手ごわい敵
ただの蛇なら持ち上げでもしたら締め上げて殺されるか、噛まれてしまうだろうが、相手はレオ君を救った精霊様である。
今はそう、私が抱っこしてるのは大事な精霊様、精霊様、精霊さ……。
「蛇の私を担ぎ上げますか?」
一生懸命忘れようとしているのに、腕の中の重くて大きな個体が現実に連れ戻す。
あなたを助けたいんだから、お願いだから、現実に引き戻さないでー!
「ひ、引きずってすみません。あと、喋ると力が抜けそうなんで黙っててもらっていいですか。
くっ、重いッ」
話しかけられて精神が乱れたら重さでも違う意味でも運ぶことが難しい。
とにかく老女テレジアが遠く離れて何もしてこない今のうちに精霊イラリオン様を陣中に運び込まなくてはならない。
重い胴体を担ぎ上げ、持ち上げることはできない尻尾は引きずりながら、シャール達の近くに急いで連れて行った。
「ジジしゃん、しゅごい力持ち!」
レオ君の興奮気味の声が聞こえたり、運ぶ際に何度も頬にひんやりとした蛇のツルツルした鱗の感覚があったけど、とりあえず何も考えず、無心の境地を目指す。
「まさか……、あんな大きな蛇を抱いて運ぶとは……」
そんな声がテレジアの口から洩れていたけれど、魔法で運べなかったなら、物理的方法で運べばいい。
それに、今の行動はある意味私の賭けだった。とにかく、空に広がる魔法陣の下で、彼女が新たな魔法を使う可能性は低い方に賭けた。
さっき「魔力を出せば出すほど吸収されますよ」と言った。
でも、彼女はただその下でイラリオン様をいたぶり続けるだけで、魔法陣の外で結界を張っている私達が居た場所に、新たな攻撃魔法を仕掛けてこなかった。
確かにこちらが魔法を使えば魔力が吸収される魔法陣が発動させたら、ある程度以上の上級者なら別の魔法を使えるのにあの熱風攻撃以外使ってこないのがおかしい。
彼女は魔法陣に組み込まれた「魔力を吸収する術」と「温度のコントロール」という方法で今まで過ごしてきたのかもしれないが。
ただ、今彼女が使っているこの二つだけでも大した威力なのだけれど。
そして、イラリオン様を運ぶ私は隙だらけで、本来なら絶好の攻撃のチャンスだったのに、熱波の下、彼女も体力を温存したかったのか、私に対し反撃を加えることもなく、呆けた後は、シャール達が張る結界の中に戻っていく私を見て、しくじったという顔をしている。
やはり予想通りこの熱波の魔法陣を展開している間は、彼女も魔法が使えない、もしくは使っても効果が薄いのだろう。
なんとかレオ君の角が刺さったままのイラリオン様を無事テレジアの許から奪還できた。
「ジジ、よくやった」
「うん。後は治療を」
私が巨大な白蛇イラリオン様を地面に下ろすと、すぐさまトーマス様達が駆け寄って具合を確認し始めた。
そしてその後からレオ君がとてとてと近寄り不安そうにその様子を覗き込んだ。
「おじしゃん、ごめんね。僕のちゅの、痛いよねえ」
「ぼっちゃん、心配な気持ちはよくわかります。
神官様達がこれから治してくださいますから、こっちで見ていましょうね」
「あい」
気を利かせた村長さんが、イラリオン様の治療する光景がみられるよう、レオ君を抱っこして、大きな庭石に腰掛ける。
だっこしてくれた村長さんの腕の中から、レオ君はまるで自分が刺されたかのように、痛そうに顔をしかめる見守っている。
トーマス様とサミュエル様がのたうつ精霊イラリオン様に腰が引き気味になりながらも回復魔法を使い始め様子を見た。
そしてすぐに立ち上がったサミュエル様が「これは……、神殿の薬を持ってきます」と思い出したかのように空の魔法陣の下を避けるように走っていった。
「ジジ、水とタオルだ」
「ありがとう」
差し出された水を口に含み、タオルで汗をぬぐう。
あの暑さというか熱さというか、あの中で長期戦は難しい。
実際、今、イラリオン様を奪われ悔しそうな顔をしているが、あの熱風の中、彼女は腰に着けている収納袋からコップが蓋になっている水筒を取り出して水分補給をし、余裕の表情だ。
「シャール、悪いけど、もう少ししたら収納袋からこれ全部放り投げるつもりで、あの婆さんにぶつけるから」
「なぬ?」
「最終手段だけどね。
あの婆さんを先頭不能にして杖を奪うのが一番ベストだけど
最悪はもったいないけど、熟した柿が熱でドボドボになるだろうから、ぶつけてベッタベタにして、戦意喪失させてから沈めるわ。
