昔話
魔法陣は、例えば竜巻の魔法陣なら竜巻魔法しか発動しないし、複数の魔法陣を使用するのは場所や使う魔法陣をあらかじめ準備しておくか、最悪その場で覚えていた魔法陣を木のきれっぱしか指先で地面に書くか何かして書き上げねばねばならない
その点が私の中でネックというか、面倒というか魔法ほど興味が持てないのだ。
確かに魔法陣は微力の魔法で魔法は起動し、後の強弱は魔力などで調整可能だ。
だが、はっきり言って、魔力がある程度ある人間には面倒くさい代物だし、この大陸で魔法陣を使った戦闘をするものは、力を温存する卑怯者と言われていた時代もあったという話も聞く。
あのテレジアを含め魔法陣で攻撃してくる人って言うのは書きあがったものを準備しておくか何かして出現させたが、私がもしこの禁呪と同じ魔法を使えたら、戦闘時にはあんな魔法陣をいちいち出さずに、魔法でさくっとやる。
「どうだ?」
「……えっとですね、ちょっと考えさせてください。
それよりも学園長。
根本的なことが知りたいんですけど、昔は今よりも圧倒的に魔法が使える人間が多かったはずなのに、なんで魔法陣が生まれたんでしょう?」
「それはだな……。答えになるか分からんが、ちょっと昔話をしようか。
ルードレーン大陸の名前は知っているよな?」
「……はい。最果てにあり、我々では想像がつかない伝説の大陸と」
「まあ、……我々が行くことは到底不可能な伝説の大陸だろうな。
お前は俺の正体を知っているし、禁呪もこれから学ぶだろうから、ちょっとした昔話をしてやろう。
昔、このレジネール王国すら無い頃の話だ。
その昔、はるか遠いルードレーン大陸に、ちょっと変わった吸血鬼の男が誕生した。
そいつは生まれつき変わった性質を持っていたそうだ。
ルードレーンの吸血鬼も夜行性で、人や動物の血を少し分けてもらい生命を維持していたが、そいつは昼間も平気で動き回り、吸血行為を行う際は攻撃魔法で相手を痛めつけ、命まで奪い取ることが増えて行った。
しかもその殺した相手の命や魔力を自分の力に変えていく力を持っていることを知った。
そんな力があったからなのか、残虐な性質を持っていたからなのか、そのクズ男は自分の力を強大にするためだけに、弱い者の命を奪い、力をつけ、自分の両親の命すら奪って自分の力にした。
だが、奴は自分が魔法で相手と戦って命を奪うやり方は、相手次第で自分の身が危ういと思ったのか、効率が悪いと思ったのか知らんが、効率よく命を奪って力を得るためだけに考え生み出した物騒な魔法陣が、この世の魔法陣の原型だと言われている。
それまでは、お前達が今、生活で何気なく使っている魔法陣すらこの世界になかった。
まあ、魔法陣の詳細は置いといてだな、奴は自分が作り出した魔法陣を使い分け、強い相手の命をも確実に奪って強くなっていったそうだ。
奴がなぜ魔法陣を生み出したのか本当の理由までは知らんが、魔法陣の形を気に入っていたとか、強い相手に対しあらかじめ魔法陣を書いておけば相手の命を奪えて便利だと知ったからだとか諸説ある。
まあ、そいつは卑怯な手で同族の命を奪い、やがて他の種族の力を取り込んでいこうとしていたわけだ」
形が気に入っていた説は良いとして、確かに魔法陣を消すまで魔法が持続するっていうのは確かに弱者には魅力的ですし、強者もそれなりに利点はあるのか……。
確かに転移の魔法陣は、消さない限り、ある程度の魔力があれば、目的地の魔法陣へと移動する魔法を使うことができる。
しかし、確実に相手の命や魔力を奪い自分の力にするために魔法陣作ったってなんて嫌な奴……。
しかもそれが今生活で使っている魔法陣の起源だなんて。
力が強くなりたいから、手っ取り早く人様の命を奪うことを思いつくとは何たる外道!
