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目覚めた精霊

「レオ、ルフというのはな、この国の、我々のレベッキーニ王室だけではなくレジネール王国を守る偉大な精霊なのだ。

 余は本に描かれたルフしか見たことがないが、炎の精霊で、羽を広げるととても大きな美しく強い火の鳥だという」


「んー、まだお怪我が治ってにゃいから弱いと言ってましゅたよ」


 若干興奮したような国王陛下の声にシャールの腕の中で再び赤い毛糸の帽子をかぶったレオ君が首を傾げる仕草は愛らしい。

 今私達は陛下の執務室から王宮の神殿奥部へ向かっている。

 レオ君の夢の発言は、神殿での奥の森で羽を休め眠る王室の守護精霊ルフの姿そのままだったらしい。


 ルフを見たことがないはずのレオ君がその姿をまるで直接見たかのように話すものだから、陛下が将軍を神殿へ走らせたところ、ちょうど神殿からも先代のジルレ侯爵でフィガロ様のおじい様が小走りで「ルフ様が目覚めましたが「魔族の子とその世話をしている者達を陛下とともに」とおっしゃっております」と陛下を呼びに現れたのだ。

 陛下はその報告に驚愕の表情を浮かべ「ルフがレオを呼んだのか」と言い、私達はレオ君の同行者としてそのまま神殿に向かうことになったのだ。


 陛下の執務室から王宮内のホールから中央の廊下を通る通路ではなく、なるべく人通りが少ない中庭に面した回廊を抜け、王宮から奥の庭を突っ切って神殿に向かう。


「そうだろうなあ。

 ルフは先の戦争でシュルツ王国の「憤怒の眠り箱」によって力を奪われてしまい、眠らざるを得なかったのだ。

 当時の魔導士団長のエズミが捨て身の戦法で箱を開けねば、ルフはシュルツ王国に奪われてしまっておったかもしれん」


「ほお!

 その、しゅりゅ、しゅーつは悪いやちゅでしゅか?

 やっちゅけりゅ?」


「そうだな。今のシュルツは良い国になっているはずだぞ。

 五十年程前、当時の悪いシュルツ王国が攻めてきて戦ったのだ。

余も生まれる前の話だが、余のおじい様の部下がすごい魔力の持ち主でな。ルフを助け、国を救ってくれた」


「おいおい、ルドルフ。

 目が覚めたルフに会えるのが嬉しいのは分かるが、そんな大声で喋ってていいのか?

 俺達は一応幻視の魔法がかけてあるとはいえ、声までは」


 確かにすれ違う人は、相手がだれか認識できないのか、通常陛下とすれ違う際は、立ち止まって礼をするのが慣例だが、皆、術のせいでただの会釈で声を掛けることもなく過ぎ去っていく。


「ああ、すまん。レオンハルト殿」


「しかし、良いのか?

 宰相や将軍を差し置いて俺やエルランジュ達が同行しても」


「何を言うのだ?

 呼ばれたのは余ではなくレオ達だろう?

 今回、余はおそらく付属だ」


 小高い丘の向こうに見える白い神殿に辿り着くと、神殿の入り口には肩に白い鳩の姿の精霊を乗せた黒髪に蒼い瞳の現ジルレ侯爵様、すなわち、フィガロ様のお父様が待っていた。


 陛下を呼びに来たフィガロ様のおじい様の話だと、テレジアから受けた傷の治療の一環で、神殿の奥の禁足地の泉から流れる川の水を汲み入れた沐浴の部屋でイラリオン様が水を浴びていたところ、突然イラリオン様が知りもしないはずの禁足地に向かう通路へものすごい速さで体をくねらせて移動して扉を開けると、そこには大きな炎の鳥、このレジネール王国の守護精霊ルフが空から舞いおりてきて、必死でイラリオン様の後を追ってきたフィガロ様のおじい様とお父様に、レオ君と私達を呼べと、夢でレオ君に会いに来るように伝えたと告げたそうだ。


 今まで王宮の神殿には一度も入ったことはないが、正面から入ると、奥にドーム型の天井があり、天井の天窓から光が入るようになっている。


 その奥にはこの国で子供のころから話を聞く、知恵と芸術の女神ソフィアや嵐の神バアル、戦の女神ドゥルガルなどの神の彫像があり、その彫像の前には大きな祭壇が設えてある。


