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永遠のyouth  作者: 涼木行
【第二部】138億光年後のプレゼント
20/23

3

 


 笑顔を作るのは、慣れてくれば難しくなかった。笑顔を作れば本当に楽しい気もしてきた。けれども不思議なのは、昔は本当に心から笑っていて、自然に笑顔を作っていたという事実だった。でももうその頃のことはうまく思い出せなくなっていた。まるで本当に別人になってしまったかのように。どれだけ笑顔を作っても、本当の意味であの頃の笑みを取り戻すことはできずにいた。それでも繰り返せば、私も徐々に「普通」のふりができるようになっていった。少しずつ、昔に戻っていった。


 リョウくんの存在は、本当に助けになった。彼はもう一つの世界を、もう一人のリョウくんを共有する唯一の存在だった。私たち二人だけが共有する秘密があった。それは私たちを他の何とも似つかない特別な関係にしていた。私にとって本当の意味で友人と言える存在は彼だけだった。彼の存在がもう一人のリョウくんの存在の証明であり続けた。彼があの一年が夢でないことを私に教え続けてくれた。彼の前だけでは私は本当の自分でいられた。もう一人の自分もさらけ出すことができた。彼はもう知ってしまっているのだ。すべてを。私を。彼には彼の苦労があっただろうに、それでも私と一緒にいてくれて笑ってくれた。私も彼には遠慮などする必要はなかった。偽る必要などなかった。彼だけが本当の意味で私のことを知ってくれていた。それはある意味で甘えだったかもしれない。


 私は諦めた。諦めることにした。けれども、気持ちはそう簡単に変えることはできなかった。彼のことを忘れることなどできなかった。忘れようとも思えなかった。家に帰るたび、自室に入るたび、それは目の前にあった。それを目にすることとなった。日に日に色褪せていく彼に渡すはずだったあのプレゼント。その包装紙。それはずっとそのまま、そこにあり続けた。渡す相手もいないというのに。


 私は、それなりにがんばった。それなりにうまくやれていたと思う。それなりに自然に、この世界で自分の人生を生き続けられていた。色んなことがあった。小学校の残り一年半も、多くのことがあった。様々なイベント。修学旅行。けれどもそのたび、どうしたってそこに彼がいない事実を突きつけられた。本当は彼もここにいたはずなのに、一緒にこれを見ていたはずなのに。そんな思いはどこからともなくやってきて、不意に涙を誘った。そのたび歯を食いしばり、唇を噛み締め、なんとか涙を押し留めた。悲しみを押し殺した。そういう時には全部わかってか、必ずといっていいほどリョウくんが気をそらしてくれた。何か別のことを、何か楽しいことをと誘い、大袈裟にふざけてみせてくれたりした。そういう些細なことの一つ一つに、本当に助けられていた。どれだけ彼に助けられていたのか、私にはわからない。とにかく彼は本当に、絶えず私のことを気にかけてくれていた。私はその事実にとても感謝していたが、けれどもどう応えればいいのかわからなかった。どう返せばいいのか。何を返せばいいのか。私に、彼に対してできることなどあるのだろうか。


 私はもう井戸を探すこともなくなっていた。寝る前に願うこともなくなっていた。けれども街中でリョウくんに似た後ろ姿を見ると、どうしても目で追ってしまっていた。追いかけて、その顔を確認もした。けれども当然彼であることはなかった。彼がこの世界にいることなどありえなかった。同時に彼がもう一度こちらに来ることも、私があちらに行くことも、ありえなかった。


 全部諦める。口で言うのは簡単だったが、心はそう簡単にはいかない。心はそう簡単に思い通りになってはくれない。具体的な日々の行動をやめただけで、心からの諦めというのはどうしても抱けなかった。心がそれを拒否していた。ありえないことがあったのだ。ならばこの先生きていれば、またそのありえないことも起きるかもしれない。その可能性に託すしかなかった。多分自分では何もできない。何も起こせない。けれども天変地異のように、自分ではどうしようもできない力で何かが起きることだってあるかもしれない。それは希望だった。この世界でうまく生きていけない自分の、それでもすがり先を生きていくための希望。




