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薄命戦記  作者: やばくない奴
迷い
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悪魔の囁き

 翌日、翔太(しょうた)狼愛(ろあ)は医務室で療養していた。彼らに付き添っていたのは、孝之(たかゆき)だ。

「あれから狼愛は、何か変わったか?」

 彼は訊ねた。狼愛に何らかの進展があれば、あの怪我も義父を失ったことも無意味とまではいかないだろう。狼愛は答える。

「翔太が苦しそうなのは、わかった。人間は、心にも痛みを感じるみたい」

 皮肉にも、彼女が学んだ感情は痛みであった。翔太は虚ろな眼差しを彼女に向け、謝罪の言葉を口にする。

「ごめんね、狼愛。危険なことに巻き込んだりして」

 一方で、狼愛も先日の行動を後ろめたく思っている。

「こちらこそ、ごめんなさい。貴方の義父を殺めてしまって」

 室内に、重苦しい空気が立ち込めた。その息苦しさに耐え兼ね、孝之は必死に明るく振る舞おうとする。

「もう辛気臭い話はやめよう。それより、狼愛もだいぶ人間らしくなってきたと思わないか?」

 無論、それで翔太の心が晴れるわけではない。

「そうだね……」

 そう答えた彼の愛想笑いは、悲哀を帯びていた。



 その日の夜、翔太は自室に籠っていた。そんな彼のもとを訪ねてきたのは、あの男である。

「少しばかり時間を頂くよ。翔太」

――架神(かがみ)だ。彼がここに来たということは、何か重要な話があるに違いない。しかし、翔太にはまだ心のゆとりがないというのもまた事実だ。

「後にしてくれないかな」

 用件を聞く前に、彼は架神の話を一蹴した。そんな彼に構うことなく、架神は話を続行する。

「つれないね。俺はお前の味方だというのに。お前は、狐火軍の大人たちを憎いとは思わないのか?」

「当たり前でしょ。アイツらは義父さんを殺した。狼愛の手を汚させた。いくら国を背負っているとは言っても、あんな奴らのために戦うなんて馬鹿げてるよ」

「全く同感だ。俺もそう思うね」

 何やら話の本筋が見えてこない。ただ一つ言えることは、この男はなんの用も無しに翔太に声をかけるような人柄ではないということだけだ。翔太はそれを理解していた。

「それで、話の本題は?」

「……ICの軍事利用を是としている腐敗した世界に、一矢を報いらないか?」

「……!」

 思わぬ提案に、翔太は耳を疑った。彼の理解を置き去りに、架神は淡々と話を続ける。

「案ずるな。この会話は誰にも聞かれていない。俺が監視カメラにハッキングして、監視モニターには昨日の映像が流れるようにしておいたからね」

「そ、そうじゃなくて。一矢を報いるって、どういうことだ?」

「俺はクーデターを計画している。俺たちが組めば、もう二度と、この世界で悲劇が繰り返されることはないだろう。悪い話ではないだろう?」

 それが悪魔の囁きであることは一目瞭然だ。それでも本人の境遇を鑑みれば、翔太に迷いが生じるのも無理はない。

「ぼ、僕は……」

 彼は必死に言葉を紡ごうとした。彼の脳裏には、満身創痍の体を引きずりながらトレーニング室に向かっていた狼愛や、目の前で惨殺された義父の姿が浮かんでいた。そんな彼を急かすこともなく、架神は言う。

「少し考える時間をやろう。だが俺たちには世界に報復する権利がある。それだけは忘れない方が良い」

 架神は翔太に背を向け、部屋を後にした。



 翌朝、翔太は食堂で狼愛と出くわした。相変わらず、彼女のプレートには鮭の切り身と無機質なキューブ状の固形物が並んでいた。

「おはよう、狼愛」

「おはよう」

「……後で、僕の部屋に来て」

 どうやら翔太は、彼女に昨日のことを話したいらしい。そこにまた一人、いつものメンバーが首を突っ込んでくる。

「オレも来た方が良いのか?」

 孝之だ。カツサンドを頬張っている彼の口元には、ソースと千切りキャベツがこびりついている。

「もちろん。大事な話があるんだ。僕一人では抱えきれないような話がね」

 そう告げた翔太は、妙に真剣な眼差しをしていた。

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