陛下の話
陛下達はというと、この部屋に来る前は学園長と一緒に昨晩の被害を見て回った後、休憩兼昨晩大活躍だったレオ君の状態を見ると言う名目で昨日の今日なのに魔導塔にいらっしゃったそうだ。
「レオのああいう姿を見ると、ほっとするな」
「可愛らしいですからねえ。
私も昨晩レオ君が素晴らしい魔法を使う姿を見たかったです。
ルジアダさんも体調は大丈夫ですか?」
「はい。陛下も宰相様も将軍様もお気遣いありがとうございます。
ですが、ここにいてよろしいのですか?」
「ええ。ここでちょっと一息といいますか、今日は昨晩の影響で半分くらいのものが出仕してくれたのですが、頭痛や体調不良を訴える者が多かったので、昨日の今日ですし、本日は必要最低限動かねばならない部署以外は休みにし、体調不良の者は下がらせたので、我々は瓦礫の山の確認と、昨晩の怪我人の見舞いと、あの蛇に飲み込まれた者達の身元確認を終えて、ちょうど区切りが良かったので、こちらに来たのです」
と、お三方ともレオ君が離れると先ほどまでの満面の笑顔が風船のようにしぼみ、国王陛下、宰相様、将軍様はものすごく疲れた顔、学園長も珍しく顔が強張っていた。
陛下に関しては、昨晩の例のあの箱を閉じるときの恐怖は相当だったみたいで、国の頂点に立つ者には不似合いな恐怖感というか、怯えのような表情が残っていた。
そして、皆、一旦ソファに座ると、まず陛下が昨晩、あの例の箱を持って牢へ向かってからのことを話してくださった。
「あの後、レオンハルト殿から渡してもらった幻視の指輪を使って牢屋の手前で見張りの騎士の鎧を纏ったシャキラ商会の社長秘書に見えるよう変身したのだ。
そして、手に持った憤怒の眠り箱を盆の上に乗せ、ただの箱に見えるようにした。
ルジアダが「憤怒の眠り箱」の中の栗を取り出し、牢屋にあった使えない昔の鍵を代わりに入れ、出した栗は盆の上に乗せ「幻視の指輪」と「精霊封じの石」に見えるように念じた途端、ただの栗が指輪や石に見えた瞬間は本当にびっくりしたぞ。
あれは一緒にいた牢の番をしていた兵も変身した余の姿を見てびっくりしていた。
はじめてあの指輪を使ったが、あの指輪は触れた物の先の先まで変化させることができるみたいだな。
例えるなら、余がフォークで肉を刺したとしたら、そのフォークから肉まで変化させられるようなものだな。
ただし、指輪をしている者の体から一旦離れては元に戻ってしまう。
だから、栗は余から離れてテレジアに直に触れさせてはダメだと改めて実感した後は、とにかくテレジアの前に行ったのだ。
そうしたらあいつは俺の顔があの男に見えたのか、兜を取って顔を見せた途端、側に駆け寄ってきた。
しかも「王太后は操れるようになったか?」とか「あの「憤怒の眠り箱」を使ったのか?陽動は旨く行ったようだな。やっと出られる」と嬉しそうに言うのだ」
「ということは、やはりテレジアは逃げることが出来ると確信していたんですね。
すでにあの男が王太后様のことは操ることが出来ると。
そして、あの「憤怒の眠り箱」を脱出手段ごときに使うとは、彼らの逃げた一人がまだ何かあの箱に匹敵する魔道具を持っている可能性もあると……」
「そうだ。まだ目が覚めぬと言うことは、重度の催眠状態なのではないかと魔導士の判断だ。
母はすでに奴らの駒の一つになれるほどの状態になっていたのだろうな。
そして、ルジアダのいう通り、あのような脱獄程度でこの大陸では封印されている魔道具を二つも使うとは、もしかしたら逃げた奴は、まだあの魔道具を持っている可能性もある上に、あの二人以上に手強い相手かもしれんと考えておかねばならん。
……ああ、話がそれてしまったな。
それで、テレジアは「ここを抜出したら、しばらく三人で大人しくしているか」と提案してきた。
つまり、そこでもう一人仲間がいることが分かったのだ」
なるほど。
さっき騎士さん達から聞いたテレジアの仲間が分かった話はこれか、と思いながら、陛下の話に「そうなんですか」と相槌を打った。
「だから余をあの社長秘書だと思っているテレジアから情報を引き出そうと思い「あいつの行方が分からん。裏切ったのかもしれん」と試しに言ってみたら「ここに幻視の指輪があるってことは、あんたが一つ、目の前に一つ。指輪は二つしかない。あいつは指輪を持っていない。素の姿のまま留守番で待機していたあいつが逃げられるか?できるわけがない」と言い放った。
とにかく共犯者はシャキラ商会の番頭という男だとわかったから経理をやっている男だろうと目星はついた。
となると、奴らの背後で操っていたのは、シャキラ商会の社長なのか、それともまた別の誰なのかを知りたかったんだが、テレジアが牢の柵から手を伸ばして箱の中の鍵を取ってしまったんだ。その瞬間、蓋が閉まってしまった。
蓋が閉まった途端に箱が牢屋の中全体を照らすほど強く光ってな。
