結婚できますか?
「ちょっと、ルジアダ。
その「え?」って反応は何?
僕が好きって言うのはおかしいわけ?」
「いや、それはあの、その……」
さらっと自然に好意を口にするフィガロ様のその、なんというか、こうというか予想もしていなかった単語に胸がドキドキしてあたふたする私と、「ごちそうさま」と言わんばかりに顔を背けるシャールなどお構いなしに、レオ君がバシバシとシャールの腕を叩いて質問した。
「じきとーしゅー? なにー?」
「うむ、レオにはちょっと難しいかもしれぬが……」
お邪魔虫になりたくないと、これ幸いとレオ君の質問に答え、顔を背けるシャール。
そして数か月振りに会ったフィガロ様は、さきほどさらりと「好き」とか言って私を動揺させていることに気付きもせず、いや、分かっていてわざと無視しているのか分からないけれど、動揺している私を見つめたまま、悩ましいため息をついた。
「だから、僕から婚約解消なんてありえないよ。
確かに家格は我が家が上だけれど、ありえない」
「は、はい」
熱っぽい声で「ありえない」と断言され、頷くことしかできない。
チョロいかもしれないけど、改めて好意を示されて、しかも悩ましげに溜息をついて弱弱しく肩を落とされたら、もう彼の言葉を信じるしかございません。
これって悪いイケメンの言うことならなんでも信じちゃうあかん女の子みたいな状況なんでしょうか?
そして、蒼い目にかかる長い前髪をかきあげ、フィガロ様は再度改まった口調で話し出した。
「でも、僕達の仲が良好だろうと、哀しいことにこの婚約は僕が次期当主であった場合有効なんだ。
それに、エルランジュ伯爵は僕のおじい様の姉の王太后様から最近ある情報を得て、僕と君の婚姻を解消したほうがいいと思い始めたみたいなんだ」
「その情報って?」
「王太后様が僕に替わる人材を候補を見つけたみたいだよ。
そういう話が密かに一部で先行している割にはおじい様には引き合わせていないみたいだけどさ。
それに王太后様とおじい様の兄弟仲が悪いことは、僕や両親がちょくちょく王太后様の許を訪れてご機嫌伺いをしてるからあまり公に知られていないけど、エロイーズが王太后様のお茶会に呼ばれるようになった席で、たまたま同行したエルランジュ伯爵が王太后様本人から耳にしたみたいで、噂が本当だとわかったんだろうね。
そんなこともあって、君と僕の婚約を解消させて、早く良い家の誰かと婚約させたいんじゃないかな。
とにかく今のところは解消の話は僕の両親がはねつけたみたいだけど、今後エルランジュ伯爵が王太后様と組んで動いてきたら、分からないと言われてしまったし」
「……うちの両親がすみません」
もともと見栄っ張りで流行を追う華やかなことが好きな両親。
レジネール王国は隣国シュルツ王国と異なり華やかさに欠ける。
北のシュルツ王国はかなり昔から一番人間が多い場所で、魔力が少ない人間が多い。
魔力が少ない人間が多い分、食料難や人間だけがかかる流行病はシュルツから発生することが多く、大昔は弱小貧乏国だと言われていたこともあった。
なだらかな浜辺が多いなど地形的な問題はあっても、かつて蛮族が襲来したのは、弱い人間が多い地だからではないかという説もあるほどだ。
その分道具を開発する能力が高く、機械大国と言われ、その機械とマンパワーによって膨大な食料生産や道具生産を行って、各国へ輸出している。
五十年前の戦いの後、王族が変わったシュルツ王国へ和平の象徴として当時の王太子、先の国王陛下と一緒に当時王太子妃だった王太后様はシュルツ王国を訪れた。
それからだ。
訪問した後から、シュルツ王国を見習って王宮を「華麗なる社交の場」として、「流行先端の地」として頑張りはじめた。
訪れたシュルツ王国は敗戦国で、クーデターで前王族は根絶やしにされたにも関わらず、当時の戦場は国境で、シュルツ王国の王都は美しい街並みを残したまま、王宮でクーデターは行われたものの、その後早急に建てられたのは、整然とした建物が並ぶ壮麗な白亜の王宮。
しかもシュルツ王国に住む人間の服飾の華やかさや、彼らが使う道具の珍しさ。
