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遅くなってスミマセン…

 あたしの昼休みは、ヘンドリックに再会したその日を境に変わってしまった。



 何せ裏庭で昼食を取っているとヘンドリックが、ほぼ、毎回、顔を見せるのである。まさか張られてるんだろうか…と震えるくらいだ。


 正直言って落ち着かない。あたしは男爵令嬢とは言え、限りなく平民に近い弱い立場だし、こんなキラキラしい王子様が至近距離でいたら、ご飯なんて喉を通らないのは当たり前じゃないか。

 ヘンドリックもヘンドリックで何でわざわざ身分の低い者のところなんかに来るのよ。何なの? 嫌がらせなの?


 しかも困ったことに、「平民もどきみたいなのが王太子のお側にいられるのなら、わたくしだって」みたいに思っていそうなツンとすました令嬢たちが、裏庭をうろうろし始めたのだ。

 今までは、1ミリも勝てる要素がないアストリッドの婚約者(しかも王太子)に手を出すような愚かな令嬢は、当たり前だけどいなかった。

 しかし完璧令嬢アストリッドならさておき、今ヘンドリックの側にいるのは何の後ろ盾もない男爵令嬢だ。それなら義理立てする必要は、まあ無いだろう。


 いやいや、ヘンドリックが側に来るだけで、あたしは側にいるつもりなんてないんですよ?

 後、ヘンドリックとアストリッドとの婚約は続行しているんですよ?

 っていうか、一緒にいるの昼休みだけなんだけど…。


 そしてアストリッドからは一言も、何の動きもないのだ。

 文句の一つも言われれば、あたしに否がないことをちょっとは伝えられそうなのだけど。なんか怖い。めっちゃ怖い。


 今日なんて、ヘンドリックは5人も令嬢をくっつけながらこちらに近づいてきた。ちょ、巻いてきてよ…と言いたい気持ちをぐっと抑えて、あたしは何とか作り笑いを固める。

 平穏な昼休みが順調に侵されていき、本当に消耗する…。


 そもそも、あたしとヘンドリックはあくまでも気の置けない友人として懇意にしているだけなんだけど、その辺りを勘違いされている節もある。幼馴染であることは公にしていないけど。本当に困ったものだ。


 ちなみに話している内容だって、市井のB級グルメについてだったり、或いは勉強についてだったりする。

 ヘンドリックはソーセージに小麦粉の生地を纏わせて揚げたものが大好物なのだが、そんな話題になると姦しかった令嬢たちは黙り込む。だけならいいのだが、その庶民の食べ物がどんなものなのか説明してもイマイチ想像がつかないようで、しょっちゅう質問をしては会話を止めてくれるのだ。これがまたいちいち鬱陶しい。


 終いには「殿下はどちらでそのようなものをお求めになりましたの?」ときた。それに対してヘンドリックは「市井に向かう要件のあるものに頼んでいるよ」とさらっと答えていた。本当は多分本人が変装して直接買いに行ってるに違いないとあたしは睨んでいるのだが。


 令嬢達が『そんな庶民が口にする下賎な食べ物を召し上がるなんて』と思っているのが言葉の端々に感じられて、それもイラつく要因の一つでもあった。


 庶民御用達のB級グルメについての話題はお嬢様方にはお気に召さなかったようで、ヘンドリックの両サイドにくっついていた令嬢は一人減り、二人減り、とうとうお昼に姿を見せるのがヘンドリック一人になった時は、二人で安堵のため息を漏らしたものだ。


「庶民の食べ物なんてわたくし…」なんて言いながらヘンドリックの側から離れない様子が不思議でならなかったのだが、ようやく、である。あたしに地味にちくりと嫌味を言ったりもするものだから、どうしたらまた一人のお昼を満喫する時間に戻れるだろうかと考えていたところだった。って言うか、ヘンドリックがいるのによく目の前で意地悪を言えるもんだと感心したのだが。別に食べてみろと言ったわけでもないのに。



 あたしはこの学園に入るため、かなり早いうちから勉強に励んでいた。我が家は男爵家と言えども弱小なので、なんとかして学園に入って能力を認められて良い仕事に就くというのがあたしの当面の目標だった。全ては家のためである。


 身分によって定員は割り振られており、優秀な成績を収めていないと入学は認められない。平民の優秀な人は、よっぽど優秀なら貴族に目をつけられて養子とかになって、という方法はあることはある。ただ限りなく稀なケースである。そもそも平民向けの学校だってあるし、授業内容も決して劣るものではない。