 そうして私は中学生になった。それはある意味子供時代の終わりが近づいているということでもあった。


 中学はある意味小学生の時より楽だった。忙しい。やることがある。没頭することは彼を忘れるための助けになった。陸上部で練習する。ひたすら勉強をする。そうして頭や体を動かしている間はわずかながら彼のことを忘れることもできた。リョウくんの存在も、中学生に入っても助けになっていた。私のためにかわからないが、彼も同じ陸上部に入っていた。私が気を逸らせるようにか色んなことを話してくれた。小学生の時と変わらず一緒に遊んでもくれた。勉強もしてくれた。中学生は男女という違いをこれまで以上に意識せざるを得ない時期だ。そんな中でも変わらず、彼は昔の無邪気な頃の子供のままでいるかのように努めてくれた。一緒にゲームをして笑う。面白い漫画を勧めてくれる。映画に誘ってくれる。そんなことをずっと繰り返してくれた。けれども中学生だから、そんなことがあれば周りからも色々言われる。冷やかされる。茶化される。そういうのが、男子である彼はたくさんあっただろう。私も彼との関係については何度も人から色々と言われた。そのたび私は「彼は親友」と答え続けてきた。それは事実であった。彼は、彼ほどの真の意味での親友は、他にはありえなかった。本当の意味での友達など彼以外にはいなかった。私は私のすべてを彼以外の誰にも話せなかったし、見せられなかった。もう一つの世界を共有する彼以外とは。


 やがて二年生にもなると周りのみんなは完璧に思春期へと突き進んでいった。男女交際、告白というのが当たり前になっていた。私自身もそれを経験した。数人から告白された。私にはただ意味がわからなかった。なんで私なんかに。別に親しくもないのに。私は、自分のことなど誰にも、リョウくん以外の誰にも見せてなどいないのに。相手の気持ちなどわからなかったが、そんな偽りの自分が他人から好かれる理由などまったくわからなかった。当然私には彼らの気持ちに応えることなどできなかった。する気もなかった。誰かと付き合うなど、親しい関係になるなど、私にはとても考えられなかった。第一そのたび、私はどうしても彼のことを思い出し辛くなった。好きという言葉。気持ち。私にとって、その唯一といえる相手。それはもはや思い出でしかなかったが、けれども行き場のなくなったそれはあのプレゼントと同じように、まるで地縛霊かのようにずっとそこに残り続けていた。自分がまだ彼のことを本当に想っているのかは自分でもわからなかった。けれどもとにかく他の誰かを好きになることなど、他人の気持ちに応えることなど、自分には到底考えられなかった。だから私はひたすらに断り続けた。もちろん理由を尋ねられた。やっぱり山見のことが好きなのかと。付き合ってるのかと。それは事実ではなかった。だから私は否定した。彼は親友だと。好きだけど、そういう好きではないと。それでも引き下がらない人もいた。だから私ははっきりそれを言った。「私には好きな人がいる」と。それは、ある意味では嘘ではなかった。口にしてから、自分の中にまだ彼への思いがはっきり残っていることに気づき、自分でも驚いた。もう四年という歳月が経っていた。思い出の中の彼は、九歳の、十歳になる直前のままだった。そんな子供の彼を、自分はまだ確かに想い続けていた。


「相手は誰か」とも尋ねられた。私は「ずっと遠くにいる人」と答えた。それもある意味では嘘ではなかった。それは噂として広まった。何故そういうことを簡単に広めるのかわからなかったが、でもそれでこうした機会が減るのであればそれに越したことはなかった。ただリョウくんのことだけは心配になった。彼も彼で、このことに関して色々と言われているのだろうと。そしてそれはどうやら事実であるようだった。けれども彼は何も変わらず、それまで通りであり続けた。


 私がそうした「騒動」に巻き込まれたのは、何も自分が直接告白されることに限ったものではなかった。女子からも、というよりリョウくんに好意を持つ女子からの言葉というものもあった。


「滝沢さんは本当に山見くんのことが好きじゃないの?」「付き合ってないの?」「じゃあなんでいつも一緒にいるの?」「滝沢さんがいるせいで山見くんは誰とも付き合えないんじゃないの」「山見くんはほんとは滝沢さんのこと好きなんじゃないの」「山見くんのこと好きでもないし付き合う気もないなら山見くんから離れて」「滝沢さんがいるせいで山見くんは自由になれない」


 そのような言葉を投げつけられた。そういうことを思う人もいるのかもしれないとは思った。けれどもだからといってその人の言葉を鵜呑みにし、その人の思い通りに行動するわけにもいかなかった。私にとっても彼は大事な人だった。失うわけにはいかない存在だった。けれども彼女の言うことにも一理はある気はした。自分がいるせいで彼は誰とも付き合えない。自分の面倒を見ているから。私のことを心配しているから。いつだって、いつまでも気遣っているから。だから彼も彼自身の人生をちゃんと歩めないのかもしれない。何か私に引け目を感じているのかもしれない。だから私は彼と話した。彼の気持ちを確かめ、自分に気を使わなくてもいいのだと言うために。


