目指すものは何?
残った林檎は厨房に運んでおこうとおじい様が言うと、レオ君が「僕もジジしゃんみたいに林檎を魔法で剥きたいでしゅ!」と言うので、おじい様が林檎を数個取り出し、練習できるようにローテーブルの上に林檎を並べた。
「レオが練習した林檎で我が菓子を作るから、十個ぐらいまでなら練習しても良いぞ」
「ふおっ、シャールしゃん。僕は十個練習しましゅか?」
シャールが作るアップルパイもおいしいのよね。なんて脳内で味を再現していたら、レオ君の眉間に皺が寄った。
「ん?
うにゅう?」
眉間に皺を寄せた渋い表情。
そして今までレオ君が困った時や疑問に思った時に出す奇妙な声。
「どうしたんだ?
レオ君?」
レオ君に手渡そうとしたおじい様が声を掛けたが、おじい様の声は無視され、レオ君はシャールをキッと睨んだ。
「シャールしゃん!
僕はしょんなにいっぱいしゅっぱいしないでしゅよ!」
「ほお、そうか」
初めて林檎の皮をむいて芯をくりぬく魔法は大抵の子は皮が残っていたり、林檎がぐしゃぐしゃにつぶれてしまったりする。
私も小さい頃は、おじい様やおばあ様が視察先のリンゴ園で皮むきをやる姿を見よう見真似でやっていくつか木っ端みじんにしたことが何回もあるのだ。
もちろん、私が昔何度も失敗した姿をシャールも知っているはずなのに、レオ君を挑発するなんて大人げない。
「しょーでしゅ!
僕は魔じょくでしゅから、ジジしゃんみたいにしゅぐできるようになるでしゅよ!」
「レオ君、リンゴの皮剥きの魔法は、初めてでしょ?
たいていの子は失敗するから、シャールの意地悪にムキになっちゃ……」
「ジジしゃんは黙っていて下しゃい!」
「レオ君?」
十個と言われてプライドが傷ついたのか、私に庇われて余計意地になったのか、レオ君はフンっと鼻を鳴らし、テーブルから一つ林檎を両手でつかんで「えいやっ」といきなり魔法を使った。
「ありゃあ……、しゅっぱいでしゅ」
赤い林檎がクルクルッとレオ君の手の上で高速回転したと思ったら、床にはとても細い一本の蛇のような皮。
その林檎の皮を拾いあげた学園長が感嘆の溜息をついた。
「ほお、これまた器用だな」
「これはすごい」
学園長が右手を高く伸ばしても床にまだ渦を巻いて残っている細長い一本の紐のような林檎の皮に、皆が驚いてその一本を眺めた。
「林檎の中身がとれましぇんでしゅた。
どーしたらいーでしゅか?」
ある意味器用すぎる魔法に感心している私達をよそに、失敗したと項垂れるレオ君。
「レオ君はどうやってあんな風に魔法を使ったの?」
「んー、フィーしゃん。おとーしゃんがそうやってお芋の皮をむいていたのを真似しましゅた」
「それは魔法で?」
「ナイフでしゅよ」
「そっか」
何を思ったのかフィガロ様が林檎を二個持って「厨房でナイフ借りてもいい?」と聞くのでレオ君を連れて厨房に案内した。
フィガロ様は調理台でお皿と林檎を並べた後、果物ナイフを手にした。
「待って下しゃい。
椅子をもってきましゅ」
レオ君はシャールと料理をするときは厨房の隅にある折り畳み式の椅子に座ってシャールの作業を見て、時々手伝っている。
その椅子を用意すると、レオ君はそそくさと靴を脱いで椅子の上に立ち、レオ君によく見えるように立ち位置を移動したフィガロ様の顔を見上げた。
「フィーしゃん、なにしましゅか?」
「レオ君の魔法が上手になる授業かな。
レオ君、見ててね」
「あいっ」
レオ君の前のめりになりそうな姿勢に苦笑いを浮かべながらも、フィガロ様はレオ君に見えやすいようにリンゴの皮をむき始めた。
「レオ君が出来たのはこのリンゴの皮をむくところまでだったね?」
さっきレオ君が魔法で剥いた皮よりは太いものの、途中で切れることなくするすると一本で皮をむいたフィガロ様が、レオ君によく見えるように林檎を見せた。
「レオ君が出来なかったのは、りんごの芯をくりぬくところだったよね?
じゃあ、見ててね」
「あーい」
ナイフ片手に「剥いた林檎はすぐに変色してしまうからすぐにやらなきゃ」と呟いたフィガロ様はレオ君に説明しながらまずは二等分、四等分と切って、さっきと同じ八等分になってから林檎の芯を取り除いた。
「あー、先に皮をむいて、切ってから芯を取りましゅか」
「うん。これがさっきルジアダが林檎の芯をくりぬいた魔法と似たようなナイフの使い方だと思うよ」
「じゃあ、うしゃぎしゃんの耳にしゅるにはどうしましゅか?」
「あー、そっか。
じゃあ、次はウサ耳のナイフの使い方を見せるね」
「あいっ。
よろしくお願いしましゅ」
元気の良い返事と尊敬のまなざしに気を良くしたフィガロ様は、もう一個をまず六等分に切って、器用に切れ目を入れてうさ耳に林檎の皮をむいた。
「ほおっ、分かりましゅたよ。
フィーしゃん、ありがちょ。
これで僕はできると思いましゅ。
早く後片付けしましょう」
フィガロ様がまさかナイフで林檎の皮剥きができることも知らなかったが、レオ君がどんどん子供らしく滅茶苦茶自己肯定感マックスで「わかりましゅたよー」とガッツポーズをしてシャールに認めさせようとする姿に笑ってしまう。
「早くお部屋に戻って、シャールしゃんとレオおにーしゃんに見しぇましゅよっ」
「なんでそこでルジアダじゃなくてシャールと学園長なの?」
「さあ。
学園長はやっぱり最強だからじゃない?」
フィガロ様は学園長が魔族の中の吸血鬼だとまだ知らないしもちろんシャールが精霊だということも知らないので、適当に誤魔化しておいた。
「しょーでしゅ。
レオおにーしゃんみたいに強く、シャールしゃんみたいに料理じょうじゅになりたいでしゅからね」
「ルジアダ、強くて料理ができるって……レオ君はいったい何を目指してるの?」
強くて料理ができる魔族の子。その先は……。
「わかんない」
フィガロ様の質問に私も肩をすくめるしかないのであった。




