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厄介な訪問者

 そして一週間。

 テレジアの牢に誰かが来たとか、王宮に襲撃もない。

 今日も美味しい朝食を済ませ、朝の軽い運動という名のレオ君の戦闘ごっこの相手をした後は部屋のお片付け。


 今日は、国王陛下と宰相様と将軍様というこの国のトップスリーが、事件後のレオ君に会ってじっくりお話ししたいとのことなので、もうすぐここにいらっしゃる。

 ご身分の高い方があと数十分後に足を運んでくださるので、いつも以上にきれいにお部屋をお片付け。

 目立つレオ君の遊び道具の積み木や色鉛筆、画用紙、紙の剣、ボールはお片付け箱へせっせと小さな手が運んでいる。


 おもちゃを片付ける箱は、護衛の騎士さんと魔導士さんが、レオ君のために用意してくださった魔導塔の備品の一部。

 たった数日で増えていったおもちゃを見て、先日「魔導塔の備品を整理するときに使う箱を使いませんか?」と善意で用意してくださったので、それからは使ったおもちゃはそこにすべてその箱へ入れて、あとは部屋の隅に置く。

 持ち主レオ君から「終わりましゅたー」と完了報告後、念のため辺りを見回し、忘れ物がないかと確認して、おもちゃ箱を運ぼうと持ち上げた時だ。


「ルジアダさん、ご家族が魔導塔にいらっしゃってます」


 聞こえてきた声は、いつも部屋の外の扉か廊下かどっかで警備してくださっている割と若い男性の魔導士さんの一人だ。


「おじい様なら別に……」


 よっこらしょっと箱を指定場所において声がする扉の方に向かう。

 この部屋に事件の関係者であり私の保護者のアウスバッハ辺境伯のおじい様は時間を見て何回か来ているので、慌てて報告も何も必要ないと思うのに。


 

「違います。エルランジュ伯爵夫妻がいらっしゃってます」


「はあ?」


 すぐさま扉を開けて魔導士さんを中に入れると、魔導士さんもすごく困った顔で入ってきて、扉を閉めた。


「どうしてうちの家族が?

 私の居場所は親に話していませんが」


「分かりませんが、エルランジュ伯爵夫妻が、娘の安否を確認したいと下に……」


 慌てて報告しに来た魔導士さんの後から「お待ちください」とか、「これ以降は陛下の命令で立ち入り禁止です」という声を無視してバタンと勢いよく扉が開き、現れたのは金髪碧眼の甘い顔立ちを台無しにするほど目を吊り上げたお父様、黒髪黒目の美女だからこそ怒りの形相がさらに恐ろしさを増しているお母様だった。


「ルジアダッ、なぜおまえが王宮の敷地内にいるのだ?」


「そうです。親の私達に知らせもせず、しかもその恰好は何ですか?」


 止める騎士さん達の制止を振り切り入ってきた我が両親。


 お父様は最近はやり出した三つ揃いのジャケットにベストにスラックスというベージュのスーツ姿で、お母様はハイネックに首元や袖に細かなビジューが付いたくるぶし丈の細身のモスグリーンのワンピースに同色のボレロを羽織り、同色のヒールの靴という上品ないでたちなのはいいけれど、とにかく滅茶苦茶香水臭い。


 久しぶりに娘に会いに来たとは思えないその形相と、香りに顔をしかめ、一歩下がった私の行動と「娘の安否を確認しに来た」という親子の対面しては雰囲気がおかしいと察した騎士の一人がいつでも止めに入れるように背後に控えた。

 第三者が背後にいるのを気にしてか、怒りの形相を一旦納め、そのかわりに引きつったような笑みを浮かべた両親が気色悪い。


「ヴェスパ山の儀式の後に、王宮のこんな魔導塔で何をしているのだ?」


 そして開口一番、投げつけてきた言葉に肩をすくめるしかなかった。


 尋ねる言葉を選びながらも、こちらの言い分は聞きそうにないなとその口調で明らかに分かった。

 顔を会わせるのは夏以来だというのに、会った瞬間この言葉かよというこのがっかり感。


 しかもこの部屋にいる小さなレオ君は、いつもなら新しい人に会うと挨拶をするのに、突然怒鳴り込むように入ってきた大人二人にびっくりしてシャールに抱き着いた。

 あきれた顔で両親をみていたシャールに耳元で何やら言われたレオ君は大人しくじっとしている。

 そんな二人にも両親は様子すら眼中にない態度。

 ああ、両親がこれかと思ってしまう私が悪いのだろうか。


 とりあえず、今日はこのあと陛下がレオ君に会いにやってくるのだ。

 赤の他人の前で口論は恥ずかしいが、一応私がここにいることも、それを必要関係者以外秘している命令を下しているのは国王陛下なので、両親はその命令を破ったことになる。

 さっさとご退場願った方が、お互いのためにもいいので口火を切ることにした。


「どこで私がここにいることを知ったんですか?

