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残虐な表現があります。

 鴉の鳴き声、が、聞こえる。


 最近この場所には鴉が集まっているようで、時折男たちが追い払っている怒鳴り声も聞こえて来る。何か獲物になりそうなものをこの付近で見つけたのだろうか。


 目覚めたあたしは薄く目を開くと、目の前の粗末な毛布と床をぼんやりと眺め、未だ生きているということを、自身の吸う息と吐く息の音で確認した。



「…おい、起きろ。メシだ。」


 床にだらりと身体を預けていたあたしは、降ってきた声にゆるゆると視線だけ上を向ける。

 見下ろしている、赤黒い皮膚の下卑た男があたしを爪先でひっくり返した。首輪に繋がれた鎖がジャラリと音を立てる。

 促された方を見ると、視界の先には粗末なトレーに固そうな黒いパンと欠けた器が見えた。恐らく、いつも出されている具の見当たらない薄いスープが入っているのだろう。


 あたしはずるりと這いずって床を移動し、器に直接唇を寄せる。スプーンなんてない。あっても、指の骨が折れてるようで上手く握れない。



 通っていた王立学園の夜会で断罪されたあたしは、王太子を拐かし、その婚約者を貶めようとした罪を問われ、問題を起こした貴族令嬢の墓場と言われる北の修道院に向かうことになった。


 父様、母様とは夜会から去る時に目の前を通り過ぎたのが最後になってしまった。家は爵位を取り上げられたということだけは聞いたが、他は知らされていない。

 あたしが聞いたのは、自分がすぐに貴族牢に入れられるということと、恐らくその後修道院に入れられるということだけだった。


 親不孝な娘だと蔑んでくれればいいと思う。

 だが、二人は恐らく今もあたしのことを思い悲しんでいるだろう。


 そして出立となった日、あたしの乗った馬車は盗賊たちの襲撃に遭い、従者は逃げ、あたしは攫われた。


 そして今、盗賊たちの溜まり場にいてボロボロの体を鎖で繋がれている。



 ズ…と、スープの最後の一口を啜ると、あたしは再び床に横になった。

 するとあたしに食事を促した男が近づいてきた。グイッと顎を掴まれ、目を合わせられる。

 暫く探るような視線に耐えていると、フン、と呟き放り出された。


「まだ気力がありそうじゃないか、セ・イ・ジョ・サ・マ?」


 すると周囲にいた男たちが叫ぶようにけたたましくゲラゲラと笑う。


「本当に聖女だったか怪しいもんだぜ!」

「そいつ擦り傷ひとつ治せないじゃねえか!」

「いやいや、奥の手を出し惜しみしてるのかもしれないぜ」

「高貴なお方をこんな目に合わせて、俺たち天罰が下るな!」

「ちげえねえ!」


 品性のかけらも感じられない笑いがあたしの耳に届いたかと思うと、ぐい、と髪を片手で掴んで頭を上げられた。一緒に持ち上がった鎖が身体を叩く。

 薄く目を開くと、しゃがんだ男が唇を歪ませてあたしを嘲笑っている。


「そうだ、あんたの片棒を担いだ娘は死んだってよ」


 ニヤニヤとこちらの反応を伺いながら男は言った。


「依頼主はたいそうご立腹だったぜ。あんたのせいで両親は辺鄙な土地へ飛ばされ、跡を継いだ自分は身分を落とされ、妹は気がふれて命を絶つなんてな」


 そりゃ恨まれるだろうな! と男たちの一人が笑いながら酒を煽る。


「依頼主のご要望は『思いつく限りの残虐さでその娘の身を貶め、物言わぬただの肉の塊となるまで心身を衰弱させ、獣がその身を裂き苦しみの中で命を失うように道端に放り投げろ』なんだ。悪く思うなよ」


 男はそう言うと髪を掴んでいた手を開き、解放されたあたしは鎖と共に床へ崩れ落ちる。


 姦しい笑い声が頭にガンガン響く。あたしのせいで大切な妹を失った、哀れな雇い主に対しての気の毒そうな響きは一切ない。男たちは大層楽しげだ。



 イザベラが亡くなったですって…?


 あたしは床に突っ伏したまま、気づかれないように瞠目した。

 そして、自分を慕ってくれていた赤毛の少女のことを思う。

 最後に見た少女―――イザベラは表情をなくし、貴族牢に連れていかれるあたしを瞬きもせず見ていた。光を失った瞳で。


 意識が薄くなり、男たちの馬鹿騒ぎが遠く離れていくように感じた。


 あたしはあの日、何人の人を不幸にしてしまったのだろう?


 枯れ果てたと思っていた涙が溢れるのを何とか堪える。

 男たちには気づかれたくなかった。気づかれたらその涙をネタに、また何をされるかわからない。

 だが、あたしの様子を察したらしい男の一人がこちらに近づいてきた。


「なんだ? セイジョサマ、泣いてんのか? 俺が慰めてやろうか?」


 せせら笑いがゆっくりと近づいてくる。



 その時、何かが割れる音がした。


「…ああー、おいおい。大丈夫かクロウさんよう。」


「ああ、すまない。…手が滑った。」


 恐らく男たちの一人、クロウと呼ばれた男がグラスでも落としたのだろう。

 ガチャリ、と割れたものを片づけているような音が聞こえてくる。


 急いで涙を隠したあたしは少しだけ顔を上げ、男たちに気づかれないよう、ちらと様子を確認する。

 男たちの身の回りの世話をする奴隷の少年が床に散らばったガラスを集めている。さっきこちらに近づこうとしていた男はそちらの方へ戻ったようだった。

 そして、割れたガラスを足元に眺めている黒髪の男が、奴隷の少年に「すまないな」と声をかけていた。


 黒髪の男は、つい最近盗賊の男達と行動を共にするようになった。これから通る道は獰猛な獣が多い場所で、一時的に雇われたのだそうだ。かなりの手練れだと言うことで男たちには一目置かれていた。というより恐れられていた。なんでも、一度男たちの一人が挑発したらしく、反撃の状態がかなり凄惨だったらしい。