「伝説のルードレーン大陸の住人なら、魔法一発で相手仕留めるくらいの根性見せろや」
「え、エルランジュ?」
「あ、すみません、つい心の声が」
「ジジ、おぬしという奴は漏らすならいつもの口調にせぬか」
しまった。
あまりに気分が悪くて、外出した時にたまに薄暗い通りに現れるガラの悪い人達を締め上げる際に使うお言葉や、学園でたまに意味もなく絡んでくる方に使う言葉が出てしまいましたわ。
おほほほほ。
取り繕うために会わって笑顔を浮かべてはみたものの、後の祭り。
学園長にドン引きされ、シャールに溜息をつかれたのは置いといて、学園長の長い話は続いた。
「そ、それでだな、その魔法陣を編み出した吸血鬼は、ルードレーンに住む吸血鬼の命をどんどん奪っていったんだ。
その「魔法陣」というものを編み出した男の名前はウラジミールと呼ばれていたそうだが、俺は本当のところは知らん。
それで、強くなってしまったそいつに対抗するために、奴の魔の手から逃れて生き延びるために、残った吸血鬼達は魔法陣を研究した。
そして、ルードレーンの吸血鬼も元々夜行性だったんだそうだが、そいつが陽光の下でもも平気で動ける奴だったから、昼、寝ている間に命を狙われることを恐れ、昼間は分かりにくい洞窟の奥で隠れて眠ったり、中には昼間に生活できるように生態を変化させ、吸血鬼と見抜かれないように食生活も習慣も人間のように変え、ルードレーン大陸から脱出したりする者もいた。
俺の親は、人間のように生態を変え、ルードレーン大陸から逃げた方だな。
だが、その悪行もいつまでも続かなかった。
ルードレーンで「魔王」と呼ばれた男がその男を封印した。
だが、封印された後、奴にいたぶられても何とか生き残った集落に住んでいた人間達の中に、そいつが封印されたと知った途端に、そいつの屋敷に金目のものがないか盗みに忍び込んだんだ。
そしてその人間どもが、奴が残していたいくつかの魔法陣の研究の資料と痕跡を見つけた。
おそらくそれらを見つけた人間達は欲深い奴だったんだろうな。
まあ、よそ様の家に金目のモノを探しに入るような奴らだからまともじゃないんだろうが、そいつらは、手に入れた魔法陣を武器に、金銀財宝を手に入れられないかと考えたのさ。
ただし、ルードレーンで吸血鬼相手に使えば自分たちも封印されたウラジミールと同じ末路になると思い、魔法陣の記録を持ったまま、そいつらは何人もの仲間や家族を連れてルードレーン大陸から他の大陸へ逃げた。
海を越え、小さな島国が多いピドナ諸島では旨味がないと思ったのか、ピドナ諸島を超えてエードレーン大陸に辿り着いたそいつらは、早速手に入れた魔法陣を使って、辿り着いた大陸で豊かな資産を持つ吸血鬼らを探して金銀財宝を奪おうと考えた。
だが、エードレーン大陸にはその魔法陣が効く吸血鬼の存在が圧倒的に少ないと知ったやつらは、他の種族の命を奪えるような魔法陣にできないか考えて作り上げたんだ。
しかも自分たちが考えた魔法陣が人間の魔力だけでは補えないと知り、道具と組み合わせ「憤怒の眠り箱」と「精霊封じの石」をまず作った。
ただ、効果は大きいものの、それらの道具は使った時の代償がでかい。
かといって自分たちの命は無駄にしたくない。
だから道具を使うときの代償を代わりに受け止めさせる贄を手に入れる必要がある。
だったら、エードレーン大陸に住んでいた人間を意のままに操り、操った人間が道具を使って魔族や精霊達を封じていき、自分達は魔法陣で他の弱い者を攻撃していけばいいと考え、人間を意のままに操れる「傀儡の香」を作り出したのさ」
「ルードレーンから来た人間が魔法陣を改良して、そんなものを作ったんですか?」
「ああ。もしかしたら、ウラジミールの屋敷にはすでに他種族に有効な魔法陣があったのかもしれないが、テレジアが使った「精霊封じの石」やその他の道具はそいつら人間が作ったと聞いている。
ウラジミールが封印された後のルードレーン大陸の話は知らないが、その人間どもが来たおかげで、エードレーン大陸は暗黒時代になったんだ。
エードレーン大陸に住む多くの者は、外から来たそいつらに対抗しようと戦った。
だが、奴らが作った魔道具や魔法陣はあまりも厄介だった。
魔道具に封じられないように逃げ、奴らが使う魔法陣を研究して迎え撃ち……、緑豊かな大陸の半分が数か月で焦土のようになった。
だが、彼らの悪行は海を越えて広まり、噂を聞きつけたルードレーン大陸からの追っ手によって、彼らは捕らえられ、封じられた精霊や魔族たちは助け出された。
そこで平和が訪れるはずだった。
しかし、魔法陣の知識も道具もルードレーンの追っ手だけではすべて回収しきれず、いくつかの魔道具は残り、しかも追っ手の手から逃れた数人が「傀儡の香」で操った人間数十人をを引き連れこの次の大陸を探して海に出てメルドーラ大陸に辿り着いた。
