問題は山積み
国王陛下達が学園長と魔導塔で一戦を終えた後は、昼食後、再び陛下の執務室に行くこととなった。
学園長と、おじい様が参加したのは、今後の私とシャールやレオ君の対策を検討するためだ。
ただ、今日は珍しく昼食を食べた後、レオ君がお眠状態に陥って、昼寝を始めたので、執務室のソファでレオ君を寝かせてもらうことにした。
寝るときは赤い毛糸の帽子は邪魔になるので脱がせて、側に置いておく。
「レオはぐっすり眠ったようだな?」
レオ君の寝顔を確認した学園長が、私達がいる会議用の円卓に戻ってきた。
たまに「ぷすう」と鼻から息が抜ける音が聞こえてくるが、ご愛敬だ。
幼児なのにレオ君は王宮に来てからというもの昼寝というものをしたことがなかった。
「あれだけ興奮すれば眠るだろう。
学園長の真似をして見学席で魔法を繰り出そうとするからびっくりしたぞ。
さすが魔族の子だな。
今日はいきなり皆が使った風の刃に火の矢、水の膜に、光の球をつたないながらでも繰り出したぞ。
大きくなったら、学園長も叶わぬ逸材になるやもしれん。
とにかく、健やかに育ててやらねばな」
「確かに、シャールの言う通りだな。
聞いていた話では、保護してからずっと昼寝はしたことがないのだろう?」
「ええ。おじい様。
小さい子供はもっと眠るものだと思っていたのだけれど、夜まで絶対眠らないんです。
誘拐された後の心の傷なのかもしれないのですが、夜泣きも初日だけで、昼間はずっとそばにくっついて遊んでいるんですよ。
でも、聞き分けは良いし、物分かりが良すぎて、ちょっと心配なのです」
「親から無理やり離された恐怖心を押し込めて、子供なりに気を使っているのだろうなあ」
そう、小さな子供の面倒を丸一日ずっと見たことがない私が、いくらシャールや周囲の手助けがあってもできているのは、レオ君がいい子過ぎる。
確かにわんぱくなところがあったりするけれど、わがままを言ったりぐずることもない。
まるで小さな大人みたいだ。
「早く親元に戻してあげたいのですが、レオ君の親もテレジア……様の仲間に捕まっている可能性もある気がして仕方がないのですが、その可能性はどうなのでしょう?」
午前中、学園長が戦う姿を見て、ふと思った。
レオ君は出会ったとき、角が折れた個所を治療してもらう際、神官様の魔力だけでなくシャールの魔力を半分ほど必要とした。
となると、今はまだ愛らしい幼児だけれど、将来はシャールや学園長のようなかなり強力な魔族の大人になるだろう。
そして、その親だとしたら、子供が誘拐されたら、シャールや学園長のようにすぐ行動を起こしてレオ君を目標に飛んできそうなものだ。
確かに魔族や精霊だからと言って、自分が行きたい場所に移動できる種族ばかりではないと思うけれど、それができないということは、もしかしたら、親もレオ君を質にされて彼らに囚われてしまい。レオ君が助けられたことも知らぬまま囚われているか、下手をしたら……殺されているのではないかと思ってしまったりもして。
「よいよい、ルジアダ。余の前だからと誘拐犯のテレジアに敬称は不要だ。
そして、そなたの意見は分かる。
テレジアが持っていた「精霊封じの石」は、あれは世に出回ってはならん品だ。
テレジアが使った魔法陣もだが、仲間の能力が分からぬが、親も囚われてしまった可能性はあるかもしれん」
「ルジアダさんがおっしゃる通り、レオ君が誘拐された後、親御さんにも何かあった可能性も含め、「真実の目」を持つ魔族親子で、レオ君に姿に似た子供をもつ者がいないか問い合わせをしています」
若い頃は外交官で、出世して宰相にまで上り詰めたマイエルリンク公爵は、外交官時代の自分の交友関係も含めて問い合わせているが、芳しい返事がないと言って、表情を曇らせた。
「とりあえず、テレジアの片割れと思われる男についての追跡ですが、王都の北の関所でそれらしい自動車と人物の目撃情報がありましたが、それ以降がつかめない状況です。
北の関所からこの城下街までは残念ながら平野と林で住んでいる者も少ないですからね。
憲兵だけでなくわが軍の者も使って目撃情報を追い、林の中にも潜んでいないか探索させましたが、林の奥の開けた場所で野営したような火を使った跡があった程度でしたし、不思議なことに馬車はいくつか見かけたけれど、途中で自動車を見たという証言は消えているんですよ」
「自動車が見つかりませんか。
自動車は馬をつけて馬車のように使うこともできるのですよ。
動力の魔石の魔力が切れたら、ただの馬のいない馬車。
その時は馬にひかせて、しまえばそっくり馬車に見えます。
魔石の魔力が補充されるまで馬車として使えますからね。
ですが、将軍の報告を聞く限りもうその自動車はその林の中で灰になっている可能性が高そうですね。
野営のような跡が林であったとありましたね?
