これは誘拐事件ではないですか
「……散策したら落ちていたのだから、拾ってやらねば。
もちろん山の動物が困らぬ程度には残してきたぞ。
ん? ジジ、ぼうっとしてどうした?
おや? 何か聞こえぬか?
この声は、獣か……。いや違うな。まさか子供か?」
急に耳をヒクヒクさせて上流の方を見るシャールの声に従って耳を澄ますと微かに子供が泣いているような声が聞こえてきた。
「……子供の声?
まさか村の子が迷い込んだのかしら?
どうしてこんな奥に?
とにかく迷子ならさっさと救助して村に連れて行ってあげないと。
今なら村長さんも神殿にいると思うし、怪我をしていたら神官様達に手当てをしてもらわなきゃ」
「うむ。万が一大けがをしておったら我らでは高度な治癒魔法は難しいからな。
では飛ぶぞ」
シャールが再び肩に乗り、彼の魔力で飛翔すると、森の沢に、こんな山奥には一人でたどり着けないと思える二、三歳くらいの銀髪の小さな幼児が蹲って泣いている姿が見えた。
空から沢のほとりに降り立つと、その子が顔を上げ、長いまつ毛に縁どられた銀色の瞳からこぼれる涙をぬぐって、立ち上がり叫び声をあげて逃げようと沢の方へとてとてと走り出した。
「大丈夫よっ、助けに来たの」
「おかーしゃーん!
おかーしゃーんッ!
どこー?」
「ジジ、我に任せよ」
何があったかわからないけれど、錯乱状態の幼児がこれ以上山奥に迷い込まないようにシャールが柔らかな風の魔法で柔らかく宙に浮かせ、体に触れるとキラキラ弾ける小さな光の球を幾つも飛ばす。
治癒魔法はあまり得意ではないシャールだが、この魔法は優しい風で心を癒し、光の球は痛みを和らげる効果がある魔法だ。
宙に浮いたのが不思議なのか、小さな光の球が触ると弾ける様子が楽しいのか、大粒の涙が徐々に引っ込み、猫の姿で側に寄ったシャールにキョトンとした顔で喋りかけた。
「猫しゃん、風の猫しゃん?」
「猫しゃん、ではない。我は白虎だ。
珍しい。我が風の属性と分かるということは、精霊ではなさそうだが、まさか、おぬし魔族か?」
「しょう。僕、魔じょく。虎しゃん、こんにちは」
「魔族? この地域にはおらんぞ。
親はどうした?
山で迷ったのか?
近くに居るのか?」
小さな虎が喋ることを不思議に思わない子供は「親」という言葉に反応して再び涙を浮かべ泣き出した。
「泣くな、泣くな。一緒に探してやるから、怪我はないか?」
「……探してくれりゅ?
僕、おみしぇでおかーしゃんと一緒だったの。
でも、いきなり何かが僕をちゅちゅんで、知らないおじしゃんにおか―しゃんと違う場所にちゅれていかれたの。しょれに変なおばあちゃんに、ちゅの折られちゃってしゅっごく痛いの。
しょれで、しょれで……ちゅのはしょのまま取られちゃって……、僕、ちゅのをとりかえしゃないと……」
思い出しながら浮かんでくる涙をぐっとこらえ、「角」が「ちゅの」になろうが噛み噛みになろうが一生懸命喋る姿が痛々しい。
「なんだと?
それは誘拐ではないか!
変なおばあちゃんに角を? なんと酷い」
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