 それに私が今この魔導塔にいることは公になっていないと思います。

 お咎めを受ける前にお帰りになった方がいいと思います」


「なっ、子を心配してやってきた親に言う言葉か?」


「そうです。それに親が子に会うのに理由がいりますか?」


「それに今日陛下と謁見する際には親を呼ばないとは何事か!」


 え?

 ……今日陛下が来る話を何で知ってるの?

 どこかで漏れているってこと?


 背後に立っていた年配の騎士さんも父親の発言に驚愕の表情を浮かべていて、すぐさま開けっ放しの部屋の扉の外で様子をうかがっている魔導士さんに目配せし、扉の外の魔導士さんが静かに去った。


「ですから、私がここにいることをどうやって知ったんですか?

 陛下の許可がない限り、ここには許可がない人は立ち入り禁止です」


「そんなことお前に言う必要はありません。

 王宮で制服のしかも男子学生のような姿で過ごしているとは。

 せめてスカートにしなさい。

 しかも女の子のくせにこんな危険な事件に巻き込まれるとははしたない。

 せっかくジルレ侯爵よりいい縁談を探そうと思っていたのに、このようなことが知れ渡ったらと思うと情けない。

 実家に預けたのが間違いだったかしら」


 自分の言いたい文句を立て板に水のごとく言い立てるお母様。

 まったく私の問いに関係ない言葉ばかりで、なぜ両親がここに来たのかわからない。

 しかも、臭いが強い物体は許可されたニンニクやニラなど食料以外禁止という魔導塔に香水の匂いを嫌というほど振りまいて!


「お言葉ですが、これがわが親だと思うと情けないのは私の方ですよ。

 それに、私の婚約者はジルレ侯爵家のフィガロ様です。

 今更変えていただく必要はございません。

 あと、この魔導塔は神殿と同等、臭いが強い食材や香料は厳禁だということはご承知でしょう?

 まさか長年王宮に勤めているお父様がその点をお忘れとは恥ずかしいことですね」


 今回の事件は場合によっては国の有事にもなりかねない状況で、私達がこの場所にいることは秘されていたはずなのに、乗り込んでくるとはいったいどんな神経をしているのか。


「ルジアダ、お前という娘はっ」


 今まで親を怒らせることもないほど関係が希薄だったので、私も両親の性格を他のご家庭ほど知らなかったが、どうやらうちの親は優雅に着飾る品のよい見た目とは裏腹に、大声をあげれば相手がひるむと思っている性質だったようだ。


「心配して駆けつけたという親に言う言葉ですか?

 お父様に謝りなさい。

 とにかく、こんな場所から出て屋敷に帰りますよ」


 目くじらを立って私に詰め寄るお母様に一歩下がった私の背後から、「こら、レオッ」というシャールの慌てた声と同時に、お母様の足元をめがけて突進しバシバシと叩く小さな手があった。


「むー!

 ジジしゃんをいじめるやちゅは出ていけー!」


「レオッ」


「レオ君っ」


「何をするのっ!」


 いきなり足を叩いてきた子供から身をひるがえし、手を上げようとした母に、シャールがすかさず止めに入る。


「無断で入ってきたうえに、小さな子供にいきなり手を挙げるとは言語道断だな」


「お、お前は、アウスバッハのっ」


 シャールの名前を思い出せず、言葉を繋げないまま、母を庇うように立ちシャールを睨みつける父に対して、話にならんと肩をすくめたシャールはレオ君を抱き上げて一歩下がり、目を眇めてお父様を睨んだ。


「アウスバッハのなんだ?

 十年以上自分の娘の側におる我の名前すら覚えていないとは語るに落ちるな。

 親と言っても血だけであろう。

 ロビンの嫁の葬儀以来、ろくに実家にも帰らぬ親不孝の娘に、ろくでもない見栄っ張りの阿呆めが。

 ジジを実際に育てておるのはアウスバッハの者だ」


「なっ、言わせておけばっ」


「言わせておけばか?

 エルランジュ、その続きはなんだ!」


 シャールに食って掛かろうとしたお父様の背後から聞こえたのは、とても威圧的で、謁見の間で聞いたことがあるあの迫力のある太く低いはっきりとした声が響きわたり両親どころか私の顔色も一気に変わった。


「へ、陛下……?」

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