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永遠のyouth  作者: 涼木行
【第一部】 あの世界で君を失い、この世界で君と出会った
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 しばらくすると中間試験の日が近づいてきた。アスカにとっては初めての試験だった。夏休み明けにも明けテストといったものがあったが、転入生のアスカは特別に免除されていた。試験が近づいてきていたある日、僕はアスカに前の学校でどれくらいの成績だったか聞いてみた。


「ここって一八〇人くらいだよね?」


 とアスカは言った。彼女が訊いているのは一学年の人数のことだった。僕は頷いた。


「じゃあ私がいたとことほとんど変わんないね。前の学校では大体三〇番くらいだったよ。一番良かった時は二三番だったけど」とアスカは少し自慢気にしたり顔で言った。それから「リョウくんは?」と訊き返してきた。その頃アスカはもう僕のことを「リョウくん」と呼んでいた。僕の方も「アスカ」と呼んでいた。はじめの方はタキザワさん、アスカさんと呼んでいたのだがアスカが「さん」をつけられるのは好きではないということでアスカと呼ぶことになっていた。


「僕は大体一〇番前後くらいかな」と僕は正直に答えた。アスカは目を丸くした。


「すごっ! えっ、じゃあ一番良かった時は?」


 僕は口には出さず、指を二本立ててアスカに見せた。するとアスカは


「なんで一位じゃないの!」


 と少し怒ったように言った。僕は思わず笑ってしまった。


「なんでアスカが怒るんだよ」


「だってそこまでいったら一位とらないとダメじゃん。ていうかリョウくんすごいね。そんな頭良かったんだ」とアスカは感心した様子で言った。


「頭がいいわけじゃないと思うよ。長距離得意だと勉強みたいなことを長い時間コツコツ続けるのも結構得意だったりするからさ。他の人がどうかは知らないけど、僕の場合は長距離やってるおかげだと思うよ」と僕は言った。


「でも勉強してることには変わりないんでしょ? すごいね、努力家だ」とアスカは言った。そして「じゃあ今回のテストは一位だね」と僕に言った。


「一位はさすがに無理じゃないかな。二位はたまたまだったから。この前の明けテストは一二位だったし」


「そんなの関係ないよ。たまたまでも二位とれたんだったらすごく頑張れば一位とれるって。もう決定。リョウくんは次のテストで一位とんなきゃ罰ゲーム」


 とアスカは笑って言った。


「それはさすがにないでしょ。目指すだけならいいけど」僕も笑って答えた。


「あ、今目指すって言ったでしょ。じゃあ決定だね。罰ゲームはさすがにあれだから一位取ったらなんかご褒美ってことで」


 アスカはしてやったりといった具合に言った。僕はその笑顔に腹をくくった。


「わかった、一位とるよう頑張るからアスカも一〇位とるようがんばってね」


「いや、一〇位はさすがに無理だって」


「じゃあ一五位。最高二三なら頑張れば届く距離でしょ?」


 と僕は言った。アスカは唸りながら悩んでいた。僕はダメ押しとばかりに「幅跳びと一緒だよ。より遠くを目指して力の限り跳ばないと」と続けた。アスカは僕の顔を見て、少し嬉しそうにため息をついた。


「そうだね、人にばっか言ってちゃダメだし。私も一五位以上目指すよ。だから成功したらなんかご褒美よろしくね」と言って白い歯を輝かせにっこり笑った。


「もちろん。そっちも僕が一位とったらご褒美よろしくね」と僕は返した。


「もちろん、約束ね。じゃあ発案者は責任持って私に勉強教えてね」アスカは笑って言った。


「発案者僕じゃないけど」


「でもそっちは一つ順位上げるだけじゃん。こっちは一番良いとこから更に八つ以上上げなきゃいけないんだよ? 人に自分より沢山跳ばせようとするならちゃんとその手助けしないと。いいじゃんリョウくん勉強できるんだしさ」


 とアスカは言った。もちろん僕に断ることなんでできなかった。それにアスカと一緒に勉強ができるのなら願ってもない機会だった。


 試験一週間前から部活は休みになった。放課後に僕らはどちらかの家で試験勉強をした。それは大抵アスカの家であることが多かった。アスカの家はあちらの世界のもう一人のアスカの家とは違いマンションの一室だった。それが例えマンションの一室であっても、見たことのない他人の家に入るのは面白かった。


 僕らは家につくとすぐに勉強を始めた。アスカは勉強を教えてくれと言っていたが、僕が教えるようなことはほとんどなかった。アスカはきちんと毎日勉強をしていたし、その多くを自分で理解できていた。僕が教えるのは本当に難しい幾つかの応用問題くらいであった。実際にアスカの勉強風景を見て思ったことだが、アスカと僕の違いは勉強時間くらいのものであった。僕のほうが多くの時間勉強をしているので幾らか成績がいい。それだけのことだ。だから僕はアスカは間違いなく一五位以上という目標くらい簡単に跳び越えてしまうだろうと思った。むしろ問題なのは僕の方だった。僕は今まで以上に勉強などできる気がしなかったので、どうすれば順位を上げられるのかわからなかった。僕は結局極力いつも通りに勉強することにした。応用問題に取り組む割合を少し増やす程度で、後は当日ミスのないよう集中し何度も確認し、最後まで諦めず力を尽くすだけだ。


