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あっという間

「おーい、ジジ。

 ルジアダ・フォン・エルランジュー!

 意識あるかー?

 お前、授業中からおかしいぞ」


「ああ、アル」


 私の目の前で意識確認とばかりに手を振るのは、入学してからずっと同じクラスの腐れ縁で、そしてシャールが「赤毛の女ったらし」と呼ぶ同級生アルヴィス・フォン・ロアーヌ。

 アルは校内で魔道具作りの才能で評判な生徒の一人だ。

 母親の再婚相手が金持ち男爵で、この学校に通う王侯貴族の子女には珍しく婚約者もいないため、ちょっと前までは女性陣から大人気物件だった。前までは休み時間ともなれば彼の周りは女生徒が群がって、女生徒たちを侍らせていたけれど、彼が不運な大失恋をした後はキャラが変貌し、ほとんどの女性を寄せ付けない刺々しいオーラを放つようになり「女はうっとおしいから近寄ってほしくない」と公言したせいでその後も変わらず普通に接している私に関し「ルジアダ・フォン・エルランジュは実は魔法で性別を偽っている男じゃないのか?」と意味不明なうわさが流れたことは一年ほど前の話だ。


「おい、「ああ、アル」じゃねえよ。お前、ヴェスパ山の儀式の後から色々ご活躍って噂だけど、腑抜けになって戻ってきてねえ?」


「はあ」


 声を掛けてきた相手がアルなら無視して、食後の惰眠を貪っていいかと再び食堂のテーブルにつっぷして眠ろうとしたら止められた。


「お前、人の話無視して寝るなよ。

 学校に復帰して一日目からボケボケしすぎだろ」


「ん-、まあ、燃え尽き症候群?」


「はあ?」


 そう、シャールがレオ君のご両親を捕まえたと帰ってきたその日の夕方、学園長とシャールが確認のためにレオ君を連れて行き、そのままレオ君は戻ってこなかった。

 つまりご両親は本物で、そのままレオ君はおうちに戻り、私たちはただその結果報告をシャールと学園長から聞くという、なんともあっけない終わり方だったのだ。

 迷子の保護期間は終わったということだ。

 ご両親の元に戻れたことはいいことだが、お別れの挨拶もなくあまりにもあっけない終わり方だった。

 その時一緒にいたおじい様もフィガロ様もそして後からその話を聞いた妹も、レオ君はもうこのままずっと一緒にいるのではないかと思っていたので、レオ君が帰ってしまった結果に呆然としていた。

 

「で、いつも金魚のフンみたいに一緒のシャールはどこだ?

 今日から久しぶりにシャールが作った弁当のおかず横取りできるかと思ったのに、まさかお前が学食とは思わなかったぜ」


「あのねえ。

 いつもお弁当を持ってきてるわけじゃ……」


「何言ってやがる!

 入学したてほやほやの六歳のころからお前が弁当持ってこない日は、学食で新メニューが出る日か、学園祭か、毎年卒業生が主催する感謝祭の時くらいしかねえだろ!」


 まったく、おぬしはシャールのストーカーか?

 人の弁当持参日を記憶しているだなんて。

 久しぶりに会うクラスメイトに言うセリフが、シャールが作った弁当狙い発言とは!


「あいつもどこにいっってんだ?」


「んー、さっき学食のカレー食べた後外に行くとか言ってたわ」


 今日は日替わりランチで出現率が高いカレーの匂いに負けて、シャールと野菜サラダとヨーグルト付きのビーフカレーを食べたのだ。


「外?

 休み時間でも洗面所以外はお前の傍にずっといるって男が、昼休みの長い時間単独行動って、槍でも降るのか?

 しかも料理が趣味な奴が弁当作ってないとか、二人そろっておかしいぞ。

 まあ、あの儀式の後の一連の事件の話は聞いたから解放されて気が抜けたっていうならわかるような気はするどよ、シャールまでなんで?

 例のテレジアに誘拐されてきた魔族の子供の面倒見てたって話は噂で聞いたけどよ」


「まあ、そうかもね」

 

 シャールも眠るときも厨房でもいつも一緒だったレオ君がいなくなったことは寂しいみたいで、親元に返せたことは喜ばしいと言っていたが口数がめっきり減り、その日の夜から厨房に行って料理していないのだ。


「とりあえず、昼からの会議は学園長主催だろ?

