志望動機
「きっと、あなたのおじい様のアウスバッハ辺境伯はもちろん、ご両親のエルランジュ伯もこの度の儀式の代表者のあなたを自慢に思っていらっしゃるでしょう。
先ほどちらりとお話を伺いましたが、この儀式を修了すれば親や婚約者殿が喜ぶと仰ったあなたはとても素晴らしいですよ。子供や配偶者に過度の期待をかける親は多いものですが、あなたは十分期待に報いています」
「神官様、ありがとうございます」
両親は生まれた当初から疳の虫が酷く、扱いにくい赤ん坊だったという私に苦手意識を持っている。魔力の測定後、騒がれた一時は服やお菓子を買ったりしてくれた記憶はあるが、王都の家にいた時に私の側にいたのは私が四歳になる前に馬車の事故で他界してしまった祖父母である。
しかも祖父母が他界した後は、もうすぐ次の子供が生まれるからという理由で母親の実家のアウスバッハ辺境伯の城に預けられた後は、私が六歳からフィリパ学園に通うことが決まっていたので、学園に近いからという理由でずっとそのまま母の実家のアウスバッハ辺境伯が住むアギールの街の城で育てられた。
しかも田舎嫌いな両親は滅多に来ない。もちろん王都シレジアから離れたフィリパ学園の学校行事も滅多に来ない。
因みに四歳下の妹は乳母によってではあるけれどずっと実家で育てられているし、王都のミルバ学園の学校行事には参加しているらしい。
たまの連休に王都シレジアの屋敷に戻って両親に会うと一応は「お前のおかげで両陛下から「フィリパに通っている娘は元気か?」と声をかけられ嬉しいものだ」と言葉はかけてくれるが、最近は昔「王都の薔薇」と謳われた今も美しい母に似たと評判な妹エロイーズと比べ、王都の行事には最低限しか顔を出さず、見た目は若干お惚け顔で、勉学一辺倒の私を内心変えたいと思っていることはひしひし感じている。
そんな差別をしておきながらも、両親は王都の屋敷に顔を出すと学業が休みの間は貴族の社交の場に出て、王都に住む要人の覚えめでたい人物になれと圧力をかけてくる。
実際、妹は国王陛下の母上、王太后様に気に入られているらしく、王太后様が定期的に開く学生たちを集めるお茶会のメンバーに入っているという。そんな妹を見習えと私に休みまで王都に来て社交に勤め、王太后の作法を学べと手紙を寄こしてきたりする。
はっきり言って、勘弁してほしい。
王都シレジアの女性達の流行や、王太后様が始めたという「夜会では王族が着る服と同じ色は認めない」とか「女性は男性のために美しく着飾るべし」とか意味がわからない最近のルールになど興味はないし、行っているものは王太后様にすり寄っているのは、いわゆる口先三寸な方々が多いと評判だ。
しかも王太后様は代々質実剛健なレジネールの王宮に、華やかな宮廷文化を花開かせたという方で、しかも「文化」と言う名目で必要以上の贅沢な要求を夫である先の国王陛下に呑ませ続けた。
先の国王陛下は在位中に亡くなられ、長男である現在の国王陛下の代になってからは、その要求がなかなか通らず、年々仲が悪くなっていると評判だ。
それなのに、わが親ながら、王太后様と懇意にしているとは馬〇じゃないだろうかと思う。
王太后様にも政治的に力はあるが、それは微々たるもので、国を動かしているのは国王陛下だし、結婚して長年子供が恵まれなかった陛下だったので、数年前までは陛下の後継者に王太后様が可愛がっているという年の離れた王弟殿下をと推す声があったけど、今の陛下には王子様もこの前は双子の王女様も生まれたし、当の王弟殿下はフィリパ学園を卒業後、外遊に出てしまっているのだ。
という訳で、目下私の大きな悩みの種の筆頭が両親。
そして、婚約者のフィガロ様の周囲に群がると聞こえてくる女性達の存在も若干心配だ。
フィガロ様は、ジルレ侯爵家の現当主に子供ができなかったので、実際は当主の弟夫婦の子供なのだ。彼自身現当主の甥になり神官の血筋なのだが、自分の魔力の量が少ないことを気に病んでいる。
けれど、とても優しいし、勤勉で、しかも最近は通う学校が違っていても、周囲に女性がいっぱい群がっているという噂が聞こえてくるので、本人は否定してくれているけれど、若干心配なイケメンに育っているのだ。
初めて会った時は、サラサラの黒髪に、深い海のような蒼い瞳にばっさばさ睫毛、子供の頃はぷっくりしたほっぺにサクランボみたいな唇をした、私より可愛らしい女の子みたいな男の子だった。
今じゃその愛くるしかった姿が、蒼い瞳のクールな美少年だとか言われているし。
彼は魔力量が少なかったこともあるが、当時王都に新設された割とリベラルな校風で、身分問わず学力があれば通えるというソフィア学園に通っている。
婚約者の私は学園都市マトヤにあるフィリパ学園におじい様の治める辺境アウスバッハの街アギールの城に住みながら通っている。
家同士の婚約なら、婚約者が遠方に住んでいるのは良くある話と聞いているので、私はある程度割り切っているのだけれど、学園でクラスなど関係ない合同授業なんかになると、王都に友人が多いとか自称するある意味ありがたい方々が聞こえよがしに「ジルレ侯爵家のフィガロ様は大変女性に人気なんですって」とか「どこぞのご令嬢と仲がいいという噂がありましてよ」と教えてくれたりする。
決まってそういう方々は校内でも良い評判がない方なので、あまり信じないようにしているけれど、若干めんどくさい上に不安な気持ちが沸き上がるのは事実。
私達は五歳から婚約しているのだけれど、私はお父様譲りの若干うねりのある金髪で、瞳はおばあさま譲りの菫色、まあはっきり言えば紫色という割と組み合わせは良いのだけれど、顔立ちが目は二重瞼だけれど垂れ目だし、鼻は小鼻だし、美人がよしとされる昨今、どちらかというと……。
どうせなら、昔「王都の薔薇」と呼ばれた母のようにくっきりと綺麗な二重瞼に豊かな睫毛で縁取られた目は丸く大きく、鼻筋が通って頬骨は高く、口元は若干厚くても薔薇色で、口角は上品に上がって、首からデコルテにかけて華奢かつ滑らかな線を描き、体は華奢でも出るところは出て、女性らしい美少女に生まれたかった。
そして妹は母親似で「王都の薔薇の再来」と、彼女が通う王都の多くの貴族が通うミルバ学園でも評判なのだ。
とりあえず、見た目は何ともならないから、他で勝負するしかないと遠方の王都に住むフィガロ様を他のお嬢様から手を出されないように、この生まれつき持っている魔力を生かして将来宮中祭祀を司り、ジルレ家を守る精霊を受け継ぐフィガロ様の何かの役に立てるよう頑張っている。
そして今回は親孝行と婚約者としての見栄え?偉業?を見せつけるために、フィリパ学園のこの五年に一度行われる「試練」を楽々クリアして、両親の自尊心を満足させ、フィガロ様の周囲に群がるという女性たちに「婚約者」がどんな存在か見せつけてあげようじゃないかと思いついて、今に至る。
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