第9話 奇妙な呻き声
ドントレット鍛治武器屋を出て、冒険者ギルドへ来た俺はあるクエストを受注した。
その名も、オリビア平野の間引きだ。
セントオリビアの街を北へ行くと、商業街ノーストレードがある。オリビア平野はこの二つの街を繋ぐ、重要な道となる。
そのため、定期的に魔物を間引かなければならない。全てを狩る必要はないが、ある程度は数を減らすのだ。
"探知阻害"と"同化"のローブ、そして風剣を試すにはもってこいのクエストだった。
性能も試せて、クエスト報酬ももらえ、さらには魔物の買取金も獲得できる。
一石三鳥の豪華クエストだ。
セントオリビアを抜け、オリビア平野に出た俺は早速間引きを開始した。
ローブの襟元にある魔晶石に触れ、同化を発動する。
これで周りからは俺の姿は見えていない。だが、音まで消せるわけではないので、その点は考慮しなくてはならない。
と言っても知能の低い魔物であれば、そんな考慮はしなくてもいい。
音をたてても、そこに人がいるとは思わないのだ。
俺はすぐに魔物を発見することができた。こげ茶色の丸々しい体格に、その姿からは似つかない鋭い牙を持っている。
確か……ラッシュボアだったか。牙や魔石だけでなく、その肉も買い取られる。
意外にも焼くと、ジューシーな肉汁があふれてくる。酒とも相性のいい食材だ。
「その肉、頂くぞ」
ラッシュボアに狙いを定め、ジリジリと距離を詰めていく。後数歩のところまで接近し、一気に距離を縮める。
「スキル発動《恐怖》」
ラッシュボアの尻辺りに手が触れた。瞬間、ラッシュボアが悲鳴を上げ倒れた。ピクピクと震え、痙攣を起こしている。
その隙に、俺は短剣で一突きする。
とりあえず、討伐部位である牙と魔石だけ回収して次へ行く。
それから、3頭のラッシュボアを倒した。同化しているので、ラッシュボアに楽に近づくことができた。
これで探知スキルからも逃れられるのだ。かなり凶悪な組み合わせだと思う。
さらに次の獲物を探していると、ホーンラビットの集団を発見した。
魔法具である風剣を使うには、ちょうどいいシーンだ。
ある程度距離が離れている所で、俺は風剣を抜く。
刃は太陽の光に反射して、キラキラと銀色に光っている。魔力を流すと、フオオオオと剣先を中心に風が巻き起こる。
「魔法が使えてるみたいだな……」
魔法が使えない俺でも、擬似的に魔法を再現できている。改めて、魔法具の有用性を認識した。
ホーンラビットの集団を見据えながら、風剣を横に構える。そして、力一杯振り抜いた。
渦巻く風が突風となり、ホーンラビットに迫る。
ビュオオオオ!! と草木なんかも巻き込みながら、激突した突風がホーンラビットを空中へ巻き上げる。
振り抜くと同時に風剣を鞘にしまい、俺は駆け出した。
空中に投げ出され、訳の分からないまま落下するホーンラビットに的確に触れていく。
「スキル発動《恐怖》」
触れられたホーンラビットは力なく落ちていき、無惨にも地面に転がった。
なんだろう……? 気のせいかもしれないが、随分楽すぎる気がする。
パーセンテージが40%に上がってことで、《恐怖》の度合いが強くなったのか?
未だに、パーセンテージの謎が解けない。魔物と戦っていけば、自然とパーセンテージは上昇していくと思われる。
気長に待つしかないか……。
俺はホーンラビットの角も回収した。次なる獲物を探して、先へ進んだ。
その後、合計して十数匹の魔物を狩った。クエスト達成の条件は20体以上の魔物を討伐することなので、すでに条件は満たしている。
「腹も減ったし、帰るか」
セントオリビアへ帰還しようと思って、パンパンに詰まった袋を担ぐ。
―――お、ぉお……おォォオ……
「なんだ? この、呻き声は」
―――おおぉォォ……ォォ
どこからか、奇妙な呻き声が聞こえてくる。袋を下ろした俺は、周囲を見渡す。人がいる気配はない。
目を閉じ、耳を澄まして聞くと声の方向が分かった。
気になったので、その方向へ歩みを進める。すると、視界に洞窟? 祠とも見える岩が確認できる。
洞窟まで行くと分かった。人一人が入れそうな入り口があり、下へ続いている。かなり深いのか、暗く見通すことはできない。
「ちょっと下りてみるか……」
手をかけ、少しだけ下りてみる。さっきまで聞こえていた奇妙な呻き声は聞こえない。その場でしばらく待っていると。
―――おおおおおおお……ォぉォぉオオオオ……
様々な感情が入り混じったような、不快でいて不気味な声が流れてくる。それでいて、生暖かい風が身体をかすめる。
「…………気持ち悪ぃ」
無意識に口からそんな言葉が漏れる。
このまま聞いていれば呪われそうなので、俺はすぐにその洞窟から立ち去った。まだ変な感じが残っている。
久々に恐怖を覚えた。俺が与える恐怖はこんな感じなのだろうか、と思った。
クエストは達成済みなので、俺は足早にセントオリビアへと帰還した。
◇
その日の夜、俺は酒場を訪れていた。いつもは、宿屋でフランとご飯を食べている。
だが、今日に限って爺さんが腰を痛めてしまい料理ができなくなってしまった。
そのため、外食なのだ。『立志』の儀を済ませているのだ、酒は飲める。普段はそんなに飲まないのだが、今日くらいは飲もうと思った。
行きつけの酒場なんてないので、近場を選び店内へ入る。テーブルは7、8割埋まっていて、ガヤガヤしている。
カウンター席へ座り、店主に声をかける。
「店主、エールとボア肉焼きをくれ」
「あいよ。兄ちゃん、若いな。ほんとに酒飲めんのか?」
「これでも15歳だよ。冒険家やってるなら全員酒は飲めるだろ?」
「そうだな、すまねえ」
店主と軽い会話をしながら、俺はエールと肉焼きを口へ運ぶ。
酒場に長居する理由はないので、さっさと退席するか。
「店主、ご馳走様。ここに代金置いとくよ」
「毎度あり――、また来いよ」
席を立ち、テーブル席の間を通り過ぎた時、気になる会話が耳に入ってきた。
立ち止まり、聞いてみる。
「お、い。聞いたか? また例の洞窟から呪いの声が聞こえたらしいぞ」
「まじ? それって冗談じゃねえのかよ」
「違えよ、気になって実際に入った奴いるんだけどよ。帰ってきたのはいいものの、右腕が骨になってたらしいぜ」
「嘘臭えな、そんな不気味な所に行くなよ」
「その通りなんだが、分からないわけでもねえ。あの洞窟は、セントオリビアが出来る前から存在するらしくてな。中には、とんでもねえお宝が眠ってるってもっぱらの噂だせ」
「……宝ねえ」
この会話を聞き、俺の眉がピクリと動いた。右腕が骨になったのはいただけない。それよりも宝が眠っているというのは、興味をそそる。
ただの好奇心というわけじゃない。俺はちんたらと冒険者稼業をやっていくつもりはない。最低でも、この街で金級にまでは昇格しておきたい。
それも全部、ザクトとレオン達フローレン家を見返すためだ。
俺の力を以って、後悔させる。
そのためにはお金がいるし、武器なども必要になる。
俺は会話をしていた男二人に近づき、声をかけた。
「なあ、あんた達……今の話詳しく聞かせてくれないか?」