 学園は割合としてはあたしより身分の高い方々が多く入学していて、友達を作るのは中々に難解だった。名目上は生徒は平等なんだけどね、まあ、平等じゃないわよねー。


 おまけに、こんなふうに王太子に懐かれちゃったものだから、あたしより身分の高い方々は訝しく思って敬遠するし、そうでない方々は王太子に恐れをなして近づいてこない。その他(何とかして王太子に擦り寄りたい系)は件の通り話題についていけない。お昼以外、あたしは見事なぼっちになっていた。いいんだけどね、別に。


 ヘンドリックが友達かと言うと、どうなんだろう。


 やっぱり、幼馴染とはいえ不敬な気がすると言うか…。再会した当初はちょっと遠慮して敬っていたのだけど、ヘンドリックが「気持ち悪いからやめて欲しい」とか言いやがっ…おっと。仰ったので、仕方なく人目がない時は敬語は無しで、友達のように、ということになった。

 若干心臓に悪いけど仕方がない。



「……あの頃は、楽しかったな。」


 昼食を終えたヘンドリックは、ぽつりと呟いた。

 幼い頃、市井で過ごした時のことを言っているようだった。


「街には美味しいものがたくさんあったし」

「王宮の方が美味しいものはたくさんありそうだけど?」

「お上品に食べなきゃいけないからな。繊細な舌も持ってないし」

 王子様がそんなことを言っていいのだろうか。


「兄上も元気だったしな…」

 ヘンドリックがすっと目を細め、遠くを見つめる。

 かつての兄の様子を思い出しているのだろう。


「お話はするの?」

 と尋ねると、ヘンドリックは眉間に皺を寄せ、静かに首を振る。

「調子が良いときは。だが、最近は眠っていることがほとんどだ。」

「そう…」


 あたしもアルフレッドの健勝な様子を思い出す。

 美味しいお菓子を頂いた時の笑顔、ヘンドリックと喧嘩をした時の諫める様子、そして優しく頭を撫でてくれたこと…。


「何かあると、つい兄上に聞いてもらいたくなるんだ。部屋に行って枕元で俺が一方的に話しているだけだし、兄上は眠っているから実際のところ聞いてもらってるとはいえないんだけどね。」

 あたしは何となく声を出せず、ただ頷いた。


 ヘンドリックはやんちゃで、そして優しく繊細な人だった。

 自身が後に王となるプレッシャーは本来の彼を押し潰し、そのせいでどこか不安定な様子であるかのように感じられた。繊細さだけが突出しているようで、どことなく危うさが見られるのだ。兄を心の拠り所にしたくなる気持ちは痛いほどわかる。


「婚約者の方は…」

 と切り出すと、ヘンドリックの瞳が少し色を失った。

「アストリッドは僕なんかよりも兄に相応しい人なんだ……」

 姉のような存在である、とヘンドリックは言う。そして話をすることもあるが、ほぼ事務的なもののみなのだそうだ。


「兄上の病気が快癒するならば、喜んで王位継承権を返上するのに」

 ヘンドリックは強い口調で言うので、あたしは少し慌てた。

「リック、大きな声でそんなこと…誰が聞いてるかわからないわ」

 でも、とヘンドリックは言う。


「でも、俺より兄上の方が王太子に相応しい。誰もが思っていることだよ」


 そして、ついっとあたしの方に真剣な顔を向ける。


「ねえ、マリア。俺、父上から聞いたんだ。マリアのおばあ様は聖女だったのだと。君にはその能力が継承されている様子はないのか?」

 期待する瞳があたしに向けられる。

 あたしは俯き、首を左右に振った。

 ヘンドリックは落胆した様子で「そうだよな」と呟いた。


 嘘をついたことになるが、仕方がなかった。

 おばあちゃんにも両親にもきつく口止めされているし、そもそもあたしのあの「光」はおばあちゃんを完全に治癒したものではないのだ。

 アルフレッドがもしも治る見込みが薄い病ならば、きっとそれを治癒するほどの能力はない。期待に応えられなかったら、とんでもないことになる。


 ヘンドリックはそれ以上聖女に関して追求することはなく、その後はいつもの通り市井のB級グルメなんかの話題で昼休みの息抜きを楽しんだ。



 あたしはあくまでも友人としての立場でヘンドリックに接していた。ヘンドリックだって気心が知れた友人の1人もいてほしいだろう。たまに不敬なことを言ってしまったかなと思うこともあったけど、幼馴染特権なのか、大抵のことは許されていた。


 この時点では、あたしはヘンドリックの婚約者であるアストリッドを陥れ、自分が王太子妃になるだなんて恐れ多いことは、1ミリも考えていなかった。

 だから、ヘンドリックとの昼食会が続いて他の令嬢から嫌がらせを言われても「わたくしは殿下とはただの友人です!」と言い切っていたのだ。


 だけど、この後、あたしの状況が変わってしまったのである。

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