「リョウくんさ、この前告白されたって?」


「あー、うん。ほんとそういう話って全部広がるよな。誰が言ってるんだろうね」


「誰か一人でも漏らせばあとは流れるままにって感じだからね」


「ほんとな。アスカもこの前告られたんでしょ? ほんとモテるよなー」


「こういうのモテるっていうのかわからないけど。だってさ、割りとみんな誰でもいいんじゃない? ただ相手がほしいっていうか、自分もみんなと同じで付き合ってるって状態になりたいだけで」


「かもね。でもそういうさ、大人っぽいっていうか、達観した感じのこと絶対言わないほうがいいよ。そんな気なくったってバカにされてると思うやつ多いだろうから。ただでさえアスカはさ、美人でクールで振りまくってるから女子の敵多そうだし」


「はは、なにそれ。でもそういうのもあるか……ごめんね、いつも心配かけちゃって」


「別に心配ってほどのことでもないけど。まあ男子のことなら俺にも何かしらはできるかもしれないけどさ、でも女子の方にはさすがに首突っ込めないから」


「あー、そういうのもあるか……大変だね」


「他人事みたいに言うよなー。まー別に大変でもないけどね」


 リョウくんはそう言って笑った。


「そっか……あのさ、こういうこと聞くのもどうかとは思うっていうか、聞くべきじゃないのもわかるんだけど――リョウくんは私のこと好きなの?」


「お前、ほんとそういうこと言うのがお前だよなー。まあ俺にしか言わないってのもわかるけどさ……まあ、好きに決まってんじゃん。ぶっちゃけお前だって俺のこと好きでしょ?」


「そりゃね」


「だよな。でもさ、俺たちのこういう好きって、絶対他の人にはわからないじゃん。なんていうんだろう、他のやつらがいう好きとかは違くてさ、なんていうかこう……大事っていうか、代わりがいないっていうか、特別っていうか……そういう好きで、恋愛とか付き合うとかとはなんか全然違くて」


「そうなんだよね……お互い、世界に一人しかいないんだもんね。お互いのこと知ってる相手」


「ほんとな……だからもう、好きとか付き合うとかそういうんじゃなくてさ、付き合わなくてももう一生の付き合いっていうか、なんていうかなぁ……まあ親友なのは当然だけど、それだけじゃなくてさ。まあ絶対誰にもわからないし、話すつもりもないし、うまく言えることでもないよなあ」


「そうだよね、ほんと……リョウくんはさ、私がいるせいで誰とも付き合わないとかそういうのはあるの?」


「あぁ……もしかして誰かからなんか言われた?」


「うん」


「そこではっきりうんって答えるのもアスカだよな。まぁ、正直言うけどそういうのはゼロではないよ。別にアスカのせいとかアスカがいるからとかではないけどさ。でもアスカのことは考えるし、この関係のことだって考えはするし。そこはゼロではないかな。でも別にそれが理由で断ってるとか誰とも付き合わないとかではないから。俺だってそりゃ彼女欲しいし」


「思ってたんだそんなこと」


「思ってんだよ男子中学生なんだから。でもなんていうかそれは、具体的じゃなくて夢みたいなもんっていうかさ。ただの憧れっていうか。ぶっちゃけ周りのやつ見てもなんとも思わないけど、漫画とかドラマとか見てこういうのいいよなーって思うみたいなもんで。だからまあ、そういう意味じゃ本気で彼女ほしいとかではない気もするし。というかさ、ほんとぶっちゃけると自分が誰かと付き合うとことか想像できないしね。だって付き合ったって彼女になったって何も話さないわけじゃん? 俺のことは。あのことは全部さ」


「話さないんだ」


「話すわけないでしょそりゃ。話せるわけないじゃん。そんなさ、信じてもらえるなんて思えないし、信じてもらえたとしたって疑っちゃうだろうし、変なやつだと思われるだろうし。なにより否定されんのが一番きついしさ。それにずっと秘密抱えて関わってくわけじゃん。本当の自分なんて隠して。それはきついだろうしさ、相手にも悪いし」


