意外な助っ人
自分の収納袋の中に手を突っ込み、硬めの感触を感じた渋柿を掴んで先制攻撃をしかけようとしたときだ。
神殿の正門の方に人の気配がしたかと思うと「ルジアダ・フォン・エルランジュをはじめ外の者は皆、今すぐ避難しろ」とここにはいないはずだが、でも、聞きなれた声が響き渡った。
「え? その声……まさか?」
「邪魔をするのは誰だ?」
「ルジアダ!
ここは学園長と私の騎士団に任せろっ」
声が聞こえた正門の方に私とテレジアが視線を向けると、門の外には白髪を一つに結い、右手に槍を持ったおじい様とそれに続く見知ったアウスバッハ辺境拍の騎士の刺繍が入った特殊な生地を使った訓練用の服を着た精鋭の騎士団十数人が門を塞ぐかのように次々と現れた。
「どこから現れたっ?」
「聖女を騙るような奴の質問に答える義務はない。
学園長の指示次第、誘拐犯テレジアを捕縛せよッ」
「はっ!」
号令に対し、構えを取った騎士団。
シュルツ王国と接する国境地帯と東の海を守る辺境のアウスバッハの騎士団は物理攻撃だけでなく魔法攻撃にも耐えるよう訓練され、国王陛下の片腕のバルト将軍が鍛え上げた近衛騎士団も模擬戦で毎年手古摺るこの国の精鋭なのだ。
「おじい様、魔法陣の下で魔法を使うだけ魔力が奪われますし、鎧はやけどするだけですっ。
とにかく拳で勝負です!」
「分かったぞ、ルジアダ」
すぐさま金属を外す音が響き、屈強なアウスバッハの一軍が肉弾戦に入ろうとする様子にテレジアの顔がこわばる。
「くそっ、まさかアウスバッハの軍が来るとは」
予想もしていなかったおじい様達の登場に顔色を悪くしたテレジアは杖を振り上げた。
「ちっ、こうなったらお前たちは人質だ。
まずはその精霊達をッ」
途端に杖の赤い石が鈍い光を放ちだした。
「うぐっ、魔力がっ」
「イラリオン様っ、お鎮まりくださいっ」
途端に地面に這いつくばり、距離を取ろうとするシャールに、治療されていながらも苦しみだすイラリオン様。
まずいッ、シャールやイラリオン様が封じられたらえらいことだ。
「させるかあっ」
あの杖を何とかしなければ。
すかさず側の収納袋に手を突っ込んで、すぐに掴めた熟しすぎた柿を二つ手にして、思いっきり振りかぶって投げつけた。
グシャッ
グシャッ
潰れたような鈍い音が二回。
杖に意識を集中していた彼女は、急に飛んできた物体を完全によけきれず、熟しすぎた柿は見事命中し、杖の光が消えた。
一つは彼女のおでこの左側に当たって顔と髪にべっとりオレンジ色、もう一方がは肩に当たって白い服がべっとり柿色に染まった。
「お嬢様、……やりますな」
「お見事!」
「いい当たりですな」
「ジジしゃん、しゅごいっ」
「……さすがだな。ジジ」
さすが私。
騎士の誰かさん、トーマス様、村長さん、レオ君、シャールの賞賛が心地いい。
ただ、なぜかおじい様が額に手を当ててなんか芳しくない顔をしていたが、それは無視。
おそらく「食べ物を粗末にして」と思っていらっしゃるのだろうが、今は敵に勝つことが大事なのだ。
目の前の悪辣な敵から身を守り倒すために許してもらいたい。
次は顔面命中狙うぜ、今掴んだ硬い渋柿で!
そして、最後は拳と蹴りで沈めてあの杖を奪ってやる。
顔と服がべとべとになった彼女は何が自分にぶつけられたか分かっておらず、「なんだ、これは」と錯乱状態になっている。
危険な薬品や弾薬を投げたわけではないが、取り乱してくれた方がありがたい。
一個では足りないと袋から硬めの小ぶりなものを三個ほど取り出して二個は左手で持ち、右手で一個振りかぶろうと思いきや、次に投げる柿を取り出している間に元に戻ったテレジアが怒りの形相を浮かべ、お年寄りとは思えぬ早さでこちらに向かって走り出してきた。
「ジジ、来たぞっ」
「おのれ、小娘ッ」
「ふんッ、来るなら来い」
両親や上流階級の友人が聞いたら卒倒しそうな悪い形相とお言葉で応え、向かってくる相手に再度掴んだ柿を全力で投げつけ、投げた三球とも全てクリーンヒット!