 腑抜けてたら絞められるぞ。

 あと、授業大丈夫か?休んでる間にだいぶ進んでいただろ?」

 

「うん、まあ、授業内容は王宮でも勉強してたから、ある程度は大丈夫」


 久しぶりの授業復帰だけれど、王宮でもちょこちょこ勉強していたし、学園長から自習で分からない点はまとめて要点を聞いていたから、特に問題はない。

 しかもテレジアから禁断の魔法陣と魔道具を使って殺されそうになった経験をしたせいか、今まで魔法陣に興味がなくてまじめに勉強していなかったけど、隙間時間に真面目に魔法陣や魔道具も勉強もした。

 あと、保護したレオ君が強い魔法使える人大好き、強い剣士大好き、とにかく強い人大好きレオ君と過ごして、レオ君を溺愛する学園長とシャールが授業では見せない強烈な魔法を見せるものだから、いい勉強になったわ。

 でも、私の答え方が信用できなかったのか、アルは眉間にしわを寄せ腕を組んで私の向かい側にドカッと座った。


「何が大丈夫なんだよ。

 今日いきなり呼ばれた会議、何か覚えてるか?」


「えっと・・・・・・」


 しまった。何で呼ばれたか聞き流してしまっていたわ。


「ほらなあ。

 今日の会議、お前が目の前で見た「憤怒の眠り箱」とか「霊封じの石」とかの話だ。

 で、魔道具が得意な俺も呼ばれたんだよ。

 とにかく、時間になったら行くぞ」


「はいはい」


「なんで「はいはい」ってうなだれてるんです?

 ジジ先輩?」


 食堂のテーブルに両手着いて項垂れたアルの後ろから声を掛けてきたのは、茶色の髪にハシバミ色の瞳をした王子様系さわやか美少年のルドヴィク・フォン・マイエルリンク。

 妹の婚約者の通称ルーだ。


「ああ、ルー。久しぶりねえ」


「……ジジ先輩、朝も会いましたよ。

 エロイーズの手土産渡してもらいましたけど」


 そうだった。

 妹がマフラーをルーに手渡してほしいと渡されたな。

 もちろんフィガロ様や私、シャールも貰ったけど。


「ああ、そっか。寒くなるからってルーに今年のマフラーとか言ってたわね」


「先輩……大丈夫です?」


 おや、ルーにまで残念そうな顔をされるとは。ちょっとまずいかしら。

 王宮での生活がレオ君中心だったから、自分軸に戻すことに戸惑っているのかしら。


「ほらな?

 腑抜けてるだろ?

 久しぶりの授業だからと言っても、今日一発目の歴史の授業からこいつは上の空だったし、シャールは先生の質問に全然違う国の遺跡の名前を答えるし、次の生物の授業じゃ、二人そろって人体図鑑じゃなくて地図帳持って来るし、次の数学は問題なかったし、体育は男女別だったからどうだったか知らんけど勘弁してくれよ。

 しかもあのシャールが弁当作ってないらしいぞ。

 まあ、シャールもお前も人間だから調子が悪い時もあるだろうけど、頼むからこれから向かう会議室でこいつとシャールがボーっとしてたら頭ど突いてやってくれ」


「ええっ?

 ジジ先輩はまあ、たまにすっとぼけることは雰囲気的にわかりますけど、シャール先輩が料理しないって、それまた重症ですね」


「ん? 

 ルー、それはどういう意味?」


「いえ、あの、……ほらっ、燃え尽き症候群とかそういうものではないですか?

 父から聞いた話じゃ、ジジ先輩はあのヴェスパ山の儀式の後、あの聖女の仮面をかぶっていたテレジアが誘拐してきた魔族の子を保護した後も、王宮襲撃事件があったり大変だったでしょう?

 きっと、心が平和な日常に戻るリズムがつかめてないんですよ」


「うん、さっきアルとも少し話したけどルーの言う通りかも。

 ちょっとの間だったけど、濃すぎて、今の平和な日常が変な感じなのよ」


 返事を聞いたルーが息をつき視線を逸らす表情と「良かった」と呟いた言葉にひっかかる感じはするものの、確かに燃え尽き症候群という表現は納得できる。


「俺も義理のオヤジから王宮で起きた事件を聞いたけどさ、「傀儡の香」が使われてて王宮の多くの人間が中毒症状だったんだろ?

 あと「憤怒の眠り箱」から解放された魔族が暴れたとか、王宮の破壊された調度品や建物の資材購入と職人斡旋でロアーヌ商会とリットン商会で駆けずり回ってるって聞いたけど、一夜にして正門や大広間は大惨事だったらしいって。

 あの魔道具から解放された魔族にも会ったのか?」


「私は会ってないけど、シャールは会ったみたいよ。

 聞いた話ではピドナ諸島の小さな島に住むおとなしい魔族だったんですって。

 箱から解放されたときに魔道具の呪いで力が暴走したらしいのよ」


「そっか。

 その封じられていた魔族も災難だっただろうな。

 しかし、なんだな。

 俺は王都で婚約者と毎日ペースで顔を会わせていたのに、遠距離になったから、会えなくて辛いとか、離れて寂しいとかそういう話はないのか?」


「え? フィガロ様と?