あの婆さんもこの熱波の中にいる以上、いくら自分の周りを冷やしていても、魔力が吸われるから、柿が灰になるほどの熱量にはできないと思うんだ」
物理攻撃しか効かないなら、最悪、この手は使いたくなかったが収穫した秋の味覚爆弾に賭けてみるしかない。
水をもう一口飲んだ後、私は再び敵の前に戻ることにした。
「蛇に触れるとは、なかなか肝の据わったお嬢さんね。
まあ、後で精霊も魔族もまとめていただきましょうか。あなたを片付けたら、この魔法陣を広げて、あそこの者達も魔法陣の餌食にしてしまいましょう。
さて、私は棒術もとくいなのですよ。
この中どれだけもつのかしら?」
こっちがどんな攻撃を仕掛けようか分かっていない元聖女は、フンッと勢いよく突いてきた。
身をよじって切っ先をよけると、杖が再び繰り出されてきた。
とても老人とは思えない鋭さと早さである。
「早っ。
でも、この魔法陣を使っている間はあなたも魔力を使えば吸われるんでしょう?」
熱で空気はあて布がないと息を吸うことも辛いが、テレジアの周りだけはなぜか涼しい。彼女自身が涼しくなる魔道具か何かを持っているのか、杖が涼しいのか。
「気付きましたか。
でも、これは私の周囲だけです。
この中、あなたは魔法を使わずどれだけ楽しませてくれるでしょうねえ」
何度も繰り出されてくる杖先の突きを除け、拳や蹴りを繰り出して杖を掴もうと反撃を試みようとするが、ものすごく切り返しが早い。
しかも、相手は巫女の服、長いスカートをさばきながら杖の攻撃だけでなく、拳や蹴りが繰り出されるものだから、正直、この婆さん、実は巫女じゃなく、騎士団か隠密で特殊訓練受けた人間じゃないかと疑ってしまうわ。
そして、何度か杖の先が私の頬を掠って気が付いた。
「なるほど。やっぱり杖か」
わかったのは、繰り出されてくる杖の先から何度も感じる冷気。
確かに彼女と取っ組み合って彼女の体から涼しさを感じたが、杖の突きの攻撃を繰り出す際、杖から放たれる冷気が一番冷たい。
ということは、杖を奪えば感じているこの熱さは何とかなりそうだ。
彼女を先頭不能にする方向から、杖を奪うことに攻撃を切り替え、ついでに杖を掴んでもみ合いになった瞬間、繰り出した肘鉄と膝蹴りが決まった。
「うぐっ、……面倒くさい小娘だこと」
私が杖を奪う動きに切り替えたことに気が付いた老女は、肘鉄と膝蹴りなど効果がなかったかのように、彼女から奪おうと私も握っていた杖をぶんっと大きく振り回し、私の腕を振り払い、正門近くに走り去った。
距離が離れた途端、今までよりもさらに強い熱風が襲い、汗が一気に滝のように流れる。
どうやらあの婆さん、熱風の威力をあげたようだ。
体の周りに冷却魔法を使っても魔力が吸われるので、サウナにいるみたいだ。
こうなったらすぐに脱水症状まっしぐらで干からびてしまう。
こうなったらとまずは一旦結界を張っているシャール達の側に戻って水分補給だ。
相手も魔法がこれ以上使えないなら物理攻撃で勝ちに行く。
「ジジ、水だ」
差し出される水を一気に飲み干し、汗をぬぐい、気が付いた。
……わ、私の髪の毛が。
毛先が熱でチリチリになっている!
「……シャール。やりたくないけど、こうなったら栗と柿をあの婆さんの顔狙って投げるわ」
「本気か?
イラリオンがこっちに来たのだから、このまま逃げるという手もあるぞ。
ここの宝剣はフィリパの術がかかっておるし、今日ジジが成功した魔法陣で守られておる。
あの女が百人寄っても剣は奪われん」
「シャール、この勝負、私はずぇったいに勝つ。
そのためには栗と柿は使いたくなかったけど、勝つために手段は選ばないわ。
石ぶつけてやろうと思っても、土ばっかりで石が転がってないし、多分転がってたとしても熱くて持てないだろうし。
こうなったら熟したやつを顔にぶつけてやろうじゃないの。
敬老思想なんてあの人は除外よ、除外!
見てよ、この私の髪の毛!
気が付いたら熱でチリチリなんだから!」
このあと甘党シャールのリクエストでモンブランに栗のパウンドケーキ、マロングラッセなどの準備をしてくれている城の料理人たちや、栗が好きなフィガロ様には悪いが、とにかくあるだけぶつけてやる。
硬い柿ももちろん痛いが、熟した柿が潰れたらねっとり張り付くのだ。
この熱で傷んだ金髪。
美貌の母に似た妹と違って、私の体で唯一自慢できた(?)艶やかな金髪を熱でチリチリにした報いは受けていただきたい。
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