第1話 名家を追放される
「この……出来損ないがッ!! あんなふざけた発動もできないスキルを授かりおって」
屋敷の書斎で、俺の父親であるザクト・フローレンが憤怒に染まった表情で、実の息子の腹を殴りつける。
「がっ……おえっ、がは……」
容赦なく腹にめり込んだ拳が胃の内包物を逆流させる。口から血の混じった吐瀉物が床にぶちまけられる。
俺は痛みで表情を歪めながら、腹を押さえうずくまる。
幼少の頃から染み付いてきた、父には逆らえないという感情から無意識に言葉が飛び出る。
「も、申し訳ありません……父上。これから頑張るから……」
「黙れッ! 一度授かったスキルは変わらん! 貴様は我が家始まって以来の面汚しだ、その顔を見せるな……。連れて行け!」
父親の怒りの号令で傍に控えていた使用人が動き出し、俺の両肩を掴み連れて行く。
俺は、涙を堪えながら父親に訴える。
「待ってください……ちゃんとするから。頑張るから……」
必死の訴えも虚しく父親の沈黙に掻き消され、俺は強引に連行された。
その最中、俺は何故こんなことになってしまったのか。つい数時間前の出来事を思い出していた。
◇
この国の子供は12歳を迎えると、『神与』と呼ばれる儀式を行う。そこで、【称号】と【スキル】を授かるのだ。
ここ、エバーランド王国にて代々王家を支えてきた二大公爵家の一角であるフローレン公爵家は、魔法を司る家系である。
そして、もう一角であるソーディアス公爵家は、剣を司る家系だ。
剣と魔法という二つの力を以って王家の矛として、支え守ってきた。
そんな由緒正しい家系の長男として生まれた俺こと、セノン・フローレンは父の期待を一心に背負っていた。
側室の息子である義弟のレオン・フローレンと共に。
だが、レオンは側室の息子だ。次期当主は俺になるはずだった。
遂に迎えた『神与』の日。俺は意気揚々と神教会へ向かい、神官のお告げを受ける。
辺りに灯る神聖な光が『神与』の重要度を際立たせている。
神官が俺の前に跪き、一連の言葉を述べていく。そして、光が俺に降り注ぎ儀式が完了された。
期待に胸膨らませる俺の耳に届いたのは驚きの結果だった。
「……セノン・フローレン。称号【精神者】―――スキル【精神】です」
「……は?」
神官の顔に驚きの色が見られ、俺からも間抜けた声が漏れる。
ショックで立ち尽くしている俺に変わり、父が神官に詰め寄り確かめる。
「待ってくれ、何かの間違いじゃないのか? フローレン家の……長男だぞ……」
「神のお告げに間違いはありません。私はただ神の御言葉を伝えただけです」
「そんな……私の、野望が」
愕然とする父に俺は声をかけようとするが、その顔を見て出かけた言葉を引っ込めた。
まるでこの世の終わりのような表情で、ある一点をずっと見つめている。
今まで見たことがない顔だ……。そして、俺も理解した。とんでもない無能スキルを授かってしまったことを。
俺は、下を見ながら父の元へ歩き出す。ふと顔を上げると、『神与』を受けようとレオンが歩いて来ていた。
「兄さん……」
レオンが俺を心配するような言葉を発するが、声色と違いその表情は邪悪の一言だった。口元は歪み、その瞳の奥にはドス黒い何かが渦巻いているのを感じた。
俺は思わず身を震わせる。一瞬ではあるが、レオンに"恐怖"を覚えた。
レオンはその表情のまま、神官の前まで行き目を瞑る。神官が手順通りに行うと、俺の時とは明らかに違う光がレオンに落ちてきた。
そして―――
「レオン・フローレン。称号【魔法帝に選ばれし者】、スキル【七大魔法】……です」
「……な、なんと」
父は神官の言葉を聞き、一つの希望を見出していた。勢いよく立ち上がると、俺を押し退けレオンの元へ走る。
「父上……やりました! 七大魔法です」
「良くやった、レオン! 私の【五大魔法】より上とは……。やはり、お前がフローレン家の当主になるべき男だ」
父の視線は俺に一度も向くことはなく、無邪気な笑顔を振りまく弟のレオンをただ抱きしめていた。
俺は頭が真っ白になった。父がさっき、確かに言った。
―――お前がフローレン家の当主になるべき男だ、と。
何も考えられなくなった俺は、仲の良い親子のように神教会から出て行く父と弟の後を追ったのだった。
その日から俺にとって地獄の日々が始まった。前代未聞、魔法系統のスキルを授かれなかった俺は、屋敷への立ち入りを禁止された。
代わりに離れにある古びた物置小屋に引越しならぬ監禁させられた。
父はすぐにでも追放したかっただろうが、まだ『立志』を済ませていない子を追放したとあれば、公爵家の沽券に関わる。
たった一日にして、俺の生活は激変した。ふかふかのベッドはなく、チクチクする藁を敷いて寝る。
ろくに修理もされていないので、雨が降れば雨漏りもする。
生活環境の変化だけなら良かったのだが、レオンが豹変した。以前と違い、自信満々の顔で俺をゴミと嘲笑ってくる。
さらには、魔法の実験と称して練習台にもされた。今日も今日とてレオンは俺の元へやってくる。
「ハハハハ……よう、出来損ないのお兄様ぁ!」
そう言ってレオンは、俺の腕や上半身を蹴り殴る。俺も抵抗しようとするが、あることを思い出しグッと堪える。
俺が抵抗すれば、レオンは【七大魔法】を使ってくる。スキルを授かって数日しか経ってないのに、基礎的な魔法は粗方使いこなせるらしい。
「………っ。うぐ……はあ、もう、やめてくれ……」
「やめねえよ。正妻の息子ってだけで、優遇されてきたお前を俺が許すわけねえだろ!」
数分間かけて俺を痛めつけたレオンは、また来ると言って小屋を出て行った。ものの見事に顔だけ傷つけられていない。
他の家との付き合いがあるので、俺はフローレン家の長男として出席しなければならない。
頭が傷ついていれば怪しまれるが、腕や腹は服装で隠せるのだ。だから、レオンは腕や腹などの上半身ばかり狙う。
◇
監禁生活が3年間続いた。暴力がずっと続くことはなく、初めの一ヶ月程度だけだった。
視線や態度、吐かれる言葉や食事などで精神的に追い詰められた。
15歳となり、一人前として認められる『立志』の儀を終えて早々に俺はザクトから正式に追放を言い渡された。
「セノン、貴様を追放する。我がフローレン家の直轄領から今すぐ出ていけ。足を踏み入れることは許さん。どこへでも行くがいい」
「ハハハ……じゃあな、出来損ないのゴミめ」
ザクトは淡々と告げ、レオンは最後まで罵倒し嘲笑った。有無を言わさず、使用人が俺を捕らえ屋敷の門前まで連れていった。
まるでゴミを捨てるかのように乱雑に投げ飛ばされ、門は固く閉ざされた。
こうして、俺はフローレン家を追放された。