 なんで?」


 アルがいきなりフィガロ様の話を持ち出す理由がわからない。

 フィガロ様とはレオ君を救助する前までは月に一回会えばいい方なほどだったのだ。


「いや、王宮にいたら今までより会えてただろ?」


「それはそうだけど、また今まで通りになるだけだし」


「先輩、会えなくなるから寂しいとかは?」


「ないない」


 王宮にいた時が異常な頻度だと思えるほど会っていただけで、フィガロ様に関しては女性関係の心配はともかく、昔から辺境で暮らしているし距離感はそれほど何か感じることはない。

 速攻で訂正したら、男子二人は互いに顔を見合わせ、すごく微妙そうな顔をした。


「そっか」


「そうですか」


「何? 二人ともその顔」


「いや、別に……。

 あっ!」


 ルーが突然声をあげた。


「そろそろ時間です」


「お、おうっ。じゃあ、シャールを探しに行くか」


「我がなんだ?」

 

 噂をすれば影で、目に精気のない少しボーっとした表情のシャールが現れた。


「おいおい、シャール。

 俺はお前のそんな腑抜けた表情はこの学校に通い出してから初めて見るぞ」


「そうか?」


 心配そうに肩に手を置くアルにも無表情に近い反応のシャールに、アルもルーも肩をすくめた。


「まあ、いい。

 とにかく行こうぜ」


 昼休みも終わり分前を告げるチャイムが鳴り、食堂から職員室に近い会議室に向かうのだった。

 赤レンガの校舎の床は板張りで、廊下からは紅葉したモミジとイチョウ、そして庭には秋咲きの薔薇が咲いているが、いつもと違って全然感動しない。

 この心の虚しさは何だろうと自問自答しながら、目的の会議室の扉をノックし「失礼します」と言って

いよくガラガラっと会議室の扉を開け、私から部屋に入るといきなり足元にがくんと勢いよく何かが飛び込んできた。


「ジジしゃーんっ!」


「えっ?」


 その声と感触に思わず二度見する。青いコートにマフラー、黒のズボンに赤い毛糸の帽子の下から銀髪がつんつんはみ出ている。


「レ、レオ君?」


 容赦なく突っ込んできた塊の正体はなんとレオ君。


「レオ!」


 背後から素早く現れ足元のレオ君を抱き上げたシャール。


「どうして学校に?」


「あーい! お空ビューンしてきましゅた」


「空を?」


「あーい!

 シャールしゃんもびっくりしゅましゅたか?

 レオおにーしゃんにちゅれてきてもらいましゅた!」


「そうか、ん? 学園長と?」


 一瞬シャールが学園長をにらんだかのように見えたけど、銀色の瞳を輝かせたレオ君に視線を戻したシャールはレオ君の少しずれた赤のニット帽を直し満面の笑みを浮かべた。


「うわあ、可愛い」


「めちゃくちゃ可愛いじゃねえか」


 私の後ろから何事かとアルとルーが顔を出してシャールに抱きかかえられたレオ君をのぞき込む。


「うみゅう?

 だれ?」


「レオ、こやつらはこの学校に通っているルーとアルだ。

 ルーはエロイーズの婚約者でアルは我とジジと一緒に勉強している仲間だ」


「ふおー、しょーでしゅか。

 ジジしゃんとシャールしゃんのお友達でしゅね。

 こんにちわー。

 僕、レオ、二しゃい。

 よろしゅくおねがいしましゅ」


「俺はアルだ。よろしくな」


「僕はルーです」


「アルしゃんとルーしゃん!」


「レオ、何かあったのか?

 学園長が連れてきたということはレオの親に何かあったのか?」


「うみゅう?

 シャールしゃん、僕、この国にしゅみましゅよー。

 お山のお家にいたら僕はレオおにーしゃんやシャールしゃんみたいにちゅよくなれましぇん。

 しょれでおとーしゃんとおかーしゃんは今フィーしゃんのおじーしゃんとジジシャンのおじーしゃんと一緒におーしゃまのところにいましゅ」


「え?」


「ふむ。人間が多い王宮にレオの両親がいるのか?

 大丈夫なのか?」


「あーい。

 シャールしゃん、僕はジジしゃんとシャールしゃんのいるお城にしゅみましゅよー」

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