まあ、歴史で習う今のシュルツ王国付近に現れた「蛮族」の襲来のことを指すんだが」
以前フィガロ様から聞いた話が浮かんだ。
あれは歴史でも習うエードレーン大陸から来た蛮族の話。
「あれってエードレーン大陸から来た人じゃないんですか?」
「歴史の授業では、多くの者に禁呪を知られたくない理由でその点はぼかして教えることになっているが、正確に言えばエードレーン大陸から来た元ルードレーンの人間だ。
それでだ。
エードレーン大陸から逃げてきた奴らがこのメルドーラ大陸にやってきた時には、すでにエードレーン大陸から逃げて来た者達から多くの者が対抗する方法を学び、特に人間達は彼らと真っ向から戦った。
そしてその戦いの最中、エードレーン大陸から来た者の中で、なぜか「傀儡の香」の効果が切れたものが出始め、その中の人間が反旗を翻した。
やがて、エードレーン大陸からやってきた奴らは退治され、忌々しい魔道具と魔法陣の資料すべては代表者が責任をもって封印し、彼らが使った魔法陣や道具は禁呪と呼ぶことになった。
そして魔道具を封印した代表者数名が国を作り、この大陸の最初の王家となった。
ただ、国名は変わろうと、王族が変わろうと、国の王は永遠に魔道具を封じ、守ることを命じられている。
ある意味、陰の王権の象徴だ。
だから、五十年ほど前に当時北のシュルツ王国の国王が資源調達とあわよくば領土拡大を目論んでこのレジネール王国の国境アウスバッハの地を越えて進軍してきた。
しかも前線にレジネール王国を守る精霊ルフが居ると知ったやつらは、王室が封印していた「憤怒の眠り箱」を持って来て使った。
そんなものを使ってまでも、辺境アウスバッハにある自然の塩田が欲しかったんだろうが。
当時の魔導士団長の犠牲でルフは封じられることなく、シュルツ軍は多大な犠牲者を出して敗北した。
そしてその後、当時の王家一族と多くの貴族や官僚が死んだ。
シュルツ王国の前王室はクーデターで断絶したと表向きにはなっているが、実際は魔道具を使った罰を受けたんだ。
今のシュルツ王室の者は、前王室の人間の死に様とそれに関係した者達の末路をいやというほどその眼で見たのだから、同じ轍は踏まないだろう」
歴史の授業でシュルツ王国の王室が先の戦争の後変わった話は習った覚えはあるけれど、確か、当時戦争に反対していた一派が敗戦を機にクーデターを起こしたとしか習っていなかったが、まさか理由がその魔道具を使用したことだったとは。
「ジジ、この学園長は元はエードレーン大陸に住んでいた吸血鬼なのだ。
同胞が命を奪われ、力が強い種族が封じられる中、当時まだ子供だった学園長達を始めまだ年端のいかぬものが傷だらけの精霊や魔族を連れてメルドーラ大陸に真っ先に逃げてきて、我々にエードレーン大陸の現状を伝えてきたのだ。
魔法陣という独自の術や、未知の魔道具の特殊性から、メルドーラ大陸に住む者が一丸となって戦わなければならないと主張してきた。
当時、そんな話を信じられなかった我らだったが、必死で訴えてきた彼らの言葉に嘘は感じられず、一度エードレーン大陸の現状を確かめに行かねばなるまいと動き始めた。
だが、そんな矢先に、ルードレーンの追跡者から逃れた者共がやってきて、今のシュルツ王国の海岸沿いに上陸した。
一晩で当時の海岸沿いの街が戦場のように変わり果て、たった数日であの地に住む多くの者が消え、逃げ遅れた魔族や精霊は封じられ、人間は操られた。
だが、学園長達がもたらした話を聞き、皆が協力して襲撃者らを倒そうと、戦い、奴らを殲滅し、道具を封じた。
そして、今後、人間がこの大陸に封じられた魔道具を使って同じ轍を踏まないことを見張るために学園長をはじめエードレーン大陸からの避難してきた者達はエードレーンには戻らずこの大陸にいる。
そして、元々メルドーラ大陸に住む我らも、同じ悲劇が怒らぬよう見張っておるのだ」
学園長の話を引き継いで思い出話を語るシャール。
遠くを眺め、暗い過去を語るシャールは、私と同じ年の少年の姿でありながら、悠久の時を生きた精霊であることを様々と思い知らせてくれる。
やはりシャールは学園長以上に長生きなんだ。
だから、レオ君の世話もお手の物だし、学園長も頭が上がらないのか。
改めて実感させられたシャールという存在。
ん?
待てよ。
だったら、シャール、あなた何気に私の成長に合わせて姿変えてるけど、実はものすごいおじいさんじゃないか?
学園長とレオ君の「おじしゃん・おにーしゃん」ネタどころじゃないし。
でも、今のこの真面目な雰囲気で、歳の話なんて口にしたらえらいことになりそうなので、今日のところは黙っておくことにする。
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