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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

痛みを知らない僕達

作者: 悟飯 粒

 僕の体は継接ぎだ。破れてワタが飛び出さないように縫われた人形みたいに、体の至る所を縫い付けられている。壊れているものを繕っただけの廃棄寸前の人形だ。


 「はっはっはっはっ!!」

 「あはははははっっ!!」


 そんなボロボロの僕を追いかけるのは、笑顔が素敵な小さな女の子。無知ゆえに綺麗な真っ赤の瞳と唇が、今の僕の目から見ても美しく見える。


 ドォオオンン!!!


 そんな美しい女の子が壁を撫でると、その壁は吹き飛び粉々に砕けた。更にもうひと撫で、床が砕け散った。走る場所を無くした僕は重力のまま落下し、受け身を取ることなく腹から着地すると、その痛みに悶絶して蹲る。


 「つーかまーえた。」


 そんな僕の背中に馬乗りになる女の子。背中越しに感じる体重はとても軽くてこの屋敷をぶち壊した張本人とは思えない。でも僕は知っている、これからどれほど凄惨なことが起きるのかを。必死こいて体を亀のように丸めたけど、彼女の力の前では無力だ。簡単に僕の腕を掴み持ち上げた。関節が逆方向に曲がり骨と靭帯が引きちぎれる。人体をなんだと思っているんだ、クッキーみたいに簡単にちぎりやがって。そしてもう一捻り加わり、僕の腕は肩からネジ切れた。こうなるともう片方の腕も………案の定、楽しくなって来た女の子は僕の残った腕すらもねじ切り、外れた両の腕を地面に投げ捨てる。そして最後、僕の頭を掴むとゆっくりと引き抜いた。



 「今日もまた派手にやられましたね。」


 女の子が遊び疲れて眠ったその夜、僕はいつもの人に回収されて、千切れた身体を糸で縫い合わせてもらっていた。針で身体を縫い合わせてもらう痛みにも慣れてきたな、引きちぎられる痛みだけはまだまだ我慢できないけど。

 僕は死なない。しかしすごい再生能力があるわけでも、怪力があるわけでも、空を飛べるわけでもない。ただ心臓が止まらず意識があるだけ。身体を引きちぎられたら何もしなければそのままだし、頭を引っこ抜かれたら動くこともできずに出血を続ける。心臓だけはどんな外傷を受けても必ず元通りになるのだけれど、本当にそれだけ。死なないだけ。これは僕のいるこの世界では致命的な弱点だ。

 この世界は人外が群れなす弱肉強食の世界。他を圧倒するような力がなければ生き残れないのだ。まぁ僕は死ぬことはないから生き続けられるけれど、食べられて誰かのお腹の中で心臓だけの状態で過ごすことになるだろうから死んでるのと変わりない。僕はあまりにも無力だ。そんな要らない子である僕は親に捨てられ誰にも見つかることなく生きていた。危なくなったら自ら身体を引きちぎり、腹を掻っ捌き臓物を曝け出して死んだふりもした。しかし不幸だったのか幸運だったのか………2年前。僕が死んだふりをしてなんとか窮地を脱出しようとした時、この屋敷の主に僕の不死性を見破られてしまい今ここに雇われているのだ。雇用目的は勿論お察しの通り、娘さんの遊び道具になることである。


 「エディグラル様が楽しんでいたようで何よりです。」


 僕は細い指で新しくできた縫い目を撫でた。その時に響く痛みが、先程の光景を思い出させる。

 この屋敷の主は、この人外魔境の世界で王として君臨する化け物だ。圧倒的な知性と怪力を誇り、僕は見たことないが超能力も使えるらしい。人外の中の人外。魑魅魍魎を従える大悪魔。そんなヤバさ100満点の怪物の娘さんが僕を引きちぎって遊んでいたエディグラル様なわけだ。怪物のエリートであり、人外魔境の希望の星だそうだ。いやはや、そんなエリートのオモチャにされてるなんて誇り高いね。喜びのあまり大きなため息が出ちゃうよ。はぁーー逃げ出したいなぁ。