戦勝国の王太子妃として優越感をもって訪れたはずの彼女は、その光景にプライドを打ち砕かれたのか、元々派手好きな素質があったのか、シュルツ王国からの帰国後、彼女は夫と義父の当時の国王陛下に取り入って、王宮の内部の装飾は、王の威光を知らしめるためにもっと豪華に、食事は美味で見目麗しくに、そして当時はなかった夜会という名の「貴族間の交流を円滑にするため」という催しを年に数回開かせるよう進言し、王宮内をどんどん華美にさせていった。
清貧を好んだ当時の王妃様とただでさえ性格的に不仲だった上に、先々代の国王陛下が亡くなり自分の夫が王位につくとその関係はさらに悪化。
先の国王陛下は母と妻の板挟みの心労がたたって在位数年で亡くなり、今の国王陛下が若くして国王として即位したとまで言われたほどだ。
清貧を好んだ先の皇太后様は息子を亡くした哀しみで続くようにお亡くなりになった。
そして現国王陛下が即位された後は、今の陛下も頑張って母親を抑えてはいたそうだが、先の皇太后様ほど実の母を抑え込むことができず、レジネール王国の王宮文化は時運が花開かせたと自負している皇太后様だ。
なので、能力主義のレジネール王国の中でそんな彼女への評判は真っ二つだ。
王太后様のおかげで服飾関係の繊維業や美食を追求した食品産業などが盛んになり、雑然としていた王都の街並みが整然と整理されたのは事実で、その点は評価されているし、その業種の者達から王太后様の人気が高い。
だが、陛下が生まれてから十数年経ってから生まれた王弟殿下がフィリパ学園へ通うようになると、自分の手元で育て溺愛していた対象が居なくなって時間を持て余すようになったからなのか、彼女の浪費は年を追うごとに更に酷くなった。
しかも、自分のお気に入りの人材を能力関係なく要職につけるよう政治の人事に口を出すようになりはじめ、従来から能力主義の王宮内では貴族や官僚の軋轢が生じるようになり、陛下が遅い結婚をし、今の王太子様が生まれるまでは、王太后様が王弟殿下を次期国王に据えようと目論んでいるのではないかと、王太后様にすり寄る一派が増え、ヴェスパ山の儀式に王弟殿下が失敗するまでは、陛下の統治力が弱まるほど、王宮内の力の均衡が崩れた時期があったそうだ。
さて、我が両親はというと、エルランジュの祖父母、先のエルランジュ伯爵が他界後、エルランジュのおじい様より能力がない優男風イケメンのお父様が唯一得意なコミュニケーション能力や美しいお母様の夜会好きの性格を生かして、華美なものが好きな共通項から王太后様と仲がいい貴族側との交流が深めていったらしい。
王都から離れた辺境アウスバッハの地にいても聞こえてきていてたが、当時子供の私にはよくわかってなくて、おじい様達と年に数回やってくる両親の仲がどんどん険悪になっていたのは肌で感じていた。
アウスバッハの祖母が健在のころ、昔は叔父様とともに国境に出ることが多かったおじい様の代わりに、おばあさまが子供の私にも言い含める意図があったのか、私がいる場所で面と両親に向かって「仲が良かったジルレ侯爵やマイエルリンク公爵に義理を欠くような行動は慎むようにと」何度も諭していたことは覚えている。
だが、両親はその言葉を無視するかのようにどんどん王太后様と懇意になるようになり、おばあさまが他界してからはおじい様の許に来ることは滅多にないし、私が通う学園都市マトヤのフィリパ学園の学校行事にすらろくに来ないし、エロイーズが寄こしてくる手紙にたまに一緒に手紙を寄こすくらいだ。
両親が近寄って行った王太后様という方は、私が世の中がだんだんわかってくるようになってきてからも、年々実の息子の国王陛下との関係が悪化していることが大っぴらに噂されていた。
しかも、陛下と年が離れた王弟殿下は学業を修了後、国政には関わりたくないという態度で外遊に出られたが、王太后様の許にはいまだ王弟殿下を次期国王にと目論む輩が多数集まっているという。
おじい様は国王派であり、おじい様は私と妹の婚約者が国王派であるにもかかわらず、娘であるお母様とその夫のお父様が王太后様派ということにかなり苛立っている。
「うむ。ジジの両親は言いたくないが、派手好きで、しかもここ数年は顕示欲が強すぎるらしいからな。
類は友を呼ぶという言葉の通り王太后の派閥にはそのような輩が多い。
しかし、王太后はフィガロを当主から外して誰にするつもりなのだ?
