儀式は「試練」だった
彼の喜ぶ顔を思い浮かべて、柄でもないが悦に浸る。
「ルジアダさーん、準備ができましたよー」
風の魔法で一気に渋柿をちぎってしまうのは味気ないので、フィガロ様は喜ぶ顔を思い浮かべながらリュックとは別に肩掛けの魔法の収納袋から取り出した紙袋に熟れた実をちぎって、放り込んでいると、神殿の門の方から出てきた若い神官見習いのサミュエル様から声を掛けられたので戻ることにした。
「これ、今ちぎった柿です。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます。トーマス様が干し柿好きなんですよ」
「そうなんですか。じゃあ、ぜひ今ちぎった分は全部持って行ってください。
朝、来る途中に結構収穫したんで、あまり多いと戻ってから「何しに行ったんだ」って学園長に怒られそうで」
「はははっ、では、遠慮なくいただきましょう。
今日は天気が良いので、外で絶景の場所でご用意いたしましたよ」
サミュエル様に案内されたのは、神殿の裏の山の渓谷の眺めることができる日当たりのいい場所。
「こんな美しい景色を眺めながら、美味しいお肉がいただけるのもご褒美ですね」
「朝は「こんないい山の景色を見ながら美味しいチーズがいただけるのはご褒美ですね」とおっしゃっていましたな」
ふぉっふぉっふぉと笑いながら慣れた手つきでまるで子供のように背が低い頭がツル……失礼、眩しい頭をした顎髭の長い姿の麓村の村長が、野菜、肉、魚が刺さった串に自家製だというタレをつけ、石を積み上げただけの簡素な野外用のコンロの上で串をかざす。
先ほど柿をちぎっていた時に風に乗って漂ってきたのはこの香りだったのか。
「まさか朝一番で村に注文なさりに来た学生さんは、この老いぼれが生きている間はあなたが初めてじゃ。
ご注文の品は村に置いてありますからな。しかし、ケーキはともかく、チーズは大きな塊でしたが、三つも買われて収納袋に入りますかな?」
「はい。この魔法の収納袋はたくさん入りますし、物を入れても重さは感じませんから大丈夫です。
帰りに寄らせていただきます。
学園長から教えていただいたので、学園長には絶対お土産で持って帰りたいんです」
「なるほど。さあ、皆さま、まずはこの鹿肉からどうぞ」
差し出された鹿肉を頬張ると、若干癖はあるが熱々でジューシーな味が口の中で広がる。
うーん、美味しい!
「美味しい!本当にこの良い景色といい、本当にご褒美ですねえ」
「あの栗や柿ですね」
「あ、今とってきた渋柿もよかったらお供えしてください」
先ほどとった渋柿が入った袋を指さす私のセリフに三人が顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「今日はお供え物もたくさんあって神様も精霊様も喜ぶでしょう」
今朝は神殿に着く前に村長さんの家に立ち寄って店を教えてもらい、チーズケーキやチーズを注文後、村から神殿までの道中でたわわに実る甘柿や栗を見つけるたびに収穫して、幾つかは神殿のお供えに捧げたのだ。
「本当に朝から楽しんでいらっしゃったようですね。
この儀式は選ばれた学生には「試練」のはずでは?
十年前、今の国王様と年が離れた王弟殿下が十八歳の時、このお役目を失敗なさって留年なさった話はご存じでしょう?
前回は僕もフィリパ学園に居ましたが、自分じゃありませんように、って僕を含め十六歳以上の学生はほとんどが思っていたはずですよ」
「そうですなあ。この「試練」に立候補なさった学生さんは珍しい。
しかも理由が麓の村のチーズケーキとチーズとは。先ほど村長から話を聞いて笑わせていただきましたよ。
確かに村のチーズケーキは絶品ですからな。フィリパ学園の学園長が酒のつまみのチーズを買うついでにいつも奥様用にケーキを買っていくと我々も聞いていますよ」
食欲の秋。出された食事を堪能し、食後、村長が持っていた紙で包んだキャンディ状のチーズを貰って頬張ると、程よい酸味とコクが口いっぱいに広がった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
食欲を満たした後は、トーマス様達は午後のお勤め、村長さんは片付けが終わったらそのまま村に帰るというので、私は腹ごなしに渓流沿いを散策することにした。
飛翔の魔法を使うと空に体が浮く。
一気に渓谷の下まで降り下まで行くと、いきなりこの山には生息しないはずの毛並みが美しい猫ならぬ白地に黒の縞模様の子虎が木立の奥から顔を出した。
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