あなたの方が年配でしたか
私は今、シャールと若作り……じゃないダンディな学園長の人間じゃない二人の監視の元、魔導塔の中の闘技場の地面にチョークでテレジアが使った魔法陣を書いている。
事件後、王宮の魔導塔でひっそり暮らしていても、ずっとレオ君と遊んでいるわけじゃなく、魔法のお勉強はしているのだ。
テレジアが使った魔法陣に対抗する手段を考えて煮詰まっていて、シャールは精霊だから魔法で全て解決して生きてきているので私以上に魔法陣には疎く、学園長からアドバイスが欲しいなと思っていたらタイミングよく学園長が来た。
そんな話の流れで一度テレジアが使った魔法陣の勉強から始めようと闘技場に行く話になった。
ただ、空に浮かんだあの魔法陣を見たら、事件からまだ日が浅いので、小さなレオ君が誘拐された恐怖感を思い出して気持ちが不安定にならないかという話をしていたところに、両手にレオ君への差し入れの袋を下げたフィガロ様がやってきた。
今日も学校帰りにお菓子やおもちゃを持ってきてくれたという優しいフィガロ様。
フィガロ様登場と同時に、挨拶前から「くしゃいー」を連発し、とてとてと走り回ったレオ君。
フィガロ様と初めて会った学園長に「移り香なんて、女か?」と浮気疑惑をかけられて、大いにからかわれたのは余談である。
そんなかこんなで早速フィガロ様が持ってきたお菓子や、おもちゃに心を奪われ、フィガロ様と遊びたそうなレオ君の雰囲気を察して、部屋の外には護衛もいるし、レオ君はフィガロ様に任せることにし、私は学園長とシャールと一緒に魔導塔の闘技場に向かったのだ。
今頃レオ君はフィガロ様と部屋で積み木とボールで遊んでいるはずだ。
「なるほど。
戦いながらもよくテレジアの魔法陣をこれだけ覚えていたな」
学園長は嬉しそうに褒めてはくれるが、この魔法陣は発動しない。
私が覚えていない文字や記号があるから、歯抜け状態の不完全なものだ。
「この空欄部には、この記号とこの文字だな。
外側のここからここまでで風を起こす意味、ここからここが熱の発生と調整、そしてここからここまでが冷却……」
学園長は魔法陣が発動しないように、魔法陣の線の一部を消し、すでに私が書いた文字や記号の上に斜線を引いた後、魔法陣を専攻していない私でもわかるように説明をしてくれている。
「多くの禁呪は、ここに相手の力を奪う意味があるこの記号、そしてこの反対に自分の力にする意味の記号が入っている」
本来なら、禁呪を学ぶ許可を得ていない私に詳細は教えてはいけないのだろうが、もうテレジアの魔法陣の攻撃を受けて見ているし、テレジアが使った魔法陣の文字なら問題ないだろうと学園長がシャールも交えて教えてくれる。
「この記号は見たことがありません……、あれ?
これ、古代文字に似ているような?」
古代文字とはこのレジネール王国が建国される前の国などまだ割と明確に歴史がたどれる時代ではなく、文字の解明がまだしっかりされていない時代の遺跡に残っている文字をいう。
このメルドーラ大陸で今使われている言葉や文字は、神話の話では神々が住む遥か海のかなたの世界に住む人間がもたらしたものだとなっている。
その古代文字から徐々に書きやすく変化したものが今の文字だと言われているが、古代文字は文字というより簡略化した絵のようで、しかも文法も若干違う。
「ふむ、そうだな。確かに似ているぞ
我がまだ幼いころに見たが、この大陸ができて暫くしてから、海の向こうから渡ってきた人間が使っていた文字の中で、意味は確か……」
「さすが精霊シャール。覚えているのか。
俺はそんな時代に生まれていないから知らないが」
「うるさいぞ。自分が若いと言いたいのか?」
今二人が並ぶ姿だとどう見ても学園長の方が若い父親かというくらい年上に見えるが、実際はシャールの方がご年配らしい。
長年一緒に居て初めて知った。
何気に内心びっくりだが、シャールがやかましいと言わんばかりに青銀の目を眇めて学園長を睨みつけた。
「さっさと先を説明せぬか。我が魔法陣に詳しくないことを知っておるだろう」
「はい」
赤い目を見開いた後、若干ばつが悪そうな顔をして学生に頭を下げる学園長という図。
うーむ。これは絶対シャールの方が年配者ね。
学校では絶対見られない光景だ。
「それでだ。
この俺が書き足したこの記号は、本来の意味は力の文字を簡略化したモノだ。当時の人間は魔力を力と言っていたらしい。
だから、これを魔法陣に組み込むと、この「強奪」という意味の記号と組み合わさって魔力が奪われ、使った本人に奪った分流れ込むという術が展開される。
因みにこの「力」と「強奪」の記号は禁呪のくくりに入っている記号だから、公には知られていない。
だが、テレジアの杖の魔法陣には入っているぞ。
で、この記号がある層は、通常の魔法陣より内側の一層中にあるだろう?
禁呪は通常の魔法陣の構造より一層多く、見比べれば外より複雑な文字の羅列を書き込まれていることが分かる。
まあ、通常このような「禁呪」の一種の魔法陣を学ぶのは、特定の神官や魔導士だけだ。
だが、エルランジュはあんな目にあった以上、学びたいなら特別許可は出るだろう。
ああ、そうだ。今、テレジアがこの魔法陣を使ってきた以上、あいつの仲間も使えると仮定して、その仲間がどこに潜んで、何を起こす分からない以上、フィリパ学園でも学生を選んで禁呪の中の魔法陣の分野を学ばせ、それに対処できるようにしたいと申請しているんだぞ」
「なるほど……、禁呪の魔法陣ですか……」
「やるか?」
うーむ、魔法陣の勉強か。
いきなり「やるか?」と顔を覗き込まれても、いくらテレジアの魔法陣で苦戦しても、魔法の勉強に比べて魔法陣に興味がなかったので、すぐにやる気になるかと言われると……。
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