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王太后様ご乱心?

誤字脱字報告ありがとうございます。大変助かりました。ありがとうございました。

「これっ!

 攻撃するな。それよりも逃げるんだ」


 慌てておじい様が止めて火の玉は消えたが、レオ君がおじい様の腕の中で暴れる。


「レオ君、ダメよ」


「うみゅー、止めにゃいでー!

 あいちゅをやっちゅけりゅ!」


「勝てる相手じゃないとやっちゃ駄目だと言ったでしょ?

 まだレオ君には相手の強さが分からないでしょう」


「はっ、しょうでしゅた」


 魔法が使える幼児レオ君。

 私を始めレオ君が師匠と崇めるシャールや学園長から「勝てない敵、知らない敵には攻撃する前にまず逃げるように」と教えてあるのだ。


「とにかく、あの得体のしれぬ蛇から逃げろ」


 おじい様が双頭の蛇の様子をうかがいながら、大きめの窓の方に誘導する。

 その間、蛇に向かって槍を持つ騎士達がその木の幹ほどの太さの胴体を突いても鱗ではじき返され、魔導士達が捕縛の術をかけても消されてしまい、逆に相手から強烈な電撃の一撃を防ぎきれずに何人もバタバタと倒れていた。


「うわあ!

 化け物だ!」


「どこに逃ればいいのっ?」


 大広間に集まっていた大勢が蛇の異様な強さにおののく中、更に呑み込まれた犠牲者の姿が見えた。


「結界魔法が効かないぞ。

 丸呑みされるぞ!

 逃げろっ」


 どうやら逃げ遅れて足をもつれさせた女官二人を守ろうと周囲の方々が結界魔法で守ったみたいだが、蛇はそんなものものともせず二つ口に交互に丸呑みしたようだ。


 大広間はさらに恐怖の渦に飲み込まれ、しかも一部逃げまどう人たちが倒れた勢いで、人が将棋倒しのように倒れていく。


「落ち着けーっ!」


「慌てるなっ」


「冷静になりなさいっ」


 陛下をはじめ、まだ状況判断ができる大人が叫ぶ声が響く中、人を吞み終えた蛇が辺りに響き渡る声で喋った。


「ふん、これで少し補充できたな。

 そこの魔族のガキは後でいただく」


 あの蛇、目的はやはりテレジアか?

 鎌首をもたげた双頭の蛇はレオ君がいる私達の方を一瞥した後、背を向け、辺りを見回し始めた。


「王太后が所望したオルゴールだから届けてくれと言って侍女に渡したのに、侍女風情が主人の王太后に渡す前に先に外で開けるとは、王宮の侍女の躾がなっとらんな。

 やっと今日王都に持ち込んだ「憤怒の眠り箱」を、王宮の外で開けられたとは誤算だ」



 ということは、外で暴れている魔族というのは、その箱から解き放たれた魔族。あの箱から解き放たれたモノは、封じられた間の怒りを解き放ち、狂ったように破壊行為を行うと聞いた。

 そうなると、この王宮の外は……。


「まあ、その愚かな娘は好奇心で死んだわけだが」


「まさか「憤怒の眠り箱」を王太后様に? どういうことだ?」


「宰相っ、余計な口出しはするでないっ」


 宰相様の追及を遮るように叫んだのは、豪奢な金刺繍が入ったモスグリーンのドレスを纏った王太后様だった。


 蛇に向かって恍惚とした表情を浮かべ王太后様は、なんとその蛇に向かって深々と頭を下げた。


「精霊様、私の侍女が躾がなっておらず失礼いたしました」


 馬鹿な!

 どうみてもあの蛇が「精霊」だなんて、ここにシャールが居たら、王宮吹き飛ぶくらい激怒モノの大間違いだぞ。


「はあ?」


「王太后様、お気を確かに!」


 もちろんそんな彼女の言葉にあたりから驚きの声が上がる。


「やかましいっ!

 本来ならテレジア様をお助けするために「憤怒の眠り箱」は中で開けて、我が愚息の不始末を愚息どもの命で払わせようと思いましたのに、この者共のでよければいくらでも屠りください」


「なっ!

 一体何をおっしゃっているのですか!」


「しかも王宮に「憤怒の眠り箱」を持ち込んだ怪物に、王太后様ご乱心だッ!」


 他の貴族が似たような罵声や叫び声をあげても、王太后様には蛙の面に水。


「母上っ、正気か!」

 

 実の息子の陛下の叫び声すら耳を貸さず、王太后様は罵声も何もかも無視して蛇に語り掛ける。


「精霊様、お探しのテレジア様はあちらでございます。

 あの扉の前の者どもを蹴散らして進みましょう」


「母上っ、こんなものが精霊様であるはずがない」


 陛下と宰相様が泡を食ったように目の前の蛇から多くの女官に囲まれている王太后様の方に視線を向け、発言を食い止めようと歩みを進めた。


「王太后様、何をおっしゃるのですか!

 お気を確かに!」


 思いもしなかった王太后様の言動は、更に辺りに混乱を与えた。

 しかも鎌首をもたげた蛇は王太后様の言葉に従い、彼女が示した人々が集まっていた扉の方へ体を動かしはじめたものだから、扉から我先に逃げようとしていた人達は扉の前から逃げるしかない。


 しかも運悪く蛇の進行方向で腰を抜かして動けない人間は老いも若きも、男女関係なくどんどん丸呑みされていくのだから。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が再び開始されようとしていた。


「先にテレジアに会いたい」


「ご案内いたします」


 取り巻きの女官達の間から抜け出した王太后様が、蛇を誘導するかのように、扉の方に案内しようとし始めた。


「母上を取り押さえろっ!」


「王太后たる私に何を言うのですか。皆、私を守るのです!」


 陛下の命に反し、王太后様の周りにいる多くの女性達は王太后の言うまま、ふらふらと幽鬼のように王太后様を守るように取り囲み、何人もの貴族や官僚が兵士たちの行く手を塞ごうと素手で襲い掛かかった。


「母上、正気に戻れ!」


「陛下と宰相様を守れっ」


 正気の人達が陛下の命に従い、操られたかのように動く王太后様付きの女官達に素手や魔法で相手の動きを封じようとする。

 だが、王太后様付きの女官達を始め、なぜか一部の貴族や官僚までもが蛇を先導しようと動き出し、蛇を攻撃しようとしていた騎士や魔導士の人員がそっちに流れてしまった。


 陛下と宰相様が前に進もうとする蛇を自ら止めようと自ら魔法を繰り出すが、王宮内を破壊しないように気を使ってなのか、今日学園長とやらかした時のような派手な攻撃魔法ではなく、蛇に対して何度も捕縛魔法を繰り出して失敗する。


 そんな中、若い官僚の一人が、我が身可愛さに窓を開けて外に逃げようと飛び出した。

 その時だ。


 ちょうどおじい様が私達を外に出そうと明け放した窓からと、逃げようとした人の開けた窓から秋の冷たい強風が吹き込み、窓のカーテンをバタバタとなびかせた。


 寒いと首をすくめながら、ふと充満していた甘く溝臭いと言うか、吐き気を催すような香りが薄らいだような気がした。


 しかも王太后様を守っている人たちの動きが一瞬止まったような……。


「ルジアダ、中のことはいい。窓から逃げろ」


「でも今……」


 おじい様に言うべきか?


読んでいただいてありがとうございます。

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