表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠のyouth  作者: 涼木行
【第一部】 あの世界で君を失い、この世界で君と出会った
17/23

17

 


 それから数日間。僕は一人の時は絶えず考えていた。僕はアスカと一緒には帰っていなかった。僕らは今はそれをしてはならないことがよくわかっていた。アスカは待っている。そして僕は自分がどうしたいかを知らなければならない。アスカがそれを僕に話してくれたから、僕もそれを話さなければならなかった。


 僕はどうしたいか。僕はそれについて考えていた。何度もアスカの言葉が頭に蘇ってきた。「それは君のことなんだから。自分がどうしたいかなんだから。だからちゃんとリョウくんにはわかるよ」。


 それは本当に僕のことなのだろうか? 僕は自分がどうしたいのか、全くわからなかった。戻りたい。戻れない。会いたい。会えない。忘れたい。忘れられない。そのたび不能が目の前に立ちはだかる。僕はこの世界のアスカを本当に好きなのか。彼女と生きたいと思っているのか。僕が本当に好きなのはあっちの世界のアスカなのではないだろうか。僕が一緒に生きたいと思っているのは、あっちの世界のアスカなのではないだろうか。僕にはわからなかった。僕のこと。自分がどうしたいか。僕はどうしたいのだろう。僕には何ができるのだろう。違う。できるできないじゃない。


 僕は一体どうしたいんだ?


 僕はずっとそれを押しとどめてきた。走ることでそこから逃げてきた。僕には自分のしたいことなんてなかった。本当にしたい唯一のことは、僕には絶対にできないことだった。この世界では不可能な、この世界のどこにもない、したいけれど絶対にできないこと。そんなものをずっと抱えていてもただ苦しみが続くだけだった。だから僕はそれを忘れてしまいたかった。けれどもそれすらできず、逃げ続けてきただけだった。


 僕はいよいよ真面目にこの世界の自分、今ここにいる自分と向き合わなければならなかった。アスカの言うとおり、それは僕のことなのだから。僕にしかできないこと。僕がしなければならないこと。僕の責任。僕は真摯に耳を澄まさなければならなかった。きちんとそれを見なければならなかった。それは僕にしか見えず、聴こえない類のものであった。僕にしかできないこと。僕は家で一人になり、ただただそれをし続けた。僕はアスカの言葉を信じたかった。僕のことだから。自分がどうしたいかだから。だから僕にはわかる。僕はその言葉を、信じようとした。


 僕がしたいこと。それを僕は根っこの根っこから知ろうとした。僕はただひたすら深いところまで掘り進めていった。僕は結局どうしたいんだ? 僕が本当にしたいこととは何なんだ? それと同じように、僕が本当にしたくないこととは、何なんだ?


 僕はとにかく掘り続けた。そしてもうこれ以上掘れないというところまで辿り着いた。結局のところ、僕は死にたくなかった。僕は生きたかった。例え二度とあのアスカに会うことができないとしても、僕は死にたくなんかなかった。死んでしまっては絶対に彼女に会うことなどできなかったし、彼女のこともあの世界のことも永遠に、本当に失ってしまう。僕は生きなければならなかった。たとえ二度とあの世界に戻れなくとも、あの世界のアスカに会えなくとも、それらを抱えて生きなければならなかった。それらとともに消え失せてしまうくらいだったら、例え思い出の中にしかないとしてもそれを持ち続け生きたかった。


 僕はもう二度とあの世界には戻れない。もう二度とあのアスカに会うことはできない。それは僕が一番良くわかっていた。もちろん先のことはわからないのだから可能性が一つもないわけではない。けれどもそういうことではない。あり得ると思えばどんなことでもこの世にはあり得た。自分の心の中では。けれどもここは現実で、僕は何らかの線引をしなければならなかった。自分である場所に限界を定めなければならなかった。僕はもう小さな子供ではなかった。あの十年は終わっていた。僕は一四歳であり、少しずつ大人にならなければならなかった。そして何より、僕には「二度とあり得ない」という予感があった。それまで一四年自分の人生を歩んできていた僕だからこそ、僕のこれからにそれが二度と存在しないことが、僕にはわかっていた。