 体を縫い終わり、こうして長い1日が終わる。僕の1日の最後はいつだってバラバラだ。



 僕の1日の始まりは早い。朝6時にひとまず起きて準備をした後に自室の掃除をし、少しボケっとする。この休憩時間が一番心地よい。そして7時半になると本格始動。この屋敷に雇われている召使いが各セクション毎に集合し、今日の仕事の確認や事務報告をする。僕は雑用係にこき使われるような最下層の人間だ。床を掃除して窓を磨くだけ。このだだっ広い屋敷の全てを1人でやるのなんて物理的に不可能なのに、雑用係のみんなは全てを僕に押し付けてくる。僕にすごい能力があれば屋敷の全てを掃除できるのだろうが、あいにくの不死性のみの雑魚っぱだ。反逆などできずに残業覚悟で掃除をし続ける。12時半になるとお昼休憩になるのだが、どう頑張っても掃除が終わらない僕はご飯も食べずに掃除を続ける。そして17時半になると僕の仕事はひとまず終わりようやく休憩できる。12時間ぶりにありつけるありがたい食べ物なのだが、僕の場合はこれから大仕事が待っているため少なめだ。腹を切り裂かれた時に内容物が床を汚したら嫌じゃん?まぁ夥しい出血で汚れるから誤差でしかないんだけど、ちょっとね…………


 ドォォオオオンンン!!!


 そして22時。お嬢様との遊びが始まる。エリートの彼女は日中スパルタ教育を受けているらしく、その鬱憤が溜まっているのだろう。めちゃくちゃ楽しそうに暴れ回る。壁という壁を破壊し、床という床を崩落させ、僕という僕を粉々にする。エリートならば僕のような雑魚ではなく、もっと強いやつで遊ばせたらいいと思うだろうけれど、ご主人様曰く「一方的に虐げる喜びを理解させるためにお前じゃなきゃダメなのだ。」そうだ。困っちゃうね、本当。

 今日も今日とてなす術のない僕は逃げ続ける。後ろの床が崩落を続け僕を追い立ててくるが、そんなこと気にしてられない。とにかく逃げ、逃げ、逃げなのだ。


 ガボンッ!


 突如進行方向の天井が吹き飛び、僕の目の前にお嬢様が落ちて来た。床を破壊し続けていたはずなのに、なぜ天井から現れたその様を見て僕の心臓は止まりかけた。いや止まらないのだけれど。一瞬で膨大な緊張と恐怖が押し寄せ身体が支配される。膝は震え呼吸困難に陥る。やばい、しゃっくりが止まらない。このままだと………動いてくれ!

 しかし僕の健闘虚しく、身体は一切動くことなくお嬢様は何の気なく僕を掴むと、勢いのままに僕を斜めに切り裂いた。


 遊びは10分で終わり、体を回収された僕はまたいつもの人に身体を縫い合わせてもらう。この人の不思議な異能によって、糸で体を縫ってもらうと魔法みたいに傷が癒えるのだ。ありがた迷惑も甚だしいが、こうしてまた僕は眠りにつくと新しい朝が始まるのだ。



 ここに来てから2年。散々殺された。殺されすぎて常人なら痛みを感じなくなるほどに心が壊れてしまうのだろうが、可哀想なことに僕は心が強いらしい。身体能力に反比例して心だけ強いせいで、僕の心は死んでくれない。今日も今日とて引きちぎられる痛みに目をチカチカさせ、脳を痺れさせながらひたすらに我慢をする。ああ、このままじゃあ発狂してしまう。せっかくの強い心もいつの日か死んでしまう。どうにかしないと、どうにかしないと……………そうして考え抜いた末、どうにかする為に僕はお嬢様のお部屋に行くことを決心した。遊びの時間に彼女をどうにかするだけの力がない僕は、遊び以外の時間でどうにか説得した方が得策だと考えたのだ。その為にはまず僕に押し付けられている雑用の数々をつっぱね、どうにかして時間を作らなければいけない。このままじゃダメなのだ。


 「お、お前達!」

 「ん?どうした雑用。」


 朝の仕事が始まる前、7時ごろに僕は雑用係が集められている宿泊棟に殴り込んだ。音を立てずにさっと扉を開き、ゆっくりと閉める。そしてヘコヘコと頭を下げてみんなを苛立たせないようにへりくだりながらだ!


