第5話 《安定》の力
オーガの絶叫が大草原に響き渡る。数十秒続いた叫びは、やがて力無い声に変わっていく。
オーガが膝をつき、項垂れる光景なんて見たことがない。
「一体どんな恐怖に襲われてるんだ……?」
純粋な興味が湧くが、このスキルを自分にと思ってもやる気にはなれない。
俺は普通の人よりかは、精神力は強い方だと思う。弱い者であれば、精神崩壊を起こしてもおかしくないだろう。
「まったく、恐ろしいスキルだ」
そう呟き、眼下にプルプルと小刻みに震え横たわるオーガを見やる。
これではっきりした。俺のスキル【精神】は、今の所触れた相手に《恐怖》の感情を与えることができる。
これは単純な防御力で防げるものではない。ものを言うのは、強い精神力だ。
単に精神力と言っても、簡単に精神力は鍛えられるものではない。
なら、強い精神力を持つ者には効かないのか? 俺はそうは思わない。
相手の精神力を上回るほどの、圧倒的な恐怖を与えてやれば良いだけだ。
それに、まだ【称号】Lv.2なのでまだまだ上がある。これから《恐怖》だけでなく、他も増えていくと考えられる。
俺はこの力――スキルで成り上がっていくことを決意した。
決意を新たにしたところで、俺は気になっていることを試してみることにした。
《恐怖》と共に開放された《安定》についてだ。
今もなお苦しむオーガにこの《安定》を与えてみた。
「スキル発動《安定》」
すると、オーガは何も無かったかのように手を付き立ち上がろうとした。
若干苦しそうではあるが、恐怖というものが消えたのは間違いない。
俺は慌てて、短剣を握りなおしオーガの胸を突き刺した。
刺されたことでオーガは苦痛を訴えるが、そのまま立ち上がることはなく地に伏した。
「思った通りの効果だったな……」
《安定》は、その名の通り精神を安定させる。《恐怖》を打ち消すものだと分かった。
となると……20%は、同じ割合だけ打ち消すということなのかもしれない。
仮に恐怖が30%で安定が20%なら、完全に打ち消すことはできなくなる。
他にも意味がありそうだが、今の時点ではそういうことなのだろう。
俺はオーガの討伐部位である角を切り取り、その場を後にした。
初クエストでオーガに遭遇とは中々の災難だったが、スキルが有効だということが分かった。
◇
「な、な……どうしたんですか!?」
「オーガが現れてな、少し怪我をした。問題はない」
ギルドに帰って、俺の腕の傷を見た受付嬢が慌てて言う。俺からすれば大した傷でもないので、軽く流す。
傷というので有れば、レオンにやられた時の傷が残っている。
魔法の試し撃ちと称して、火魔法を放ってきた。その時の火傷の跡が鮮明に残っている。消すこともできるだろうが、忘れないために残している。
「オーガって……申し訳ありませんでした。まさか、オーガが現れるなんて……私の責任です」
「いや……大したことじゃないから大丈夫だ。それよりも、クエスト達成と買取をお願いしたいんだが」
「すいませんでした……。買取なら、隣のカウンターになるのでそちらに」
リカー草を達成分差し出し、クエスト達成となった。報酬は、銀貨1枚だ。
オーガの角を買取に出し、さらに銀貨1枚をもらった。
とりあえず、宿を探そうとギルドを去ろうとすると受付嬢から声がかかった。
「ゼノンくん、ちょっとよろしいですか? ラサのことについてなんですけど……」
「ああ……で、どうだったんだ?」
「それも含めてお話したいので、応接室の方まで」
受付嬢に促されるがまま、俺はカウンター奥にある応接室に入った。
てっきりギルドマスターから話があると思っていたのだが、違うようだ。
「まず、昨日すぐに捕縛隊が派遣されました。そして、ラサのの身柄を拘束しました」
「まだいたのか……。それで、様子はどんな感じだったんだ?」
「それがですね……奇妙なことに、池の周りずっと歩き回っていたそうなんです。さらに、精神状態が不安定で……まともな会話が出来ないそうです」
「精神崩壊を起こしていたということか……」
これも予想していたことであったが、ラサの様子はオーガの比ではなかった。精神崩壊を起こしていても不思議ではない。
「まあ何事もなく捕縛できたので、良かったんですけど。ゼノンくんは何か心当たりがありますか?」
「心当たりも何も、俺のスキルのせいだろう」
「スキルですか? ちなみにどんな?」
「悪いが、それは秘密にさせてくれ。あんたを信頼してない訳じゃないが、今の俺にとってスキルは生命線そのものなんだ」
「そうですね、スキルについて探るのは無配慮でした」
申し訳ありません、と頭を下げる受付嬢を見て俺は少しだけ罪悪感のようなものを感じた。
俺がスキルについて話さなくても、ラサの様子から何となく察することはできるだろう。
そして、受付嬢は横から小包を出し俺の前に差し出した。
「これは?」
「ギルドマスターが言っていた報奨金です。本来であれば、ギルドマスターから直に渡すものですけど、今は外出中なので」
「確かめてもいいか?」
「もちろんです。お確かめください」
俺はトレーに乗った袋を開け、中身を確かめる。その中には、溢れんばかりの金貨が入っていた。手を突っ込み、枚数を確認すると。
「本当に全部もらえるのか? 金貨が10枚は入ってるぞ」
「それだけの事をゼノンくんはしました。これは正当な額なので、お受け取りください」
受付嬢の言葉を聞き、これはまた受け取らないと粘られるやつだ思ったので素直に頂いた。10枚もあれば、そこそこ良い宿にも泊まれる。
通常の宿屋の一泊の代金が銀貨2〜5枚である。銀貨50枚で金貨1枚分だ。半年は生活の拠点を確保できる。
「まさか、こんな臨時収入が入るとはな」
「無駄使いはこの、イェスナが許しませんので」
「あんた、イェスナって言うのか……」
「はい、ゼノンくんが聞いてくれるのを待ってましたけど。中々聞いてくれないので」
「怒ってるのか?」
「怒っていません」
絶対怒ってるやつじゃん。まあ、名前を聞かなかったのは俺の落ち度だ。謝罪しておこう。
「すまなかった。これからは名前で呼ばせてもらうよ」
「よろしくお願いしますね」
俺がそう言うと、イェスナは微笑みながらそう言ったのだった。宿屋を探すため、ギルドを出た俺はどこにしようか迷っていた。
意外にもセントオリビアは広く、道が入り組んでいるのだ。来て二日目なので、ほぼ何も知らない。
そして、フラフラと歩くこと30分。あまり人気のない場所まで来てしまった。
「しまったな……。完全に迷った、こんなことならイェスナにおすすめを聞いておくべきだった。はぁ……」
溜め息を吐き、歩いていると前方から息を切らした老人が走ってきた。
必死な形相の老人は俺を通り過ぎることなく、突然俺に縋りついてきた。
「ちょ、爺さん……何なんだよ急に」
「頼む! わしに金を貸してくれ!」
俺がそう言うやいなや、その額を強く地面に押し付け、土下座してきた。その声は震えており、涙を流しているのが分かる。
こんな姿を見せられて、放っておける訳がない。とにかく話だけでも聞いてみることにした。