拒否
数日後、正和は兵士たちに出撃を指示した。罪のない子供たちは一斉に駆け出し、戦闘機に搭乗していく。そんな中、ただ一人だけ、その場から動かなかった者がいる。
「僕は、行かない。行く義理がない」
翔太だ。彼に対して怒りを覚えた正和は、艦内に響き渡るような怒号を上げる。
「我々に逆らうつもりかね! 杠葉翔太!」
正和はそう言ったが、翔太が戦線に立とうとしないのも無理はない。何しろ翔太は、戦争に巻き込まれた身の上だ。
「僕にだって拒否権はある! 国のことよりも、君たちのことよりも、先ずは自分の身の安全が大事だ! 僕だって、人間なんだよ!」
「黙れ!」
突如、翔太は頬に鋭い痛みを覚えた。気づけば彼は、床に腰を下ろしていた。彼は正和に殴り飛ばされたのだ。
しかし翔太は、決して尻込みしなかった。
「僕を殴ったね? だったら、殴られる覚悟は出来ているはずだ」
そう告げるや否や、彼はすぐさま立ち上がった。直後、彼の頬には二発目の拳が迫った。翔太は即座に正和の手首を掴み取り、それを瞬時に捻った。そのまま倒れかけた正和のあばらに、彼は己の全体重と脚力を籠めた両足を突き落とす。それから流れるように、翔太は相手の腹の上に馬乗りになった。一発、二発、三発と、彼は憎しみを籠めた拳を眼前の憎たらしい顔に叩き込む。
その時だった。
「何をしている! 杠葉翔太!」
二人が争っている場に、何人もの大人が押し寄せた。翔太はすぐに身柄を確保され、彼らの説得を受ける。
「戦え! この国の未来は、お前にかかっているんだ!」
「宿命から逃げるな! 俺たちだって必死に戦ってるんだ!」
「苦しいのはテメェだけじゃねぇ!」
彼らが次々と荒らげた声は交じり合い、ある種の騒音と化していた。そこで正和はため息をつき、大声を張り上げる。
「静かに!」
彼の一声により、その場は一気に静まり返った。翔太を取り押さえている者たちのうちの一人が、正和に質問する。
「どうされましたか! 大佐!」
彼に続き、その周囲の兵士たちも正和の顔を覗き込んだ。正和は咳払いをし、己の考えを述べる。
「今回だけは杠葉翔太を休ませたまえ。無論、大きな損失を被ることになるのは承知の上だ。その責任を杠葉翔太に背負わせ、事の重大さを学習させる必要がある」
それが彼の考えだった。
「了解です、大佐!」
「杠葉翔太! お前の堕落した心が何をもたらすか、よーく頭に叩き込んでおくことだな!」
「そうだそうだ! 戦わないお前には、なんの価値もない!」
大人たちはそう言い残し、翔太を解放した。
翔太が戦場に赴かないとなると、他の兵士にオボロヅキのパイロットを任せる必要がある。正和は通信機を取り出し、すぐに代わりの人材をあたる。
「こちら正和。応答せよ」
「こちら狼愛。どうぞ」
「今回、翔太は戦場に行ける状態ではない。オボロヅキの操縦を頼む」
「了解」
代わりの人材はすぐに確保できた。正和は通信を切り、深いため息をついた。
「まあ所詮、白金狼愛は消耗品だ。仮に犬死にしたとしても、痛手にはならん」
戦闘機による活躍を見せていた彼女でさえ、この軍においては「消耗品」とみなされるようだ。狼愛に用件を伝えた正和は、すぐにその場を去った。
「メタルコメット、発進!」
「メタルコメット、発進!」
「メタルコメット、発進!」
何機もの戦闘機が列を為し、飛行機雲を描いていく。事情を知らない孝之は、この日も翔太が出陣しているものだと思い込んでいる。
「オレはアンタを信じるよ、翔太!」
そんな思いを胸に、彼はメタルコメットを旋回させた。彼らが目指す場所は、数多の命が散りゆく戦場だ。その後ろに続くのは、狼愛の操縦するオボロヅキである。彼女は翔太を恨むことなく、無言で操縦桿を握っていた。