初飛行行
ひと騒動のあと、レオ君のリクエスト「空を魔法で飛べるようになりたい」という願いを叶えるため、まずは基本の宙に浮く魔法の練習を開始することに。
しかも先ほどのエギル大公家のエイドリアン様の団体もセドリック王子の警護を担当する近衛の団体も王子と仲良くなったレオ君と顔見知りになりたいのか練習に付き合うスケジュールに切り替えたらしく、なぜかレオ君と私と学園長を中心にしてドーナツ状態。
公務が押していると呼び出された陛下と将軍は先ほど去って行かれたけど、去る際に陛下からなぜか私に「学園長とレオを頼む」と懇願された。
なぜ学園長のことまで頼まれる?
その後レオ君が「僕もお空を自由に飛べるように頑張りましゅ」と選手宣誓のように闘技場のグランド上で宣言する姿を、騎士の皆様方と微笑ましく見守った。
レオ君がなぜ空を飛びたいか理由を詳しく知らない騎士団の方々からの質問に、レオ君は大勢の魔導塔でよく見る魔導士の方達よりもいかつい大人達に囲まれて今更もじもじしながらも理由を告白。
「あにょー、僕はたしゅけられてからおーしゃまのところにくるまで、長い時間お空を飛びしゅた!
だから僕も自分で飛べるようになりたいのでしゅ。
しょれに、このまえ、くしゃいやちゅが暴れた日、レオおにーしゃんが空の窓から入ってきてあいちゅ、やっちゅけたのかっこいー。
だから僕も飛べるようになりましゅよ!」
ヴェスパ山で救助された後、神殿から王宮まで長時間飛んでいた記憶が鮮明に残っているらしく、しかも、この前大広間で双頭の蛇を倒すために学園長達が窓から飛び降りるかのように入ってきた姿を見て、空を飛べるようになりたいと言うレオ君の姿は、騎士の方たちに、かっこいい者にあこがれる男の子のように微笑ましいものに見えたのだろう。
空を飛ぶ魔法は難しいことが分かっている大人たちは、レオ君の夢を壊さないように
「大丈夫、飛べますよ」とか「いっぱい練習してください」と、微笑ましい励ましの言葉を掛けて、和やかな雰囲気だったのに、今は学園長を除き皆驚愕の表情を浮かべ、固まっている。
原因の本人はというと……。
「うみゅー!!
同じところに浮いていられましぇん!」
心の中では同じ高さでとどまっていたいらしいレオ君だが、ゆっくりと、しかもどんどん上昇し、この騎士団の中で一番背が高いエイドリアン様よりも高い宙に浮いてしまっている。
つい数分前に初心者レオ君に見本を見せるために、風魔法で浮き上がり、一定の高さで留まったときは「僕、お空にふわふわできましゅか?」なんて心配そうな顔してたくせに……。
「なんとっ」
「初めてでこんなに高く、しかも一分以上も浮いているとは!」
「さすが魔族・・・・・・」
「ふおっ!
初めてで、僕はじょうじゅでしゅか?」
しかも騎士の皆様に感心され驚嘆され調子に乗ってしまった。
さらに上昇して今度は大人も見上げる高さまで上昇してしまう、周囲の騎士の方々は茫然としてレオ君を見上げている。
「レオ君、危ないから降りてきてっ。
それ以上上昇しちゃダメ!」
「うみゅー!
ジジしゃんは下でまちゅでしゅ」
「レオ、力んではダメだ!
怖いならここまで降りてこい」
両手をあげ、ここだと手を差し伸べる焦り顔の学園長に対し「むーっ」頬を膨らませ、そっぽを向くレオ君に、私を含めその他大勢は、初めての飛行練習に予想外に高く飛んでいる幼児をいかに安全に練習させたらいいかどうしていいか分からない。
「僕は怖くないのでしゅー。まだ地面に降りましぇん」
「こらっ!
おりましぇん、じゃねーぞ!」
「僕はまだ飛ぶのでしゅ!」
「うわー!
また上昇したー!」
既に私達では誰も手が届かない高さまで上昇したレオ君に学園長が舌打ちする。
「誰か、落下した時用に網かマットをもってこい!」
驚いて固まっていた騎士団の方々も、レオ君が万が一落ちた時を考えて、あちこちに散らばり始めた。
正直に今の気持ちを言おう。
誰だ!
この前「弱い魔族だ」と泣いた奴は!
空を飛ぶ魔法は難しいんだぞ!
まず、レオ君が以前泣きながら言っていた弱い魔族だったら、まず飛べない。
初めてで、しかも「飛びましゅよー」と言って「えいっ」とジャンプした途端、飛んでぷかぷか浮く時点でおかしい。
この国で魔力が多い子供が集められるフィリパ学園でも、いくら魔力が多くても長時間思うがままに飛べる生徒は数少ないし、浮くことしかできない生徒が半数近く居る。
獣人の場合は、魔力があっても鳥系などの翼がある獣人しか飛べないし、人間より魔力が遥かに多いと言われている種族だろうと飛べない方々も一定数いるのだ。
学園長曰くレオ君が自分を弱い魔族だと思い込んでいた話は「あれは嘘だぞ。レオの親の間違った思い込みだろう」と一蹴しているし、今、レオ君の角は折られてしまっているが、姿から見ても角があり、正体を見破る能力がある魔族は強い種族という話なので、魔力の量は心配ないみたいだ。
でも、空を飛ぶには魔法の技術が必要なので一日二日の練習で自分が思い描くように飛行できるわけではないというのが私達の常識だ。
まずは飛ぶと言うより、宙に浮く練習だ。
そして上下左右に動いてもいいからとにかく宙に数秒、数十秒と徐々に長い時間浮くことから練習は始まる。
長い時間浮くことが出来たら徐々に、移動距離や速さという順で上達していく。後、余談だが空中でずっと同じ場所一転にとどまって浮くというのはなかなか難しいのだ。
そして、何より慣れるまでは浮いている間、空中で立つバランスをとるのが難しい。
人間または人型に近い他の種族も頭が重いので、急に高い位置に飛び、その場で浮くと、いくら魔法で飛んでもバランスを崩し、重力に引っ張られて頭が下に下がってしまう。
そして何が起きたか分からずパニックになってしまい、魔法をうまく使えず落ちたり、空中でぐるぐるとでんぐり返しをするかのように回り続けてしまったりするのだ。
「おいおいおい。「怖くないのでしゅー」じゃないぞ。
おい、万が一怪我した時のために神殿に行って、治癒できる奴を借りてこいっ」
「はっ」
どんどん上昇するレオ君の状態が危険と判断し、焦った学園長が騎士の一人に指示を出す。
「レオ、降りてこいと言っているだろうが!」
「えー?」
飛べたことに興奮しているレオ君は珍しく言うことを聞かない。
「まったく「えー?」じゃねえ!
エルランジュは下でレオを受け止められるように待機してくれ」
「分かりましたっ」
我慢の限界を迎えたのか学園長が浮くと、レオ君がその手から逃れようとものすごい速さで更に高く飛ぶ。
「うそでしょ」
初めて自力で飛ぶとは思えない燕も真っ青な速さだ。
「うきゃあ」
「コラッ、待たんか!」
レオ君と学園長の声だけがはるかかなた上空から届く。
「うわー、初めてであの速さで飛ぶのかよー」
「もう豆粒だぞ」
騎士の方々も見上げる遥かかなたの上空で、大小レオンハルトの追いかけっこが繰り広げられる。
空を飛ぶ鳥もびっくりの速さと高度の空中追いかけっこを見守る私達は、ただ見守るしかないのだった。