「そっか……リョウくんも、もう私しか本当の自分出せる相手いないんだね」


「アスカだってそうだろ。多分だけど」


「そうだね……なんだか私たち運命共同体になっちゃったんだね」


「そりゃね。だいぶ今更っていうか、もうとっくの昔にさ、そうでしょ、俺たちは」


「そうだね……付き合おっか、私たち」


「え? ……いや、いいの?」


「もちろん。私はだけど。リョウくんが嫌じゃなければ、というか他に付き合いたい人がいなければだけど。もし誰か好きな人ができたら別れればいいだけだし」


「そんな簡単なもんでもないと思うけど……」


「でもそうすればさ、リョウくんも色んな煩わしいことから解放されるかと思って。私はそうだから。また自分のことばっか考えてるみたいだけど。でもリョウくんももう誰かのこと振って気まずい思いしなくて済むかもしれないし」


「確かにそれはありがたいけど、いやでもなー……ほんとにいいの? っていうのもおかしいけどさ」


「うん。その方がお互いのためになるかと思ったんだけど。それに別に何も変わらないじゃん。別に今まで通りでさ。今までだって一緒にいて、遊んでたんだから。別に付き合ったところで、そういうふうに周りに認知されたところで何も変わらないんだし」


「それはそうだけど……でもそうじゃなくてさ、アスカは、ほんとにそれでいいの?」


「いいから言ってるんじゃん」


「いや、そうじゃなくてさ……あいつのことっていうか」


「……それはもう、いいよ。いいというか、どうしようもないし。いつまでもそんなこと言ってるのもバカらしいし、子供だし」


「……そうじゃなくてさ、だとしても、アスカの気持ちは別なわけじゃん。別だろ? 俺だってこんなこと言いたくないっていうか、言うべきじゃないと思うけどさ――でもアスカは、まだあいつのこと好きなんだろ?」


「……あのリョウくんは、九歳だよ。あの私だって九歳で、十歳で……ずっと昔のことだよ。十四にもなって九歳の子供のこと好きだなんて、そんなことあるわけないじゃん」


「そういうことじゃないよ。そういうことじゃなくてさ……忘れられないんだろ? 今も好きとかそうじゃなくて、でもその時の気持ちはまだ覚えてて、残ってるんだろ? 多分一生なくなったりしないんだろ?」


 リョウくんは、私の顔を見てそう言った。


「俺も別に忘れろとか言うつもりもないし、忘れてほしいとも、忘れられるとも思ってないけどさ……俺だってあっちのことは忘れたことなんてないし。俺は別にそんなの気にしないっていうか、もうそれも含めてアスカだと思ってるけど、でもアスカはさ、そういうの全部抱えたまま、形だけとはいえ俺と付き合うとか、そんなことできるの?」


「……私も、正直に言うけど、逆にリョウくん以外じゃ無理だと思う。私は多分変わらなくて、ずっとこのままで……でもそんな私で、そんな私のままでずっと付き合っていける相手なんて、一緒にいれる相手なんて、多分リョウくんだけだと思うから」


「そっか……まあそりゃ、そうかもな……俺だって多分そうだし。まあただでも、いくら形だけとかアスカとだからとはいってもさ、相手がずっと自分以外に好きなやついるとか、それも結構キツそうだよなー」


「だからそんなんじゃないって。そうじゃないんだよ、ほんとに。そりゃ確かに忘れることはないと思うけど、でもそれとは少し違うし。私はちゃんと、私なりに、リョウくんのことはほんとに好きだし。というかリョウくんもそういうこと気にするんだね」


「気にするよそりゃー。多分だけど。こればっかは実際付き合ってみないとどうなるかわかんないけどさー。まあでもなんていうか、それも含めてっていうか、もうあいつも含めて俺だし、アスカだとは思うし……じゃあまあその、ほんとに付き合う?」


「うん、リョウくんさえよければ」


「そっか、じゃあまあ……ていっても別に何も変わらないけどさ」


「そうだね、何も。変わるのは多分周りだけで」


「そうだよなー。絶対うるさいんだよなーみんな。まあずっと付き合わないでいるのとどっちがうるさいかって感じだけどさ。ずっと続くより今の一瞬やかましいだけのほうがマシかな」


「かもね。でも考えてみると酷い理由だよね。そんな理由で付き合うなんて」


「そうかもしれないけど俺たちらしいっていえばらしいっていうか。まーそうなる運命だったっていうか、落ち着くとこに落ち着いたっていうかさ。まあ遅かれ早かれっていうか。とりあえず、いいんじゃないこれで? いいと思うよ。結局これがお互いにとって一番マシな選択かもしれないし。だってさ、俺たちはお互いに世界にただ一人相手しかいないっていう親友で、片割れなんだから。分身だよな、ほとんど」


