言語
「外は出ないのか?」
気になったので聞いてみた。
魔王がやられてから百年は経ったと語っていたのだが、話を聞く限り外に出た様子が感じられなかったから。
ちなみに時計もなしに年月がわかるのは、魔力の澱みなどから推定できるかららしい。
魔力ってすごい。
「本面白いから」
「そんなに面白いのか? それ」
「うん」
彼女が手に持つ年季の入ったそれは、辞書くらい大きくて重そうだった。
ちらと中身を見せてもらうも、文字なのかすら判別できない何かが書いてあるだけで何も読めない。
それはそうか。こちらの言葉を知らないんだから。
あれ……じゃあなんで話せてるんだ?
「なあ、俺が話してる言葉って日本語?」
「にほんご? なにそれ」
当然日本語というのはこの世界にない様子。
「シルが話してるのは人間の言葉」
俺は異世界語を話しているようだ。
この世界の人間が使う言葉を。
「なんでこんなすぐに話せてるんだ?」
「生まれた時に神がその種族の言葉を授けるから、らしい。本に書いてあった」
「神……」
「私も詳しくは知らない」
「へー」
あまりにも宗教チックだが、この世界ではそういう認識みたいだ。
でも確かに魔法があるんだから、神がいると言われても信じることに抵抗はない。
そういうものと理解しておこ……ん?
「じゃあなんで俺は人間の言葉なんだ?」
ここで至極当然の疑問。
俺は悪魔らしいから、本来なら悪魔の言語のはずだ。
「多分勇者のせい」
「え?」
「勇者が世界を書き換えた」
「ええ?」
「勇者が諸悪の根源」
「えぇ……?」
なんか様子がおかしい。
「勇者は平和を望み、また彼は神に愛されていたから、魔王討伐の褒美にそれが叶えられることになった。しかし神は争いも好む故に、その一部が叶えられた。そうして我々の文化の一部が統一された。こう聞くと何も問題はないように思えるが、これの本当の目的は全てを統一し勇者が全てを取り込むことなのだ。数世紀が過ぎ、我々は元の体系を取り戻したが、油断をしてはいけない。いつ勇者が召喚されるかわからないからだ。我々は自分自身を守る必要がある。自分のため、引いては世界のために、我々は勇者を殺す必要があるのだ。過ちを繰り返してはならない」
「……それも本に?」
「うん」
「それはもう読むのやめよっか」
良くないよパパ。そういう偏った思想の本は置いとくべきじゃない。
親に与えられたタブレットで動画を見漁る内に陰謀論信者と化した子供みたいになってるもん。
「でも、いつの間にか私の内言語が人間語になってたのは本当」
「不思議だな……」
まあともかく異変が起きて、今は全人類が人間の言葉を使ってるだろうとのこと。
格種族の元の言語は、第二言語に成り下がっているらしい。
外に出てないので真偽は定かでないみたいだけど。
……外、出たいなぁ。せっかくの異世界だし。
「外出ないか?」
「私は本読みたい。シルも五個くらいは言語覚えるべき」
五個くらい……もしかすると彼女、語学のスペシャリストかもしれない。
「玉座の裏から書斎行ける」
そこにある本を読んでたのか。
案内されて行ってみると、秘密基地みたいだった。
玉座裏にある地下階段を下りきり、扉を開けるとそこが書斎。
「おー……!」
こじんまりとした室内の壁全てに本が埋まっている。
部屋の真ん中にある机と椅子、そして大量の本。
地下ということも相まって、すごいワクワクした。
思わず一冊、読める本を手に取る。
「……うん」
ワクワクした。確かに胸は高鳴った……けどやっぱ外に出たい。
だって俺漫画とラノベしか読めない。
「やっぱり俺外に出たいんだけど……」
「本読むからだめ」
「一人で行くから」
「もっとだめ」
なかなか厳しい。どんだけ本が好きなんだろう。
しかし諦めるつもりはない。
ここで出す、必殺技を。
「頼むよ姉ちゃん」
「っ……」
どうだ……?
「キリがいいとこまで読んだら」
よし。決まったぜ。