第4話 恐怖を与える者
豪華な装飾品や高級そうな家具が揃えられた、ギルドマスター室へ案内された。
中にはすでにギルドマスターがいた。見た目は、髪の毛よりも髭の方が長いという結構変わったおっさんだ。
しかし、服の上からでも分かる程に鍛え上げられた筋肉は、紛う事ない強者の風格を漂わせている。
ギルドマスターに対面する形で腰を下ろし、顔を上げる。
すると、ギルドマスターの方から挨拶してきた。
「突然呼び出して済まないな。セントオリビアのギルドマスターをしているハルビンだ。こんな顔だが、根は優しいからな。緊張せず、対等の立場で話してくれ」
どうやらこのギルドマスター、強面の顔を気にしているらしい。確かに睨まれでもしたら、ちびる奴が出てくるだろう。
「初めまして、俺の名はゼノンだ。この街で冒険者となった
新米だ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ。早速で悪いが、ラサの冒険者証についてだが……」
「その前に、そのラサについて教えてくれないか? 鮮血好きの危険な奴という認識しかないんだ」
俺はギルドマスターの言葉を遮り、ラサについて質問した。襲われたのも何かの縁だ、知っておきたい。
「そうだな……。奴の名は、ラサ・リジュール。B級犯罪者で、鮮血のラサという異名まで付いた」
「で、そいつは一体何をしたんだ? B級犯罪者って……」
「ここ半年で99人が殺された。街の住人や冒険者、商人など無差別に殺されてる。全員抵抗した形跡もなく、凄惨だった」
「そんな危険人物だったのか……。」
俺はゾッとした。あの場でスキルが使用出来なかったら、呆気なく殺されていた。
だから、記念すべき100人目って言ってたのか。とりあえず、倒すことが出来て良かった。
「そうだ。それでお前さんが奴の冒険者証を持ってきたんでこちらとしても大慌てだ。犯罪者の冒険者証は黒くなり、名前の所にばつ印が付く」
「そんな仕組みになってるのか……。随分高性能なんだな」
「まあそうだが、そんなことよりだ……。奴をどこで倒した?殺してはいないんだろ?」
「ああ、殺してはないからもう何処かへ逃げているかもしれないぞ」
逃亡の可能性は充分にあり得る。精神に影響を受けたが、傷を負わせたわけじゃない。
「それでも構わん。少しでも可能性があるのなら、奴を捕らえに行く。死刑にはなるだろうが、遺族の中には奴の顔を見たいと言っている者もいる。あまり会わせたくはないがな……」
「そういうことなら。地図はあるか?」
持ってきてもらった地図で場所を教えると、ギルドマスターはすぐに指示を出した。捕縛隊が編成され、向かうようだ。
その後、その日は解散となった。帰る間際にギルドマスターにこう言われた。
「仮に奴の身柄が拘束できた場合、君には報奨金が支払われる。拘束できなくとも、情報料として幾らか支払わせてもらう。生活の足しにしてくれ」
正直、これは嬉しい誤算だ。生活費がほぼない俺にとっては恵みの金だ。
ギルドマスターとも親密ではなくとも、ある程度の関係構築ができた。
◇
翌日、俺は朝早くから冒険者ギルドを訪れていた。昨夜は、宿には泊まらず野宿をした。
寝泊まりの拠点を探さなければいけないが、金がないので我慢だ。
そんなことで、冒険者として初のクエストを受注する。スキルについても検証が必要なため、クエストはもってこいだ。
出来れば討伐系のクエストがいい。ゴブリンくらいであれば、俺でも倒せるはずだ。
無論、無理なら諦める。こんなところで死ぬわけにはいかない。
時には逃げることも必要だ。逃げるのは恥だ、とかいう下らないプライドのせいで命を落とすやつもいる。
俺は生に執着する。とことん、貪欲に……。
クエスト受注の掲示板を見て、ゴブリン討伐のクエストがあった。丁度いいと思い受付に持って行くと、昨日対応してくれた受付嬢に止められた。
「ゼノンくん。初めてだから舞い上がるのは分かりますが、危険過ぎます。初めは薬草採取のクエストから始めるべきです」
いつから、くん付けになったんだよ。昨日会ったばかりだろうに……。俺を想って忠告してくれるのは分かる。だが、少しだけ食い下がってみよう。
「どうしても駄目なのか? あんたに止める権利はないと思うが」
「新人の無茶を止めるのはギルド職員の義務です。薬草採取のクエストじゃないと受付ません」
「………くっ、横暴な……分かったよ。薬草採取のクエストを頼む」
顔に駄目! と書いてあるかのように断固として認めないので、俺は折れた。このままいってもズルズルと平行線を辿るだけだ。
俺が了承すると、受付嬢はニッコリと笑顔でかしこまりました、と答えたのだった。
◇
セントオリビアを出て徒歩20分ほどで、薬草の群生地にやってきた。
木々が所々に乱立しており、岩なんかもある。
今回採取するのは、リカー草と呼ばれるポーションの原料となる薬草だ。
見本品を借りてきたので、それを参考に探す。
意外と見つからないものだ。二時間弱探してやっとクエスト達成量のリカー草を発見した。
「ふぅ……疲れた。肩が凝るな」
両肩を回してほぐす。さて帰ろうかというタイミングで、運が良いのか悪いのか魔物が姿を現した。
岩に隠れていたのか……?
「こいつは……ちっ、いきなりオーガかよ」
新人にはちときつい相手だ。数は一体だが、それは問題ではない。問題はこちらも一人だということだ。複数人でかかれば、勝てる魔物ではある。
「逃げることは出来るが……まだ無理だと諦める時でもない」
鮮血のラサを倒せた俺のスキルが効くのかどうか試すには、絶好の相手だ。
あの時は、俺の手がラサに触れたタイミングで発動された。
つまり、オーガに触れることができれば……。前提として触れなければならないので、接近する必要がある。
「チャンスは一度、あの時みたいに"恐怖"に怯えろ……」
ラサから頂いた血塗れの短剣を逆手に持ち、構える。対するオーガは細長い金棒を担ぎ、一歩ずつ距離を詰めてくる。
覚悟を決めた俺は、大地を踏み締め駆け出す。
攻撃を当てる必要はない。手が触れる、それだけでいい。
だんだんと距離が縮まっていき、オーガの金棒が当たる範囲に入る。
その瞬間にオーガの金棒が真っ直ぐ振り下ろされる。俺はそれを片手で持つ短剣で受ける。
「ぐっ……重っ……」
凄まじい衝撃が腕に伝わり、俺は受け切れなかった。短剣がポトリと地に落ち、腕からは流血している。
オーガは再び金棒を振り下ろそうとするが。
「……っ、届け―――!!」
俺はもう片方の手を伸ばす。あと少しで金棒が俺の胴体を打つ所で、触れた――。
「スキル発動《恐怖》」
そう唱えると、オーガの腕が止まり金棒が手から離れる。
触れようと前に飛び込んだので、俺は盛大に頭から地面に突っ込んだ。
すぐに起き上がり、背後を振り返る。その瞬間――。
「▪️▪️◾️◾️◾️▪️――――!!」
オーガが天を仰ぎながら、理解できない奇声をあげた。思わず耳を塞いでしまうほどだ。
俺がスキル【精神】で《恐怖》を与えられることが確信に変わった瞬間だった。