 僕は僕の今ここを生きなければならなかった。アスカの言うとおり、ここが僕の世界だから。目の前に広がるこれが僕の現実だから。ここで生まれここで育ったから。だから僕はここで生きなければならなかった。ここが僕の居場所であり、世界であった。やはりいつだって大抵のことはアスカの言うとおりなのだ。


 僕は生きたかった。そして生きるにはこの世界で生きるしかなかった。この世界以外に僕が生きられる場所はなかった。あの世界に戻りたいという思いは消えないだろう。アスカに会いたいという思いも消えないだろう。それらを忘れることはできないだろう。あの喪失は永遠に僕の中に残り続けるだろう。けれどもそれはしかたのないことだった。僕が抱えなければならないものたちだった。僕は生き続けるならずっとそれらと生きなければならなかったし、それらがない生など僕の生ではなかった。それを抱えて生きるのは僕の責務だった。この世界でたった一人、僕にしかできないことだから。僕だけがそれを知り、それを持っているから。だから僕はそれをずっと抱えて生きることを選んだ。


 それは多分簡単なことではなかった。この四年の僕の人生がそれを教えてくれていた。それを抱えてではこの世界で上手く生きることができない。あっちの世界とこっちの世界で半分に引き裂かれているようなものであったから。けれども、僕はアスカとならそんな生を生きることができる気がした。彼女となら例え引き裂かれていても、半身が永久にあちら側にあったとしても、巨大な喪失を抱えていたとしてもこの世界で生きていくことができる気がした。彼女は僕のこの世界に引き戻してくれたから。僕に目の前の現実をしっかりと踏みしめて生きることを取り戻してくれたから。彼女が僕を僕のこの世界に、この現実に留めてくれていたから。彼女が僕をこの世界と繋いでくれていたから。


 何より僕が、そうしたかった。彼女と生きるにはこの世界で生きるしかなかった。彼女と生きたいから、僕はここで生きたかった。ここにいるのは一四歳のアスカだった。あちらの世界の九歳のアスカのことも好きだったが、それは思い出だった。その僕は九歳の僕だった。今ここにある現実の世界ではなかった。今ここにいる僕が好きなのは、目の前にいてくれる、触れることができる、そしてこれからも一緒に生きることができる、この世界のアスカだった。


 僕はアスカのことが好きだった。僕を好きと言ってくれた、この世界のアスカのことが。そして僕は彼女と生きたかった。


 僕は家を飛び出た。家を飛び出てアスカの家まで走った。


 僕は走る。忘れるためじゃない。考えないためじゃない。逃げるためじゃない。今ここを生きるため。今ここをしっかりと踏みしめて蹴るため。この世界の中で前に進み続けるため。


 アスカに会うために。


 僕はアスカに会いたかった。九歳のアスカではない。この世界の一四歳のアスカに。僕が好きなアスカに。


 僕はずっと後悔していた。あの世界のアスカにお別れを言えなかったことが。自分の気持ちを告げることができなかったことが。それは僕にはどうにもできなかったことかもしれない。何の前置きもなしに突然戻ってきてしまったのだから。それでも僕はそれを強く悔いていたし、ずっと棘として心に刺さっていた。


 僕は彼女にちゃんとさよならを言いたかった。ちゃんと好きだと言って別れたかった。それができなかったことが、僕は悔しくて悔しくて仕方なかった。残念でたまらなかった。いつまでも未練が残っていた。だから僕はアスカにもあの世界にも上手くさようならをすることができなかった。ずっと引きずり、いつまでもしがみついて生きてきていた。


 僕は走りながらもう一人のアスカにさようならをする。あの世界にも、あの日々にも、そして九歳の僕にも。九歳の僕。あの世界に生きた僕。無二の親友。僕の片割れ。僕は彼と別れなければならなかった。あの世界とアスカと一緒に、あの世界で生きた僕にも。それは別になかったことにするわけではない。ただちゃんと、もう二度と会えないのだと、だからきちんと向かい合ってさよならを言おうと。