だが、今回は「さすが、私」なんて浸っている暇はなかった。
投げつけた柿が顔面に当たろうが、腹部や腕に当たろうが怯みもせず、鬼の形相であとメートルの距離まで駆け寄ってきたのだ。
「小娘、退くがいい」
「誰が退くかっ」
先ほど「人質」という言葉を吐いた相手を、小さなレオ君やケガをしているイラリオン様がいる結界の中に入れるわけにはいかない。
結界の中から、再度熱風の中に足を踏み出すと、杖を大きく振りかぶったテレジアが走りこんできた。
よし、向こうが杖を振り下ろして来たらその隙を利用して、今度こそ手加減なしで一発決めるぞ!
その時だ。
テレジアと私の間に風が吹き、大きな影が立ちふさがった。
「おっと、元気な老婆だな」
颯爽と現れた大きな影は振り下ろされた杖を片手で受け止めていた。
「おのれ、こうなったら皆まとめて新たな魔法陣でっ」
「無駄だな」
杖の先から漏れ出た新たな魔法陣を悠々ともう片方の手で握りつぶして、悠々と私の前に立つ後ろ姿。
うねる黒髪を靡かせ、黒のローブ下に三つ揃いの黒のスーツを着たダンディな男性。
「へ? 学園長?」
予想もしなかったフィリパ学園の学園長の登場に間抜けな声が出た。
「ルジアダ・フォン・エルランジュ。
よく頑張った。
ここは我々に任せておけ」
杖を片手に受け止めたまま、熱風吹きすさぶ中でも涼しい顔でこちらを振り向いた。
学園長は、口元は笑顔だが、赤い瞳が、レオ君や横たわるイラリオン様をとらえた途端、怒りの炎が浮かんだ。
「ロビンッ、精霊イラリオンが負傷していて動けん。
俺が良いというまで魔法陣外で待機だ」
「分かった」
「さて、聖女テレジア。いや、聖女を騙ったただの犯罪者め。
よくもわが校の大事な伝統ある儀式の邪魔をし、精霊を傷つけ、魔族の子を痛めつけてくれたな。許さんぞ」
おじい様に指示を出した学園長は、聖女テレジアと熱波を噴出する上空の魔法陣を見てフンっと鼻で嗤った。
杖を取り戻そうと引っ張るテレジアの杖の上部を手刀で叩き折り、杖を引っ張っていたテレジアは反動で尻もちをついた。
「うううっ、熱いっ
・・・・・何者だ?
この熱風の中、結界も張らずに汗一つかかないなんて」
杖が折られて熱風が襲ったテレジアの顔が一気に赤くなる。
「ふん、フィリパ学園の学園長の俺の顔すら知らんとは、聖女と呼ばれていてもたいしたことないな。
しかもまあ、見るも無残な汚い姿だ」
熱風で赤い顔をしたテレジアは、折られて地面に落ちている杖の先を回収しようと、学園長の隙を見て這いずって手を伸ばした。
だが、その手を阻むようにしゃがみ込んだ学園長は折れた杖の先を拾って、ぽーんと上に放り投げた。
「何をするっ!」
「さあ、何かな?」
杖の先を放り投げられたテレジアの叫び声が響く中、赤い石が嵌った杖の先は勢いよく飛んで行った。
だが空中で急に意思を持ったかのようにぐんぐん魔法陣の方に不可思議な動きで上昇し「消えろ」と学園長が呟いた途端、魔法陣の線を上書きするかのように光の放射線が広がっていき、同時に、熱風がどんどん収まって、気温が元に戻ってきた。
「うわあ、きれいっ」
「す、素晴らしい」
「魔法陣が……」
「ふん。あの程度の中途半端な魔法陣などこれで終わりだ。
しかし……、まさか今頃この国で禁断の魔法陣を真似た輩が出るとは」
そして、魔法陣を上書きした光がどんどん輝きだすと、レオ君どころかトーマス様まで目を輝かせて、空に浮かぶ光のショーを眺めている。
そして綺麗な光の魔法陣が七色に輝きから白い光になって四方に弾け飛んだ。
そして、その後は、もとの秋晴れの青空が顔を出し、役目を終えたかのように杖の先が地面にカランと音を立てて落ちた。
「ロビン、捕獲だっ」
ご自慢の魔法陣をかき消されて呆けている聖女テレジアにおじい様達が一斉に駆け寄って魔力封じの縄で捕縛した。
捕縛後、舌をかみ切ったり、何らかの方法で自殺されたりては困るので、猿轡もかまされた彼女は最後まで抵抗していた。
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