「こっちだな」


 陛下に促されるまま、その祭壇の横を通り過ぎ、細い通路を通ると、その奥にさらに扉があった。


 そこから先は「精霊の森」と呼ばれる広大な森が広がり、森の奥の泉から流れる川から向こう側は呼ばれたもの以外はたとえ国王だろうと入ってはならない禁足地。

 そして今、その川の向こうから、青い翼に、赤い頭と尾羽に白い体の大きな鷲が空をゆったりと旋回し、翼を広げてゆったりとこちらに飛んできた。


 空をゆったりと飛ぶ、大の大人より大きな大鷲に怯えることなく笑顔で手を振るレオ君は、夢で見た姿が現実と同じだとすんなり受け入れているのか、シャールの腕の中から「ルフしゃーん」と呼び掛けている。


 大鷲は私達の目の前でひらりと優雅に大地に降り、翼をとじた。


 見れば見るほど鮮やかで、荒野で見たことがある鷲とは全然色が違う。まるで海の向こうの暖かい島国の鮮やかな鳥の様だ。


「レオか。よく来た」


 鳥なので表情は分からないが、男性とも女性ともとれる中性的なしっとりした声が聞こえると、レオ君はさらに笑顔で答えた。


「はーい、ルフしゃん。やくしょくどおりきましゅたよ。

 おーしゃまと、レオおにーしゃんと、シャールしゃんとジジしゃんと一緒でしゅ」


 無邪気なレオ君とは裏腹に、陛下はすぐに片膝を地面につけ、右手を左胸にあて頭を下げたので、レオ君を抱いていない私もすぐ陛下を見習って片膝をついた。

 おそらく陛下も、初めて会う精霊様に丁寧な挨拶をしようとしたのだろう。

 でも大鷲の姿の精霊ルフ様は首を傾げ、頭を下げて挨拶を始めようとする私達を見て「いらぬ、王も娘も立て」と止めた。


「堅苦しいのはよい。

 今の王よ。

 すまぬな。本来ならそなたが生まれた後、顔を見に行かねばならなかったのだが、遅くなってしまった」


「ルフ様……」


「そなたの子供達も、我がまた呼んだら連れてくるがよい」


 まさか代々王家をいや、国を守る精霊から謝罪を受けると思っていなかった国王陛下は、感動したのか心なしか目が潤んでいる。


 そして、その大鷲の金の目がこちらに向くと、声を掛けられた。


「そして、レオの夢の中で話は聞いたが、そなたがジジか」


「はい。本来の名はルジアダと申しますが、レオ君は呼びにくいので、ジジと」


「ふむ。では、我もジジと呼ぼう。

 ジジ、我らが同胞、イラリオンが素の姿に戻っても、その姿に臆せず助けようとしてくれたおぬしには感謝する。

 イラリオンからもヴェスパ山の話は聞いた。

 そなたはバアルの剣の儀式を行った後で、精霊封じの石を持つ者と戦おうとするとは大したものだ。

 そして、ラインハルト、しゃ……」


「あきゃあー!

 ルフしゃん、メーなのっ!」


 学園長とシャールに話しかけようとしたルフ様に向かって突然大声で叫びだし、シャールの腕から大鷲の精霊様にとびかかろうとするレオ君によって厳かな場の空気は崩れ落ちた。


 いきなり大声を出したレオ君は、周りの雰囲気など全く関係なく、小さな手をひらひらさせてルフ様を手招きし、頭を低く下げたルフ様の耳元で何やらごにょごにょ囁いた。


 いやはや。魔族だからだろうか。

 精霊様相手にも場の空気も読まない大物レオ君である。


「ふむ、……なぬ?

 そうか。レオ、すまなかったな」


 内緒話はどうやらレオ君様が納得する形で終わったらしく、話し終えた後「ほーっ」と小さな胸をなでおろしていた。

 どうやら言いたかったことは間に合ったらしい。


「呼び出しておいて、本題に入らずすまなかった。

 呼んだのは他でもない。

 我が本復する前に目覚めたのは、我の近くに「憤怒の眠り箱」と同じ魔術の気配を感じたからだ」


 先ほど執務室で話していたまさかの可能性「憤怒の眠り箱」という単語を、目覚めたばかりの精霊のルフ様の口からきいて、皆が目を見開いた。


「弱っている我が感じるほど王宮の近くに……ある。

 気を付けるのだ、ただそれを伝えたくて、我はレオの夢を借り、イラリオンに呼びかけ、神官にそなたたちをここへ呼ぶように伝えたのだ」


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