶させたのをトートが確認して、試合は終わった。


 一撃によるノックアウト。

 結果だけ話せばそれだけだが、その数秒の中にあった多くの情報から、トートは感じたことをシューズに聞いた。


「…………彼は、フレラータさんはシューズさんの戦いの傾向をよく知っているみたいでした! シューズさんもです! その、もしかして……!」


「……はい。そうです」


 おそらくトートの想像したことは正しいだろうとシューズが肯定すると、トートは色々な想像が膨らんだのか、急にボロボロと涙を流し始める。

 いや、詳しい話をしてすらないのに早すぎないかとシューズが困っていると、声がかかった。


「シューズおじちゃん!」


「ロレム……」


「さっき、このおじさんが言ってた事は嘘だよね!? 父ちゃん母ちゃんを置いてシューズおじちゃんが逃げたなんて!」


 やはりあの顔は見られていたのかと、シューズは察した。


「……すまない。逃げたのは本当だ」


「なんで……なんで父ちゃんと母ちゃんを助けてくれなかったの!?」


 答えられなかった。

 自分の中でも、答えを持ち合わせていなかった。

 自分以外の誰かを生き残せられる正解のようなものが、あの日にあったのではないかとシューズが考えなかった日はない。


「本当に、すまない……っ!」


 謝罪の言葉以外の、何も口からだせなかった。


「…………っ!!」


 ロレムが走り出す。

 その瞳には光るものが見えた。

 追いかければ、一瞬でシューズは追いつけるだろう。

 だけどシューズは追いかけなかった。追いかけられなかった。




「うぐっ、うぐっ、……シューズさん! 今、聞ける気分ではないかも知れませんが報告が一つ! バンガードの組織の方から、長期間カニカマの新たな行動がない事で、僕に引き上げ命令が出ています!」


 トートが今日、少し外した理由はそれだったのだろう。


「…………そう、ですか」


「調査は3日後までです! それまでに何もなければ、僕は帰ります! 実際僕も、三ヶ月も何もないので、カニカマは住処を変えたんじゃないかと思い始めていますから!」


「…………」


「その上で提案が一つあります!! シューズさん!! バンガードになりませんか!?」


 暗く染まっていたシューズの感情が、トートのその言葉に微かに反応したのか、顔が上がる。


「俺が、バンガードですか?」


「はい! バンガードになれば、教育係や家事手伝い付きで子供一人を養うくらいの経済力は余裕で得られます! そして得れるのは情報もです! シューズさんがそうしたいのであれば、カニカマの追加調査を行う事だってできます! どうですか!? なってみませんかバンガード!! 僕はシューズさんがそれを目指すなら、絶対になれると思ってます!」


 シューズは想像した。

 自分がバンガードになった姿を。

 ダンジョン能力のスペシャリストで実力者。

 様々な人々に慕われる超人的存在。

 少し前の自分では想像することすら鼻で笑える事柄が、目指していいのだと現役のバンガードが言ってくれている。

 バンガードになって、カニカマを追って倒し、ロレムを…………。


「バンガードになって、ロレムを養って、仇のカニカマをぶっ倒す…………それをやる事を、ロレムが、ロレムが逃げた俺に望むでしょうか?」


 一度は上げた顔を、そう言ってシューズは下ろした。


「…………ロレム君ではなく、シューズさんはどうしたいんですか!?」


「……すいません、少し自分でもわからなくなってしまいました。残りの3日間のカニカマの調査は、全力で手伝います。ですけどその後の話は、少し、少し考えさせてください」


「シューズさんっっ!! …………いえ、すいません、わかりました。では、考えておいてください……!」


 そう言い残して、寂しそうな背中で、トートは去っていく。

 ここまでしてくれたトートに対する不義理はわかっている。

 しかしシューズは、崩れそうな自分の心を支えるのに必死で、そのことに気を回す余裕がもてなかった。


 シューズもその場を去ろうとした時に、ふと思い出した。


「…………フーコさん、色々巻き込んですいませんが、最後にもう一つだけ、起きたフレラータに伝言を頼めますか?」


「伝言ですか? それは、いいですけども……」


「それじゃあ————」


 フーコにフレラータへの伝言を頼むと、シューズは今度こそ、その場を去った。




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