生と死
やがて数機の大型ヘリコプターが駆け付け、狐火軍の兵士たちはスカイネストに帰還した。翔太は鮮やかな勝利に貢献した身だが、妙に浮かない顔だ。彼の脳裏に浮かぶは、光線銃に脳天を撃ち貫かれ絶命した少年の姿だ。あの時、彼は確かに眼前の命を奪ったのだ。翔太は化粧室の個室に駆け込み、トイレの前で突っ伏した。彼の喉奥から、酸っぱい匂いが込み上げる。
そして彼は、勢いよく嘔吐した。
彼は震える手でトイレのレバーに触れ、吐瀉物を流した。それから執拗に手を洗いつつ、彼は歯の音を立てながら震えていた。
「僕が殺したんだ……僕が、僕が……」
今の翔太には、心の余裕がない。そんな調子で、彼は備え付けのハンドソープを使いきってしまった。彼は一旦自室に籠り、何度も深呼吸をした。それでも彼の感じている動悸は収まらず、呪縛のような何かが彼自身の心を蝕んでいく。
「嫌だ……もう嫌だよ……」
彼は光線銃を手に取り、その銃口を自らの口内に突き立てた。死への恐怖と生への恐怖が混在し、彼は呼吸を荒げている。
その時である。
「入るぞ、翔太」
扉の奥から、孝之の声がした。直後、翔太の部屋の扉は開かれた。そこにいたのは、孝之と狼愛である。二人の目に飛び込んできたのは、今まさに自殺を図ろうとしている翔太の姿だ。
「やめろ! 翔太!」
孝之はすぐに飛び出し、彼から光線銃を奪った。翔太は泣き崩れ、呪文のように謝罪の言葉を繰り返す。
「ごめんね。ごめん。ごめんって。ああ、僕は、僕は……僕は人を殺したんだ!」
誰の目から見ても、彼は酷く取り乱している。そんな彼の様子を前にして、孝之は声を荒げる。
「落ち着けっての!」
突如、彼は翔太の頬を引っ叩いた。翔太は目を丸くし、唖然とする。
「孝之……?」
「なあ翔太。アンタ本当に大丈夫か? 少し休んだ方が……」
「ごめん。今、本当に気持ちが落ち着かなくて……」
先ほどの戦場での出来事に、彼は相当堪えている様子だ。孝之はため息をつき、彼を励まそうとする。
「そりゃ、落ち着かねぇだろ。今こうして取り乱してるアンタと、人を平気で殺せるようになったオレたち……マトモじゃねぇのは後者だと思う」
そう語った孝之は、どこか自嘲的な微笑みを浮かべていた。翔太はしばし俯き、それから口を開く。
「確か、前にも聞いたと思うけどさ……」
「ん?」
「君たちは、本当に人を殺すことが怖くないの?」
今の彼にとって、人を平気で殺せる感性はより一層理解に苦しむものだ。孝之は彼の横にしゃがみ、本音を語る。
「答えは変わらねぇよ。オレは怖い。かつては命を奪うことが怖かったし、今は自分が自分じゃなくなっていくのが怖いと思う」
一方で、狼愛の答えは至極単純なものである。
「私には感情が無い。私は狐火軍のために生まれた。私は人を殺すために生まれた。それが全てだから、私は人を殺す」
相変わらず軍に忠実な女だ。そんな彼女を気遣い、翔太は言う。
「狼愛は、狼愛のために生まれたんだよ。誰も、他人に奉仕するために生まれてくるわけじゃない。僕だって、狼愛だって、孝之だって……本当は自由に生きて良いんだよ」
無論、狼愛には彼の言い分がわからない。
「自由って、何?」
「自分の意志で、何者の支配も受けずに生きていくことだよ。それが、生きるということなんだ。自由でなければ、人は死んでいるようなものなんだよ」
「それなら、貴方はなぜ敵兵を殺めたことで苦しんでいるの? 彼らも私達と同じ。誰かのために生まれて、誰かのために死んだ――ただそれだけのことなのに」
彼女は無表情のまま、淡々と翔太の抱える矛盾を突きつけた。
「……確かに、そうだね。生きるって、どういうことなんだろうね」
狼愛の言葉により、翔太の中に新たな迷いが芽生えた。