妹の苦労
「お父様もお母様も、わが親ながら、アホなのです。
あの香水のどこが薔薇のいい香りなのか全然わかりませんでしたわ。
本物のシュルツの香水の香りもろくに分からないくせに、王太后様から勧められたからといって、それを鵜呑みにして使い出すんですのよ。
それはシュルツ王国から輸入されたあの国の名産品の薔薇の香水の香りとは違うと言っても、知ったかぶりして「子供のお前にわかるはずがない。王太后様が分けてくださったから本物だ」って言い張って。
本当に、あの王太后様のおかげで色々大変でしたわ」
「は?
エロイーズ、君、滅茶苦茶香水臭かったけど?
僕は密かに君が婚約者とのルーと会うときもあの香りを漂わせていたら、彼がどう思うか心配していたんだよ」
どこか大人ぶった感じで華奢な肩をすくめて「ふうっ」と溜息をつく妹に容赦なく突っ込むフィガロ様。
「フィガロ様、臭いとは酷いですわ。
それに、私、ルー様と会うときは絶対香水はつけませんから大丈夫ですの。
彼が今年から魔法薬の研究の勉強を始めたから、石鹸も無臭を使って、嗅覚に気を付けているし、最近、苦手な香りが漂う王宮には父親の宰相様がいらっしゃっても近づきたくないって聞いておりますから、彼が香水嫌いと聞いて安心しておりましたわ」
「いやいや、エロイーズ。
王宮で会うたび、君、滅茶苦茶香水の香りがきつかったけし、あれで香水嫌いなんて言われても」
「まー、失礼ですわね。
今日は臭くないでしょう?」
「それは確かにそうだけど」
「普段はつけていませんわ。
王太后様は香水を皆に配っていらっしゃいましたけど、私は受け取っても使いませんでしたの。
王太后様の部屋のあの匂いを嗅ぐとすぐに頭がぼーっとしてしまうと分かってから気を付けておりましたのよ。
頭がおバカになりそうな気がして。
でも、使わないとお父様達が「王太后様に気に入られるために付けろ」と口うるさいので、お小遣いを使ってロアーヌ商会で売っていたシュルツ王国の商品で、薔薇によく似た香りがする草の精油を厨房の油に入れて使いましたの」
「は? 厨房の油?」
「ああ、お姉様はずっとおじい様のお城に住んでいらっしゃるからご存じありませんね。
我が家は、お母様の美容狂いで、食用油もお肌に塗っても食べても良いという謳い文句のものを購入していたんですのよ。
特に最近、私が若い頃のお母様の再来だと言われるようになってから、お母様はまるで娘の私を目の敵のようにされますし、若返ると聞くと食べ物でも薬でもすぐに使用人を買いに走らせますし、お父様はお父様で若い父親に見られたいと若い男性の間で流行りの細身の服や、アクセサリーを買い求めて。
若さを保ちたいなら、明け方までの夜会に行くのを止めればいいのですわ。
我が家の使用人にもいい迷惑ですし、「お金が足りない足りない」と喚かずに済みますのに。頭に脳みそはあるのでしょうか。
もう、本当にエルランジュの家から離れて暮らすお姉様が羨ましくて羨ましくて」
「エロイーズ……」
あの両親の許で育った子供なのか?と疑いたくなるような妹の両親に対する愚痴。
いや両親が反面教師になってしまったのか……やたらしっかりしているし、どこか、なんて言っていいのか。
サクランボのようなプリッとした愛らしい口元を歪め、クリッとした猫のような丸い目を怒りで釣り上げ、鬼の形相で機関銃のように話す姿は「王都の薔薇」というよりも王都の鬼薔薇というか、私より四つも下なのに、顔が整っているから余計に迫力が増して怖い。
若干引いてる私に気が付くことなく、妹の両親への恨み節は続く。
「あら、話がそれてしまいましたわ。
そう、その油と精油のお話でしたわね。油に薔薇の精油とあの甘ったるい香りに近い南国の花を使ったとかいう精油など何種類かを混ぜてみましたの。
そうしたら、よく似た匂いになったものですから王宮に行くときはそれを使って行っておりました。
でも、やはりあの王太后様のサロンの時間は、あの匂いで頭がぼーっとしてしまいましたわ。
私はお姉様と違って魔力も少ないですから、少しでもお勉強しないとルー様に申し訳ないのに、お父様もお母様も勉強より作法だとか社交だとか最近口うるさく言い出して、行きたくもない王太后様のお茶会メンバーに選ばれてしまいますし、勉強時間は削られてしまいますし困っておりました。
いくら美しかったというお母様に似ていても、若い間のもてはやされる美しさなんて限られた期間だと今の若作りに必死になるお母様を見ればよくわかりますわ。
最近は若いメイドにはとりわけきつく当たってますし、高い化粧品や王室御用達という一段と高いお針子さんの店に服を次々注文したり、理髪師も髪がいつまでも美しく保てるという謳い文句を掲げる者を次々呼び寄せ、中にはいかにも怪しげな者もおりました」
「はあ?
お母様ったらそんなことし始めたの?」
「ええ。
詳しくは知りませんけど、半年ほど前からお父様が若い女官と懇意になって、差し入れするお菓子とか小物を買ってお贈りしていたことを聞いてから必死になったみたいで。
ですから見かねた家令がお父様に忠告も兼ねて家計の報告をしたんですけど、若い使用人のお給金を減らすか人員削減をしろと仰って、良い使用人はこの数か月でどんどん減って、他では働けない年齢の古参の者か、良いお家では能力が若干足りない若い者になりました。
だから、私がこの度王宮に呼ばれた時に、もし使用人を連れて行けば、家の中が回るか不安でしたので、一人で来たのです」
「はあ?
まさか、そこまでうちの中がおかしくなってたの?」
「ええ。
でも今回この話もおじい様に伝えましたから、改善されるんじゃないかと思いますが」
「そう。
それは大変だったのね。
それで、その……お父様って浮気してたの?」
「事実は知りませんけど、贈り物はしていたそうですわ」
うわー、どうなんだ、この展開。
もし、ただでさえこの前の騒ぎで心象最悪な中、そこに若い女官と宮中不倫疑惑なんて話が陛下達に聞こえていったら、最低最悪じゃないか。
いや、とことんこのまま悪事を知られて叱られた方が反省していいのか?
まさかのお父様の浮気疑惑にドン引きである。
あー、感受性豊かな年頃の娘二人を持つ父親の行動とは思えないわ。
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