 ちなみに、その挑発したという男はそれ以来見かけていない。


 黒髪の男があたしの視線に気づいたような素振りを見せたので、あたしはすっと目を逸らす。


 逸らした後も、その男―――クロウは、あたしから視線を外していないような気配があり、背中にじんわりと汗が広がるのを感じた。



 視線を感じながら時が過ぎるのを待っていると、赤黒い肌の男が思い出したように声を上げた。


「ああ、そういえば。セイジョサマの王子様は、今ショックで部屋に引きこもってるらしいぜ。」


 それを聞いた男たちは声を上げて笑う。

「お迎えにきてくれることは、まあ、ないだろうなあ~。」

「大事な女がこんなことになってると知ったらどんな顔をするだろうな!」

 おきれいな顔が悲しみに歪むところを見てみたいなどと男達は楽し気に話している。


 あたしは耳に届く猥雑な会話に意識を向けないように床に沈んだ。食べ物を口にしたからだろうか、少し眠気を感じる。


 このまま眠りから覚めなければいいのに。

 朝の光があたしを揺り起こすたびに思うのだ。

 ああ、今日も生きている、望んでいないのに、と…。


 眠りに落ちても夢は見ない。

 目覚めた時に、その直前まで闇をじっと見ていたかのような気持ちがするだけだ。

 それどころかもう、夢を見たかどうかなんて考えもしない。

 断罪されたあの日からずっと、ずっとだ。



「それで依頼主からこんなのを貰ったぜ。」


 男は焼鏝のような器具を取り出し、持つ手をくるくると返して周囲に見せつけた。


「なんだそれ。」

 と、見たものが間抜けな声を出して問う。


「紋を焼き付ける魔道具さ。罪人に使うんだと。」

 罪人に罪を犯した印を付けるための道具だという。


「一体そんなもんどこで手に入れるんだよ。」

「さあな。」

 男は口を歪めて嘲笑う。

「これを使って罪人の印を付けると、あまりの痛みに失神するそうだぜ。」

 男たちの視線があたしに集まっているようだ。微かな笑い声が聞こえて来る。


「クロウさんよ、あそこにいるセイジョサマにこれを使ってあげてくれねえかな?」

 と、男はクロウに魔道具を手渡した。

「俺たちはあの女で遊ぶのは飽きたんだよ。他の女と遊んでくるからさ。」


 ヒヒヒ、という笑いと椅子がぎいと引かれる音がする。

 それに続いて他の椅子も音を立てる。男たちは立ち上がったようだ。

「あんたはそういうの、嫌いだろ? だからセイジョサマの相手を頼むわ。」

 下卑た騒めきが扉の方へ向かっていくのを感じる。

 そして男が「失神したら、その女は好きにしていい。」と言うと扉の閉まる音がした。



 あたしはクロウの気配を探りながら、ただ床にじっとしていた。

 すると、椅子が引かれる音がした。クロウが近づいて来る様子が感じられる。


 あたしの首元と膝の裏に、そっと手が差し込まれる。

 クロウはあたしの身体を持ち上げ、いつもあたしが寝るときにくるまっている粗末な毛布の上に丁寧に乗せた。壊れそうなものを大事に床に置くような仕草で。


 こんなに優しく扱われたのは、何日ぶりだろうか。


 あたしは、さっきクロウが男から渡された魔道具が置かれているテーブルの方をちらと見る。するとクロウは言った。


「あれは使わない」


 そして続ける。

「だが、紋が入ってないと知ったら奴らは不審に思うだろう。」

 と言うと、クロウは右手をあたしの首の後ろに当てた。

 首筋にほのかな違和感を感じる。暫くして手がそっと離れて行った。


 クロウの黒い瞳を見つめると、不安そうな自分の姿が写っている。


「…何を…したの…?」

「似たようなものを入れておいた。お前に痛みを与える必要は俺にはないからな。」

 というと、鋭い目元が一瞬優しさを帯びた。

 それと同時に、微かな憐れみを感じる。


「お前は、生きていたいか?」


 あたしは決断を促すクロウの強い瞳に絡め取られた。

 一瞬、自分の中のまだ辛うじて残っている生きている部分を揺り動かされたように感じた。


「あ…」


 亡くなったと聞いたイザベラや、ヘンドリック、悲しげな両親のことが泡のように湧きあがっては消えていく。


 気づくと、あたしは身体を起こし、床を見つめていた。

 そして首をゆっくりと左右に振った。


 再び顔を上げ、クロウと目を合わせると、堪えていた涙が頬を伝う。

 クロウは表情を変えずそっと指で拭ってくれる。


「…あなたは、誰?」


 クロウは答えず、ただじっとあたしを見ている。



 ―――リア?


 ―――マリア?


 誰かがあたしを呼んでいる。

 その声が大きくなるにつれ、目の前の男は形を無くして消えて行った。


読みに来てくださってありがとうございます。


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