 「ぼ、ぼ、僕に雑用を押し付けるのをやめるんだ!」


 この屋敷に来てから悲鳴以外で初めて大声を出したせいで若干声が裏返っているが、別に怖気ついたわけではない。だし慣れてないだけだ。


 「んーー?おいおいおい、お前如きが何言ってんだよ。俺達にすら勝てないような奴が口応えしてんじゃねぇ。」


 この世界は完璧な縦社会だ。力あるものだけが優遇され、僕のような死なないだけの人外に生きている価値はないのだ。ふっ………しかし僕は今日この日のために雑用の全てをこなすことで徹底的に体を鍛え上げてきたのだ。たとえ能力で勝てなかったとしても身体能力で勝ってやる!


 「ふんっ………そんなの勝ってから言うんだな。」


 僕は鼻で笑った後に右手首を捻った。


 〜3秒後〜


 目に見えないよく分からない力で吹き飛ばされた僕はこの屋敷の壁を突き破り空高く飛んでいた。地面は10m先………これ最高に痛い奴だ。僕は背中から着地すると、心臓が裏返るような痛みと衝撃にのたうち回った後、脊髄麻痺により身体が動かなくなった。そしてまたいつもの人が僕を回収すると、今度は脊髄に糸を通してくれてなんとか復活した。


 「珍しいですね。あなたがお嬢様の遊び以外で怪我をするのは。」


 朝の仕事に行こうとしていた僕にいつもの人が話しかけてきた。


 「お昼の間にお嬢様に会いに行こうかなと思いまして。その為には僕に押し付けられる雑用をどうにかしなくてはいけないと考えました。」

 「なるほど………それで、戦いを挑んでボロボロにされたと。」

 「はい、そういうことです。」


 あーー強く生まれたかったなぁ。強ければ他の人間にたくさんの条件を押し付けられるのになぁ。死なないだけのせいでこんな…………


 「ふふふっ………あなたに戦いは似合わないですよ。もっと別の方法で環境を変えるべきです。」

 「でもこの世界は弱肉強食の世界ですよ。」

 「確かにそうですが、それ以前にあなたはこの屋敷の使用人じゃあないですか。仕事で結果を出せば全てが思い通りですよ。」

 「でも……………」


 生まれた時から虐げられてきた僕にとってこの世界は力が全てだ。力のないものにはなんの権限も存在しない。食われないように必死に逃げ惑い、草の根かき分けて食べ物を探し、他者から発せられる気配に怯えながら草食動物のように浅い眠りをする。運良く拾われたと思えば一方的に体を破壊され、雑用の全てを押しつけられる。力のないものに反論する権利などないのだ。


 「私は生まれつき身体が弱く、人と戦う力がありませんでした。これといった異能もなく、ただ人にこき使われる日々。」


 いつもの人が目を閉じて口を開いた。思い出をなぞるように言葉が紡がれていく。


 「今のあなたと同じです。ただ一つ違う点があるとすれば私はその環境に我慢ならず、雇い主を殺そうとしたことでしょうか。確実に心臓を破壊する為に3ヶ月間もの月日をかけて考えました。その決行日。雑用として使用人の服を縫っている時に手にした針でどうにかご主人様を殺そうと突き刺した時、私の知らなかった異能が発動し相手の傷を癒してしまったのです。」