あの北の街道で野営するなどよほどじゃないとないでしょう。関所の外にも少し行けば宿場町がありますし、関所から王都の北側の門に入るまで半日もかかりません」
確かにそう言われたら、宰相様の言うとり、大怪我でもして動けなければまだしも、少し行けば宿がある場所で、危険な獣が出る林の中で危険を冒してわざわざ野宿などしないはずだ。
「ええ。宰相殿のおっしゃるような可能性も考慮して、北の門から入った馬車の足取りも追いましたが、ロアーヌ商会、リットン商会、シャキラ商会などの商店の者がそれぞれ支店を行き来する定期の馬車が数台、病気の親を見舞うために里帰りした嫁を送っていった文官の家の馬車、あとは辻馬車が数台で足取りは追えました。
しかもわが国では黒い馬車は商人が使う馬車の色と決まっております。
ですから、念のため各商会に向かいましたが、精霊様のおっしゃった見かけに該当する人物がいなかったのです。
似た人物はいますが、その人物はその日王太后様の許に納品に来ていたシャキラ商会の者ですし、王宮には見た目を偽る魔法は全て消し去ってしまう魔法陣が要所要所に隠して仕掛けられてありますから、容疑者から外れました」
「そうか。
となると、やはり、自動車は宰相が言う通り燃やした可能性は高く、見た目をごまかして逃げた可能性は高いな」
「関所にも見た目を偽る魔法は全て消し去ってしまう魔法陣はありますが、かつらや化粧など物理的に変装している場合はその魔法陣は作動しません。
おそらくそのたぐいのものを使ったのでしょうね。
それよりも、今後のレオ君のことです。
彼はこんなわずかな間だというのに大変ルジアダさん達に懐いていらっしゃる。
しかし、何も進展がなくこのままだった場合、お二方が彼のために王都に居るとなると、学業に問題が出てきますし、何かと困りますね。
今日のエルランジュ伯爵夫妻の行動が思いのほか目立っていたようで、お二方が王宮内にいることを公にしても思いましたが、それだったら辺境の城に帰って日常に戻った方がいいのでしょうか?」
「確かに宰相が言う通り、学生のエルランジュがこのまま犯人が見つからない間ずっと王宮の魔導塔にいるわけにもいかないだろうな。
今のところ俺の独断で課外授業という形で単位を与える方向にしているが、いつまでもそれはできん。
だが、その、こいつの両親、エルランジュ伯爵がなぜか魔導塔に乗り込んできたんだ?
仮定としてだが、相手がしびれを切らし始めて、こいつの親を使ったんじゃないのか?
精霊封じの石とレオはが王宮にあるし、捕らえたテレジアもいる。
確かにテレジアを討伐したのは俺とロビンだし、その日ヴェスパ山で儀式を行ったのはエルランジュだ。
だが、くどいかもしれんが、エルランジュがその後、レオと一緒に王宮で滞在するという話はごく内輪しか知らないはずなんだろ?
だとすればだな、レオと一緒にエルランジュがいることを相手が知って、今日こいつの親を寄こしてきたというのなら、そいつは何らかの方法で王宮内もしくは俺やロビンの許に密偵か何かを忍ばせて情報を得て、テレジアや道具、そしてレオを奪還しようとしているんじゃないか?」
「学園長のおっしゃる通り、そのテレジアは、吐かなければ厳しい死罪が確定と言っても、黙秘を続けています。まあ、吐いても死罪ですからね。
しかも、食事は平らげ、牢の中で足腰が弱らぬよう常にぐるぐる歩いたり軽い運動のような動作を続けていると報告があります。
自分は助け出されると思っているからでしょうか」
「うむ。敵ながらしぶとい。
さっさとこちらの聞いたことに答えて吐けばよいものを」
この国の死刑は何通りかある。
将軍の報告に苦虫をかみつぶした表情の陛下
苦しむことなく楽に死なせてもらえる毒杯。
これは主に身分が高い者が重罪を犯した際に使われることが多い死罪で、その次は斬首。あとは公に公表できない苦役の末に迎える死刑はそのランクがあるらしい。
彼女は最高ランクに匹敵する死刑に該当するんだろうな。
「ところで、レオの親が見つからず、テレジアの共犯者も見つからない状態が続いたらどうなるのだ?
やはり我らはアギールの城に帰るのか?」
「そりゃ、お前が言う通り辺境伯領に戻ることになるだろう。
お前とエルランジュをいつまでも課外授業扱いにはできん。
ロビンの城もそれなりに頑強だろ?」
「待て、学園長。
戻ってもいいが大きな問題がある。
レオは二歳だ。我とジジはアギール城から学園へ転移魔法で通っておる。
例え飛翔して通学するとしても、これからもっと寒くなる中、レオを連れて片道半刻の通学は難しい」
「待て、俺はレオも連れて通学しろとは言ってないぞ」
「何を言うのだ?
城に置いておいて、万が一のことがあったらどうする?
もし、あの女の仲間が「精霊封じの石」と同じもの、いや……それ以上に厄介なあの「憤怒の眠り箱」でも持っておったらどうするのだ?」
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