フィガロの実の兄も魔力の量でいうならフィガロと大して変わらぬと聞いておるぞ。
跡を継ぐ者はおらぬだろう」
「うーん、僕も最近知ったばかりだけど、おじい様と王太后様にはもう一人一番下に弟がいたんだ。その人は街に来ていた行商人の女の人に恋をして家出しているんだけど、その人の孫を王太后様が見つけたらしいよ。その男の子は魔力が多いから跡を継げるって」
「はあ?
王宮の宮殿からろくに出ない王太后がどうやってそんな存在を見つけられるのだ?
それに、当時の王子、先代の亡き国王と付き合っていた王太后は、平民と結婚する者など王子との結婚の妨げになると言い、街中で相手の女を侮辱した女だぞ。
そんな王太后が平民の血を引いたものを跡継ぎに推すのか?
それに、フィガロが次期当主になることを王太后が邪魔をするなど、家を出て公の王族の身の者が、例え自分の実家だろうと一貴族の家の継承問題に地位をかさに口を出すなど言語道断ではないか。
反対をするのなら、おぬしが養子に入る前に反対すればよかったのだ。」
「……シャール、君、やけに我が家の事情に詳しいね」
「う、うむ。……その、おぬしの祖父から聞いたのだ」
お、うまく切り抜けたな、シャール。
実は長生きな精霊だから知ってますなんて言えませんわな。
「シャールしゃんはみんなと仲良しー。僕も仲良しー」
「確かに昔からおじい様はシャールが来ると良く二人で話してるもんね」
「そうだ、まあ、その昔話で聞いたのだ」
偶然ながらも、ずっと話を黙って聞いていたレオ君たら、ナイスアシストです。
大きなお目目を輝かせフィガロ様の許によちよちとやって来るレオ君に心の中で「ナイスアシスト賞」を送っておく。
「でもー、こんにゃくしゃさん」
初対面のフィガロ様にもうすっかり慣れたのか、彼の膝に小さな手を付けて、フィガロ様の蒼い目を上目遣いで覗き込むレオ君。
その可愛らしさに、フィガロ様の表情がでれっでれに崩れた。
わかる、わかるよ。その可愛らしさに顔が崩れるのは。
でもね、初めて見たよ。
その甘い顔。
「どうしたんだい?
僕はフィガロだよ、レオ君」
「あーい。ありがちょ。
ふぃーがりょ、フィ、……がりょんしゃん?」
「フィーで良いよ。僕の名前言いにくいかな?」
名前を正しく言えなくて、首を傾げて若干情けない顔になっている赤いお帽子姿のレオ君だったが、次に彼の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「しゅみましぇん。フィーしゃん。
あにょー、フィーしゃんがジジしゃんと結婚できなくなったら、ジジしゃんは僕と結婚できましゅか?」
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