 いつもの人はいまだに目を閉じて話を続ける。へーーいつもおっとりしていてそんな激情型に見えないけれど、雇い主をぶっ殺そうとしてたのか。すげーなこの人。


 「勿論、殺害に失敗した私はその場で半殺しの憂き目に遭いましたが、私の回復能力に目をつけた今のこの屋敷のご主人様に拾われ重用してもらっています。」


 そうだよなぁ。この暴力の世界で回復能力なんて貴重だもん。羨ましいなぁ。僕も不死性じゃなくてそういった貴重な能力が欲しいよ。


 「どんなに才能がなくても我慢し続けることは、心を殺すだけで全てが終わるのですから、できます。ただ、現状を打破する為に本当に必要なことは継続することです。突発的ではなく、長い年月をかけてゆっくりとゆっくりと信頼を勝ち取り、最後に花を咲かせる。…………真の成功者は最速で遠回りをするのです。私は私の異能のせいでその道を閉ざされましたが、それでもその努力の先に今の地位がある。あなたにはそのその道を行くだけの資格があるはずなんです。」


 いつもの人がようやく目を開くと、その青い瞳が僕を見てくる。綺麗だ、その濁りのない瞳には疑いようのない真実が秘められている気がする。


 「今を変えたのならば暴力ではなく、もっとあなたらしい方法で臨むべき………私ができるアドバイスはこれくらいでしょうか。」


 確かにそうなのかもしれない。今の僕には分からないけれど、僕が暴力に頼った所で問題が解決しないことは身にしみて感じている。ここが暴力の世界だろうと、僕を認めさせる為に暴力を手段として選ぶべきではないんだ。ないのなら、僕にあることで道を拓く………そうするべきなのだろう。


 「……………ありがとうございます。」

 「いえいえ礼には及びません。ただの経験談を語っただけですから。それよりも頑張って下さい今日のお仕事。」


 僕はいつもの部屋を出た。さて………何をすればいいか分からないけれど、とにかく頑張ってみるか。今を変える為に。



 こうして僕は現状を変える為に、僕らしい方法で臨むことにした。僕には仕事に使えるような異能はない。ただ死なないだけ。ストレスも感じるし、体調不良にもなる。でもだからこそそれが僕の長所だと理解できた。他の人外達はその強みにあぐらをかくけれど、僕はあぐらをかく場所がない。僕は圧倒的なデフォルト。他のやつらの出来ない部分の集約系。僕が「きついな。」と思う仕事は、他の大部分が「キツイ。」と思う仕事なのだ。ならばそれを精一杯やるだけ。理性の全てを働かせて最大効率で進めれば良いのだ。


 僕の1日は早い。朝5時に起きると部屋の掃除とご飯を食べ終え、5時45分から仕事の準備を始める。7時半から朝のミーティングだからそれまでに各廊下に他の人の邪魔にならないように水拭き用のバケツと清掃具を配置し、ついでに力を入れなくてはいけない箇所をマッピングする。そして朝のミーティングを終えると、僕は誰よりも早くそのミーティング会場から離れて雑用をする。無駄口は一切たたかない。ただひたすらに最速を求めてこの屋敷の清掃を始める。しかし最速で掃除をした所でこのだだっ広い屋敷を掃除機し切るのには定時までかかるのでズルをしなくてはいけない。だから22時のお嬢さまとの遊びによる逃走経路を事前に決め、そこの掃除をほどほどに済ませることにした。どうせお嬢様が破壊して復元魔法で完璧に綺麗な状態で元通りになるのだ、掃除なんてしなくて良いだろう。そして定時の17時半までに2時間の余裕を作り出すと、今度は別のセクションの偉い人達の手伝いをしにいく。他の奴らはダラダラと自分の仕事を時間目一杯こなすから、誰も偉い人達の仕事を手伝わないのだ。僕の存在価値を認めさせる為には強さではなく[仕事ができる奴]にする必要がある。そのためにはこの屋敷の各セクションの仕事を割り振っている偉い人に認めてもらわなくてはいけない。僕はこの屋敷の全域に足を通わせるから、その日はどこの仕事が大変かを把握することができる為、日毎に一番大変な仕事のヘルプに入るようにした。とにかく仕事を回す。僕の価値を認めさせる為にとにかく早く、正確に。