 そして彼女の幸福を祈る。どうか元気でいてくれよと、彼女の健康を、そして幸福を、心の底から祈る。彼女ももう一四歳になっているのだろう。彼女にも好きな人がいるのかもしれない。もう恋人がいるのかもしれない。それはもしかするとあちらの世界のもう一人の僕かもしれない。しかしともかく、彼女が幸せであって欲しかった。毎日笑って暮らしていて欲しかった。元気でいて欲しかった。そうしてずっと、死ぬその時まで生き続けて欲しかった。例え二度と会えなくとも、それが僕の頭の中にしかなかったとしても、僕は彼女になるべく楽しく笑って生きて欲しかった。だから僕は強く祈った。


 アスカ、僕は本当に幸運だ。この世界でも偶然にアスカに会うことができたのだから。そんな幸運は絶対に逃してはいけない。これはとてつもない幸運で、そして幸福であるのだから。そして彼女はこの世界にいて、僕は彼女と離れ離れになっていない。二度と会えないなんてことには、なっていない。あの時とは違う。君に対する時とは違う。僕は彼女に自分の気持ちを告げることができる。好きだと伝えることができる。ずっと一緒にいたいと、告げることができるんだ。


 この世界で、アスカに対して、僕はそれをすることができるのだ。


 これ以上の幸福は、一体どこにあるというのだろうか。



 僕は走った。アスカの家につき、僕はインターホンでアスカの部屋の番号を押した。『はい』というアスカの声が遠くからやってきた。


「リョウです。僕がどうしたいか、君に話しに来たんだ」


 と僕は言った。アスカは無言だった。すぐにオートロックの自動ドアが開いた。僕は走り、エレベーターに飛び乗った。もどかしくてたまらなかった。何故走ることができないのだろうかと思った。エレベーターはすぐにアスカが住む階に着いた。僕は飛び降り、アスカの部屋の前まで走った。僕の右側には街が広がっていた。春を迎えようとしている、僕らの街が。僕らが生きている街が。


 アスカの家のインターホンを押す。アスカが出る。僕は自分の名前を告げる。しばらくするとドアが音を立てて開く。アスカが目の前にいた。僕が好きなアスカが、そこにいた。


「アスカ」と言い、僕はアスカの手をとった。家の中に入り、玄関は自然に閉まった。僕らは玄関に立っていた。


「僕はずっと後悔してたんだ。それは僕のせいじゃなかったし、誰のせいでもなかった。九歳の僕にはどうにもできないことだった。それでも僕はずっとそれを悔やみ続けていた。自分の無力を恨んだ。憎みさえした。僕はあのアスカにちゃんとさようならを言いたかったんだ。ちゃんと好きだと自分の気持ちを言いたかったんだ。僕はそれすらできずに別れてしまった。そしてそれはもう二度とできない。僕はそれを本当にずっと悔いていた。だから僕は二度と同じことを繰り返したくないんだ。絶対にそれをしてはいけないんだ。目の前に好きな人がいるのに、好きだと伝えずに手を離すようなことは絶対にしたくないんだ」


 僕は言った。アスカは僕をじっと見つめていた。僕は続けた。


「アスカ、僕も君の事が好きだ。今ここにいる、この手で握っている君のことが好きだ。僕はこの世界で君と生きたい。この世界で生きるために君といたい。僕も君とずっと一緒にいたい。ただの友達じゃなく一番大切な人として。この世界で唯一の自分の片割れとして、ずっと一緒に生きたいんだ。アスカ、君にずっとそばにいて欲しい」


 アスカは言った。


「ありがとう。私もリョウくんにずっとそばにいて欲しい。一緒にここで生きよう」


 アスカはそう言い、僕の手を引き、僕をそっと優しく包み込むように抱いた。そこにはアスカの体があった。彼女の温もりがあった。アスカは確かにそこにいたし、僕も確かにそこにいた。僕もアスカの背に腕を回した。僕の腕に、はっきりとアスカの体温と体の感触が伝わってきた。僕らは間違いなく、この世界のこの場所にいた。お互いの目の前に、腕の中に。


 そこが僕の生きる世界だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