 女子と二人きりになるようなことは僕にとっては久しぶりのことだった。というより、あちらの世界のアスカと以来のことであった。小学三、四年生の男女が一緒にいるのと中学二年生の男女が一緒にいるのではまるで意味が違うことは僕にもそれなりにわかっていた。意味が違う、というのはそうしたものにある一般的な関係性や、周囲からの目といったものだ。僕自身にとってもそうした意味があったかといったら、なかったようにも思える。僕にとってそれは当たり前の事だった。あの小学生の一年間の日々の延長といった具合で、失ってしまったそれを今数年ぶりに取り戻しているような感覚であった。僕はただ彼女と一緒にいたかった。あの失われた四年間を取り戻すかのように。


 けれどもそれは僕の場合の話であって、アスカにとってはどうだったのかは僕にはわからない。中学二年生にもなり、周囲では告白だの付き合うだのがブームのように広がっていた。僕には各々の真意などわかりようがないが、それは端から見ればブームだった。皆がやるから自分もといった具合に、他人の行為を見て模倣の欲望が点火される。そのようなものに僕には思えた。他の人が持っているから自分も欲しいと思う、といったような他人の欲望に誘発された欲望に過ぎないのだと。というのも、あまりにも一気にそういった傾向が全体に広がっていたからだ。まるで何かに急かされるかのように。もっとも僕は細部については知らない。時おりクラスメイトや部活の仲間からそうした話を聞かされるくらいであり、僕が自分からそういったことを見ることはなかった。


 しかしともかく、一三歳、一四歳という僕らの年齢はそういったことが始まりだし、生活の多くを占めるようになる年齢であった。そういった人々が多数派だった。ではアスカはどうなのだろう、と僕は考える事があった。本当にただ試験勉強をしているだけとはいえ、同級生の男子と二人きりになるというのは、彼女にとってはどういう意味を持つのだろうか。周囲の人間、多数派にとってではなく、アスカにとっては。


 僕が見る限り、アスカはどこまでも普通だった。アスカは誰が相手でもどういった状況でも、大抵同じように振舞っているように僕には見えていた。しかしそれはいつでもどこでも自分である、自分を押し通すといったようなものではなく、相手に合わせて柔軟に、といったようなものであった。僕といっしょにいる時もそれは基本的に変わらず、違う点といえば様々な共通点などにより一緒にいる時間が人より長い、といったことくらいのものであった。しかしともかく、アスカが自然にいてくれることは僕にとってはとてもありがたかった。僕は極力彼女と一緒の時間を過ごしたかったから、その穏やかさに安心した。


 試験が終わり、その後一週間ほどかけて答案が返される。僕の点数は普段より少し良いものが多かった。アスカの方は喜々としながら僕に点数を教えてくれた。それは前にいた学校で取ったどの点数よりもいいものだと。どうやらアスカは自分の実力を最大限発揮することができたようだ。僕は彼女の笑顔を見てとても幸福な気持ちになった。彼女から礼も言われたが、僕は「僕はほとんど何も教えていない。それはアスカの努力の成果だよ」と答えた。本当にそう思っていたし、実際に僕がしたことは少なかった。ただ彼女と一緒に勉強し、集中して勉強するという時間をそこに保っただけであった。しばらくすると全ての点数を集計した総合順位が書かれた紙が渡された。僕は二位だった。アスカとの約束を果たせなかったのは残念だったが、総合点数は今までで一番良かった。一位の人がものすごく頑張ったのだろう。僕は自分の順位をアスカに伝えると、アスカは笑って「やっぱりすごいね。大丈夫、次こそ一位だよ」と言った。アスカの言うとおり、僕には次があった。力を尽くしての二位だったので僕に悔いはなかった。僕はアスカの順位も聞いた。アスカは笑うのを我慢できないといったしたり顔を浮かべ、順位が書かれた紙を僕に渡した。そこには一二位と書かれていた。


「やったねアスカ。目標を三つも跳び越えたじゃん」


「まあね。跳び越えるのは得意だから」


 とアスカは言い、僕にVサインを突き出した。僕もVサインを返した。僕はその時、少しだけ淡い期待を抱いていた。早い気もしていたが、早すぎるわけでもないはずのそれ。アスカが試験でこれだけの点数をとれるということは、僕らが同じ高校に進学できる可能性は高かった。もちろんアスカがどこに行こうとするかはその時点ではまったくわからないことであったが、単純に成績通りの学校へ行くとなれば僕も行こうと考えているその地方での一番の進学校に進むだろう。僕は一人でそういうことを考えると少しだけわくわくした。自分のこの先が少し明るく開けて見えた気がした。



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