 そして22時になるとお嬢さまとの遊びが始まる。僕はあらかじめ決められた経路を進み、とにかくお嬢様から逃げ続ける。しかも一方的に殺されてはお嬢様が楽しめないから、僕はフェイントをかけたり、掃除の時に経路に事前に道具を隠してそれを使うなどしてアクセントを加えるようにした。痛いのは我慢できないけれど、この痛みが何かの為になっていると思えば我慢できる。お嬢様に直訴する為だ、耐えるんだ僕!


 そんな生活が半年続いた。途中で何度も諦めそうになったし、やめようと思ったけれど、その度にいつもの人に愚痴を言うようにした。僕の現状を理解できる人はあの人だけなのだから、励ましてもらったりアドバイスを貰ったりして自分を鼓舞し続ける。今を変える為だ、頑張れ、頑張るんだ。

 そして僕の頑張りがとうとう認められたのか雑用の雑用係だった僕は昇進し、雑用係を統括するポジションにつけたのだ。相変わらずヒエラルキーの下層だけれど、雑用係の奴らが僕に仕事を押し付けることはなくなった。


 「…………失礼します。」


 この屋敷に来てから2年半、僕は初めてお嬢様の部屋に入ることができた。謁見時間は5分もないが、とにかく遊びの時間以外に会うことができたのだ。第一目標は完遂。ここからお嬢様を説得して…………

 僕とお嬢様が出会う22時。それ以外の昼間の時間の彼女は死んだように天井を眺めていた。いつも笑って僕を追い回して殺していたのに、今の彼女にその片鱗は見当たらない。死人だ…………継接ぎだらけの僕なんかよりもよっぽど。


 「…………………」


 初めて彼女を見つめる僕と、僕を見つめない彼女。それはとても真逆で…………僕は何も喋ることができずにお嬢様の部屋を後にした。そして、僕は自分の首を切り裂いた。



 怪我をした僕はいつもの人に運ばれ、いつもの部屋で治療していた。切り裂かれた首を縫ってもらいながら僕は考える。


 「どうでした?お嬢様と出会えた感想は。」


 縫ってもらった首をなぞりながら僕は言葉を考える。僕はとても混乱していた。いつも僕を笑いながら殺していたお嬢様が、笑うことなく死んだように生きていたのだからこの驚きも当然なのだけれど…………なんというか…………


 「僕と逆だなって思いました。」

 「逆………ですか。それはあながち間違いではないのでしょうね。」


 いつもの人は少しだけ笑った。でも僕にはその笑いは憂いにしか見えなかった。


 「お嬢様は退屈しています。ご主人様はとても過保護ですからね、お嬢様をこの屋敷に閉じ込めてずっと育ててらっしゃる。お嬢様が笑顔を見せる時は、あなたと遊ぶ時だけですよ。」


 全ての人外を恐れさせる化け物だというのに子供には甘々なのか………思ったよりも可愛らしいじゃないか。その優しさを少しでも僕にくれないかな。


 「…………そうですか。」


 僕はいつもの部屋を後にした。

 この混乱がおさまらない。いつも笑っていたお嬢様が、実は心がすり減っていることに驚きを隠せないでいる。逆なんだ………体は強くても心が弱いお嬢様と、体が弱くて心が強い僕。傷が一切ない彼女と、傷だらけの僕。すべてを持っている彼女と、何も持っていない僕。僕とは何もかもが違うのに、なぜあんなにも退屈そうな顔ができるのだろうか。僕ならずっと笑顔で過ごすだろうに………