「そうだね……自分の分身。自分の片割れ」


「うん。ほんとさ、俺はアスカにめちゃくちゃ感謝してるっていうか、ほんとにアスカがいてくれてよかったと思うし。アスカがいなかったらさ、俺今頃どうなってたかとか想像もつかないしね。誰も話す相手なんかいなくて、ずっと全部一人で抱えてて……そしたら今頃、こんな毎日笑えてたかもわからないし。そこはほんとにアスカに感謝してるし、あいつがアスカに出会ってくれて、ちゃんと話してくれて、俺はほんとに感謝してるしさ、助かってるから」


「そっか……そうだよね。私も、リョウくんがいてくれて、リョウくんがずっと一緒にいてくれて、助けてくれて、ほんとに助かったから。おかげでちゃんと、生きられてるから」


「大袈裟だなあ。でもさ、あいつも……あっちに戻ったあいつにも、そういう相手がいればいいんだけどな、ほんと。俺は誰にも話さなかったからあいつは自分でその相手を作るしかないんだけど。ほんとに、あいつもすごく大変な思いしてるかもしれないけど。でもさ、ほんとに、会ったこともない相手だけど、でも自分で……だからあいつにも、今頃ちゃんと笑っててほしいって、毎日楽しく生きててほしいって――それでできれば、そりゃ代わりになんてならないけどさ、でもあいつもあっちで、あっちのアスカに出会えてたらって、ほんとにそう思うし、祈ってるよ俺は」


「……うん、そうだね」


「……ごめん、気がきかないこと言っちゃったな俺も。あっちのアスカとかさ、いくらアスカとはいえそれはお前じゃないもんな。別の人間で。それなのにアスカに会えればいいなんて」


「ううん、大丈夫。平気。私も、私だからこそ、そうなってくれたらいいなって、そう思うから。それなら私も諦めがつくっていうか、仕方ないし当然だと思うし」


「……俺たちはさ、俺たちで生きていこうよ。この世界で。多分さ、俺たち二人でなら、大丈夫だと思うから」


「……うん、そうだね。私たち二人なら、一緒なら。多分、生きていけるよね」


 私はそう言い、顔を上げて彼に微笑みかけた。


「ごめん、前言撤回。やっぱり他の人のこと好きにならないでね」


「えぇ~。いや、多分なんないけどさ、でもたとえ好きになったとしてもアスカより大事とかありえないから。何があってもアスカが一番大事だよ俺は。それは絶対変わらないって」


「そっか……ありがと。ごめんね、面倒くさい女で」


「それももう込みだからなぁ。そっちこそ他の誰か好きになったからやっぱりやめるとかなしで頼むよマジで? 俺だってヘコむしあいつ以外とか正直受け入れらんないからさー。あいつならともかくだけどさー」


「はは、自分ならいいんだ。自分には自信っていうか、信頼あるんだね」


「まー自分じゃないけど、確かに自分だしね。なんか俺も結構面倒くさいこと言ってるな……まあでもさ、別にいいよ全然。そうなったらっていうか、アスカが本当に幸せならさ、それが一番だし。それが俺の幸せでもあるしさやっぱ」


「……リョウくんはいいやつだよねーやっぱ。そりゃモテるかー」


「アスカは面倒くさいのにモテるよなー。そこがいいのかねー。やっぱ顔かー」


「はは、ひど。それ言う? 私は散々褒めてるのに」


「いやーだって俺はいいやつだからね! 自分で知ってっから!」


「ほんとにね……私も自分で謎だったんだよね。なんで私のことなんか好きになるんだろうって。告白なんかするんだろうって。ねえ、私のいいとこって何?」


「……まあ、これは俺しか知らないことかもしれないんだけどさ――アスカのほんとの笑顔は、本当の心からの笑顔はさ、ほんとに、嬉しくなるよ。なんかすごく」


「……そうなんだ」


「うん。まあ俺だからっていうか、知ってるからかもしれないけど。でもそうじゃなくても、アスカだっていいやつじゃん。これからもっとそうなってけばいいだけだし。そしたらもっとモテちゃうかー」


「はは、大丈夫。私はちゃんとリョウくんにゾッコンですって言っとくから」


「……俺以外には裏の意味がわからないやつだなそれ」


「はは、勘ぐりすぎ。そんなんじゃないって。私はほんとに、どういう形であれ、ほんとにリョウくんのことは大好きだし、ずっと一緒にいたいから」


「……そりゃモテるわな。そんな顔でそんなこと言われちゃ」


 彼はそう言い、照れたように顔を背け笑ってみせた。



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