しかも強烈な光とは反するようなどす黒い鎖が伸びてあの女を縛って……特別牢の囚人のテレジアには魔法が使えない枷がしてあったのだが、彼女は驚愕と恐怖の表情のまま意識を無くし、今は昏睡状態だ。
先ほどレオンハルト殿も彼女を見たが、彼女は目覚めたとしても魔力は全く残っていないらしい。
あれを目の前で見たが、光も一瞬、あの禍々しい鎖も、あの女が倒れたのも一瞬。
その後は、箱が静かに盆の上に閉じた状態で転がっていた。
遠くで隠れて見ていた兵達も唖然としていた。
側にいた余も魔力を無くしていないか恐怖で震えた。
あれは本当に恐ろしい魔道具だと身をもって知った」
「あれを初めて見た者で恐ろしいと感じない者はおらん。
あれがどれほど禍々しいものか、人間が作った最悪の遺物だとわかっただろう?」
昔、実際にその道具を使われる光景を何度も見たことがある学園長の表情は険しいし、シャールの表情も硬い。
「しかし、そうなると、シャキラ商会の社長があれらを集めろと言った今回の黒幕なのですか?」
「いや、まだ詳細は分からんがシャキラ商会の社長一家も重要参考人として召集されたと聞いたが……、彼らは複雑かつ強烈な洗脳をうけ催眠状態だという報告が上がっている。
世間話などはまともに喋ることが出来ているようだが、難しい話になると人形のように固まって話さなるようで、あの社長もその家族も小さな社長の孫までその状態らしい。
ここ数年は社員達は挨拶は別として誰も直接社長と喋ること殆どなかったらしい。だから誰も社長たちがおかしいと気が付かなかったみたいだ」
「俺が治してもいいが……、急に戻したら心がもたんかもしれん。
あれは王太后と同じように治癒の能力が高い者が徐々に治していった方がいいものだろうな。
とにかくあとは社員の話でどれだけあいつらの話が聞きだせるかだが……難しそうだな」
陛下達の懸念はシャキラ商会が彼らが行っていた人身売買や臓器売買の取引にどこまで関与していたのか捜査をしていくのだとか。
また、昨日、社長秘書を手引きした王太后様に関しては、まだ王太后様が意識を回復しないので何とも言えないが、蛇がまき散らした匂いに操られた人間は王太后様が配った香水を愛用していたことから、昨夜その香水の成分を調べるように徹夜で魔導塔の研究室がフル稼働した。その結果、今朝、件の香水からは、思考回路を麻痺させ催眠状態に陥らせる中毒性の麻薬の一種が混入されていたことが判明した。
その香水はシャキラ商会が王太后様の許に納入していた薔薇の香水で、シュルツ王国の香水とは成分も全く異なっていたが、シャキラ商会が扱う香水だけでなく、国中の香水が品質検査という名目の国王命令で回収される予定だという。
そして、私が魔導塔に居たことが両親に伝わった経緯も解明された。
私達がレオ君を連れて王宮を訪れた初日、レオ君の保護をしてくれようとしていた女性騎士さんが、以前から王太后様から勧められた香水の愛用者で、ここ最近シャキラ商会の社長秘書に連日会っていたことが目撃されていた。
その女性騎士さんももちろん早急に取り調べの対象となったが話を聞くと、彼女はその男に会った記憶はあるが、なぜ自分が社長秘書に会っていたかという目的も覚えておらず、会話の内容の記憶もなかったという。
そして、お父様達は、私達を訪れる前に王宮の廊下で王太后様のところに納品に来ていたシャキラ商会の社長と社長秘書に接触していたという複数の目撃情報があったことから、レオ君が私と一緒に保護されていることを女性騎士さんから聞いた社長秘書が、両親を操って私の元に寄こしたのだろうと推測された。
陛下はその女性騎士や香水愛用者からあの男にどんな話が漏れているのか心配していたけれど、とにかく私の許に両親が突撃してきたルートはこのルートが濃厚らしい。
ちなみに両親はその後再度の取り調べて、私の居場所を誰から聞いたか覚えておらず、エロイーズの名前を出したのはそう言えと誰かから指示を受けた記憶がぼんやりあると答えたらしい。
妹にしてみたら、とんだとばっちりだろう。
きっとあの社長秘書はレオ君をエルランジュの屋敷滞在中か、王宮からエルランジュの屋敷に連れて行く間に誘拐したかったのではないだろうか。
両親は今のところ、操られていたことは確かだが、取り調べ時の態度がかなり高慢な態度だったらしく、将軍様の怒りも買ったようで今後この事件が落ち着いたとしても、留置所から自宅謹慎との命が下っているとか。
なんてこったい。
そんな親を持つ子供としては頭が痛いよ。
本来、操られていたのならそこまでの罰はないと思うけど、二人の態度の悪さと、今まで両親が娘二人にどのように接していたかという話を陛下も若干ご存じのようだし、あとは両親に対し私と妹の婚約解消を勝手に遂行していた話も含めて腸が煮えくり返っていたおじい様と宰相様の圧力がかかったのかもしれない。
とにかく、両親にはこの謹慎中に大いに反省してほしいものである。
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