 今日も今日とて17時半まで働き、ご飯を食べ………22時。お嬢様と遊びの時間が始まった。さっき見た無表情とは裏腹に、彼女は笑顔で僕のことを追いかけてくる。いつものように壁を破壊して、床を粉砕し、屋敷を壊す。…………本当は僕を殺したいのではなくこの屋敷を壊したいんじゃあないかな。この破壊衝動は僕じゃあなくてこの屋敷に向けられている気がする。


 僕は立ち止まった。


 「好きにしろよ、もう。」


 いままでお嬢様の遊びは僕じゃないと務まらないと思っていた。僕のようにすぐ死ねる者じゃなければ欲求を満たせないと…………でも違うのだ。極論、彼女は暴れられればそれでいいのだ。僕である必要はない。僕は代替のきくおもちゃ。代わりはいくらでもいる。この屋敷で地位をあげたって意味はないんだ………


 立ち止まる僕をお嬢様は一方的に殺した。



 その日から僕のやる気は消えていた。頑張って働くなんてこともなく、与えられた仕事を時間を目一杯使って終わらせるだけ。そして22時になると無言でお嬢様に殺され、身体を治してもらうと無気力に眠る。


 「あなたらしくありませんね。ショックだったんですか?」


 いつもの部屋でいつもの人に傷を治してもらう僕。なんていうか………そうなのだろうなぁ。


 「…………頑張る為の目標を見失っちゃったんです。」


 お嬢様を説得すれば僕への暴力がなくなるかと思ったけれど、彼女は別に僕である必要がないのだ。僕がどんなにお願いしようと彼女が殺すのをやめることはない。なぜなら僕である必要がないからだ。無関心である者をどうこうしようと心が痛むことはないのだから。


 「それじゃあ、21時半にお嬢様の部屋に行ってみたらどうでしょうか。何かを見つけられるかもしれませんよ。」


 それだけいうと、いつもの人はこの部屋から出て行った。…………そういえば、今まで遊びの時間の前にお嬢様の部屋に行ったことがなかったな。行ってしまったらすぐに殺されてしまいそうで怖かったから…………


 僕はいつもの人の言葉に従い、21時半にお嬢様の部屋に訪れることにした。



 21時半、僕はお嬢様の部屋の前で立ち尽くしていた。どうしたものか、ひとまずノックして声かけて………


 「最近あいつつまんなーい!」


 部屋の中からお嬢様の声が聞こえてきた。いつも僕を殺す時と同じように、明るい声で不満を爆発させていた。


 「頑張ってないあいつ殺しても楽しくなーい!」

 「そうはいってもあの人も毎日大変なんですから………別の人に変えましょうか?」

 「やだやだ!あいつじゃなきゃやだ!」


 お嬢様と召使いの会話を僕は無言で聞く。


 「なんていうか私と違うじゃん?あいつ。強くないのに頑張り続けるあいつと、強いけれど何もさせてもらえない私?…………私達は互いに別々の痛みを知っているから、私達じゃなきゃやだの。」

 「それならば傷つけないで遊ぶということも………」

 「そんなのやだよ。面白くない。」

 「……………」


 僕はお嬢様の部屋を後にした。

 僕とお嬢様は互いの痛みを知らない。何度も死にかけて身体の痛みに目を回す僕と、傷つけることしかできない心の死んでいるお嬢様。僕達は正反対で、だからこそ似た者同士なのだと思う。互いの知らない部分を遊びの時間に見つめ合う。


 そうして今日も僕達は22時に遊ぶのだった。

 新たに出来た傷跡に指を這わせ、1日が刻まれたことを体に染み込ませる。

 僕は継接ぎだらけの人形で、お嬢様は中身のない新品のお人形。この人形たちの遊びが終わるのには時間がかかるのだろう。それこそ新品のお人形がほつれて縫い目が出来るような………遠い未来な気がする。それまで気長に殺されようか。


 僕達は互いの痛みを知らない。

気がむいたら続編出します。

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