第10話 道中
「勝手に夕飯に連れて行ってしまうと、孤児院の人に怒られてしまいませんかね?」
「まあ、その辺は俺が後で大目玉を喰らいますので……ここまで探しにきてくれたロレムに何もしてやらずに帰すのは、ちょっと……」
ロレムに聞こえないように、小声でフーコとシューズが話す。
ロレムは泣いてたのが嘘のように上機嫌に先を歩いている。
感情をあまり引き摺らないで済むのは、子供の特権だろう。
「おじちゃん! お姉さん! 急がないとハンバーグ冷めちゃうよ!」
そんな事を言いながら、ロレムが後ろを向きながら歩く。
「お店のハンバーグは冷めないよ。ほら、ちゃんと前見ないと危な……」
トスン。
言ったそばから、ロレムが角から歩み出てきた人物にぶつかる。
「コラ小僧、ちゃんと前見て歩かなきゃ危ねぇじゃねぇか……ん?」
ロレムがぶつかったのは、スキンヘッドのトゲトゲしい格好をした大男だった。
その大男がシューズの存在に気づく。
その大男は、さらにシューズの隣に寄り添うフーコを見つけた。
それらを見て、ハンマーを担いだ大男、フレラータは顔を歪め、怒りに頭を赤くする。
「……シューズじゃねぇか、バンガードの金魚のフンは、今日はしてねぇのか?」
「…………ああ」
言いながら、なんとかこの場を穏便に済ませられないかとシューズは頭を巡らせる。
「んで、人型の虫の化け物だったか? 仇撃ちは終わったのか?」
「……相手はかなり知能があるみたいで、トートさんと二人で探し回ってはいるけど……」
「俺は仇撃ちができたかどうかしか聞いてねぇんだよっ!!」
今にも掴みかからんばかりの勢いで、フレラータがシューズに詰め寄る。
それに対して、ビクリとフーコがシューズの後ろに隠れるように動いてしまう。
その仕草にフレラータは更にヒートアップしていくのをシューズは感じた。
もう、荒事は避けられない事をシューズは覚悟した。
いつでも動けるように、しかしフレラータを必要以上に刺激しないように、準備を進めていく。
「で? どうなんだ? 仇撃ちはできたのかよ?」
「……できて、ない」
言いながら、フーコを巻き込まないように庇うように動く。
ロレムにフレラータの注意は行っていない。
ロレムが大人しくしていれば、フレラータは手出しはしないだろう。
「はっ、じゃあテメェは、仲間を置いて一人逃げて生き残ったテメェが……」
言いながらフレラータは拳を握る。
「なんでこんなところで、呑気に女のケツなんか追いかけてやがるっ!!」
そう言ってフレラータは大きく拳を振り上げる。
シューズは構えて、フレラータの拳を受け流してから、どうにかこの場を改めさせるようにということにだけ、意識がいっていた。
だから、それに反応できなかった。
拳を振り上げるフレラータに、一人の人物が殴りかかった。
パシリと音が鳴る。
「適当なこと言うな! シューズおじちゃんが、親友を置いて逃げるわけないだろっ!!」
ロレムがフレラータを殴ってから言ったその言葉は、フレラータよりもシューズの方に深く刺さり、思わず表情を変えてしまう。
そしてその、してしまった表情の時に、一瞬だけロレムと目があってしまったような気がした。
「なんだぁテメェ……! シューズとどんな関係だコラ」
シューズに向けた拳を止めたフレラータがロレムにそう聞く。
「なんだっていいだろ! シューズおじちゃんに言ったことを取り消せ! このハゲ! タコ!!」
そう言ってロレムがフレラータをポコポコと殴る。
ロレムはまだまだ小さい子供だ。
そんな攻撃に大男であるフレラータは、もちろん小ゆるぎもしない。
「喧嘩売る相手を選べと親に習ってねぇのか! クソガキッ!」
ロレムが、フレラータに殴り飛ばされた。
その瞬間、ただ見ていただけになってしまっていたシューズに、瞬間的に、大量の考えが走馬灯のように浮かび上がった。
なぜロレムが殴られる一連の流れを止められなかった?
ロレムがフレラータに殴りかかるのが予想外だったから?
ロレムに見られたと思ったから?
まさかフレラータが子供を殴ると思わなかったから?
フーコさんの盾になるのに動くわけにはいかなかったから?
いや違う。
俺が、間抜けだからだ。
シューズは、フレラータの隣まで瞬時に移動して、蹴りを放つ。
それは意表をついた突然のことだったが、フレラータはなんとかそれに反応し、防御する。
が、その蹴りは。
知っていた筈の軽いと思っていた蹴りは、フレラータの大きな体を、軽々と防御ごと押し飛ばした。
フレラータはなんとか地面に無様に転がる事なく着地したが、驚きに目を見開らく。
「シューズ、テメェ……」
「ロレム、大丈夫か?」
シューズは、一旦フレラータを無視する形で倒れたロレムに駆け寄る。そしてロレムを抱え上げると、フーコのところまで移動する。
「すいません、フーコさん。ロレムを頼みます」
そこまでをすませてから、ようやくシューズはフレラータに向き直り、睨みつける。
お前の優先順位はその程度だと言わんばかりのシューズのその態度に、フレラータは更に顔を赤くする。
「なんだその態度は、シューズ。お前、俺とやる気なのか?」
「……」
シューズは、黙って構えを取る。
フレラータは、鼻で笑って見せて、同じく構えを取る。
「二人ともやめてください! 探索者同士の私闘は、規約違反ですよ!!」
フーコが叫ぶ。
しかし、二人にとってそれは雑音でしかなかった。
いつ始まってもおかしくないその状況で、更に声が響いた。
「あっ! シューズさん! ん!? なんですかこの状況! もしかして、喧嘩しようとしてます!?」
ふらりと、トートが現れた。
二人を相手取っても確実に喧嘩を止められるであろう存在の登場に、互いの敵愾心は消えなくとも、この場で喧嘩をおっぱじめる空気は霧散する。
「なんだシューズ。今回も保護者の登場でお開きか? テメェはテメェの喧嘩すら人任せなのか?」
煽るようなフレラータの言葉、それに乗るわけではないが、シューズは言った。
「トートさん、立会人をお願いしてもいいですか?」
「立会人!? なんのですか!?」
「フレラータとの試合です。フーコさん、修練場の使用許可を取りたいんですが……私闘でなく、試合なら、規約違反じゃないですよね?」
「シューズさん! 僕は喧嘩をさせるために修行をつけたわけではないですよ!」
そう言われたシューズは、トートなだけ聞こえるように声量を落として喋り出す。
「あいつは、フレラータは子供を殴り飛ばしたんです」
「……そ、それは悪いことですが……!」
「たぶん、感情のぶつけ先を見つけられてないせいなんです。……それに俺も、アイツに殴ってでも伝えたいことがあるんです」
真っ直ぐ目を見て、シューズはトートにそう言った。
その目を見て、トートは判断した。
「…………わかりました。シューズさんを信用します!」